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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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オーナーと香水と・・・①

読んでいただいてありがとうございます。

 吉祥楼のお姉さんたちは、セレスとディーンの到着を待ち構えていたようであった。


「いらっしゃい、待ってたわ」


 ユーフェミアと同じ年齢だというパメラがセレスたちを中へと案内してくれた。パメラも昔は貴族だったらしく、吉祥楼の教育係のようなことをしている。ユーフェミアが不在の時は、彼女がオーナー代理としてお店を守っているらしい。さすがに元貴族らしく、優雅な立ち居振る舞いはお店の女性陣の良いお手本になっており、セレスも密かに憧れていて、どうしたら自然に出来るのか観察させてもらっている。


「パメラ、悪いけど一緒に来てちょうだい。他の子たちはお嬢ちゃんが行くまで待っていてね」

「あら、私も?皆、先に広間に行っててね」


 パメラも色気のある女性なので、ユーフェミアと並ぶとそこだけ一気に華々しくなる。それも大輪の花2つ、といった感じだ。そんな2人と一緒にオーナールームに入って行った。


「弟くん、改めて、私がこの吉祥楼のオーナーのユーフェミアよ。こっちは私が不在時の責任者であるパメラよ。いつもお嬢ちゃんにはお世話になっているの。お嬢ちゃんが薬屋を再開してくれることになってすごく感謝してるわ」

「ユーフェミアさん、パメラさん、初めまして。姉様の弟でディーンといいます、姉様がお世話になっております」


 あえて家名を名乗らずにセレスの弟とだけ自己紹介をして綺麗にお辞儀をしたディーンにユーフェミアは一瞬迷ったがーいろいろな噂話から間違いなくそうだろうと思っている家名はあるーこれからの付き合いのこともあるのできちんと本人の口から聞いておきたい。


「弟くん、申し訳無いのだけれど、家名を教えて貰っていいかしら?お嬢ちゃんは元貴族だと言っていたけれど、君は今も貴族でしょう?ああ、一応言っておくわ。私もパメラもアヤト先輩の後輩よ。アヤト様とそれから…リド様の名にかけて秘密は守るわ」

「そうですね。アヤトさんとあの方の名にかけて姉様を守って下さいね。僕の名前はディーン・ウィンダリアです」

「あ、やっぱりそうなんだ。じゃ、お嬢ちゃんが噂のウィンダリア侯爵家の次女ね?」

「噂、がどんなものかは分かりませんが、私はウィンダリア侯爵家の次女でした」


 ディーンが名前ではなく、あの方、という表現をしたということは、彼の方の正体を知っていると考えていいだろう。自分でバラしたのかバレたのかは知らないが、そういったことにうとい姉と違って次期侯爵ともなればそこら辺はしっかり理解しているようだ。姉の方は…今はまだ知らないままでいいだろう。必要となれば本人の口から聞けばいい。上の方の貴族であることは知っているようだがさすがに現国王だとは思ってもいないだろうから、身バレした時に変な風にこじれなければいいんだけど…。

 ついつい心配してしまったが、学生時代から要領は良い方だったので、まあ、何とでもなるだろう。こっちが心配したってムダに違いない。


「さて、お嬢ちゃん、さっき言っていた香水を見せてもらえる?」

「はい。この机に並べますね」


 セレスは持ってきた籠から香水の入った瓶をいくつか並べた。ラベルには匂いの傾向が書かれていて既存の香水名が書かれていないので、どれもセレスのオリジナルの香水なのだろう。


「今回は柑橘系の香りと花の香りをベースにしたものを持ってきました。多分、あの薬師の人が言っていたのはこちらの花のベースの香水だと思います。出てくる少し前まで色々と調合していたので…」


 花のベースの香水は5瓶あるのだが、セレスはその中でも一番薄い黄色の香水をユーフェミアに差し出した。


「これが先ほどまで調合していた香水です。残ってるとしたらこれの匂いなんですが」

「そう。ちょっと匂いを嗅がせてね」


 ユーフェミアはハンカチを取り出すとそこに香水を少しだけ付けた。空間に広がったのはねっとりとした花の匂い。強い匂いではないが、セレスに付いていた匂いよりはっきりと分かる匂いはユーフェミアが良く知っている匂いに近かった。


「……パメラ、どう?」

「コレが私を呼んだ理由ね。そうね、良く似ているわ。セレスちゃん、この香水、何を調香したか教えてもらっていい?理由は…申し訳無いけれど今は言えないわ」


 真剣なパメラとユーフェミアの表情にセレスは少し考えた後、頷いた。


「…パメラさんとユーフェさんがそう言うのなら。それにしばらくはこの香水は作らないようにします。何かそうした方がいい気がしますから。この香水ですが、基本のベースは幻月の花です。少し濃いめにして、そこにリラックス作用のある花の匂いをいくつか入れています。最後にほんの少しだけ、マリカの実を入れました」


 セレスが上げた花の名前はどれも一般人でも簡単に手に入るものばかりだった。どの花も精神をリラックスさせたり安眠効果が高いものばかりだが、普通に花屋さんに売っているものなので乾燥させたものを枕元に置いて寝る人もいるくらいだ。最後のマリカの実だけは薬師しか取り扱うことが出来ないが珍しいものではなく、痛みの軽減作用やケガの回復促進作用があるので軟膏によく使われている。普通は中の実を丸ごと潰して使うのだが、セレスは匂いが一番強い表面の皮を削って抽出をしていた。


「そう。ありがとう。作り方は秘密にするわ。申し訳無いけれど、こっちで少し調べさせてもらうわね」

「はい、もちろんです。お客様に危険なものを売るわけにはいきませんから…あの、パメラさんって薬師ですか?」


 前々から思ってはいたのでが、パメラと話していると同じ薬師と話しているように感じる時がある。やたらと薬草類に詳しいのだ。そこら辺の薬師よりも知識は豊富だ。


「ちょっと違うわ。私の家は一応薬草の仕入れなんかを商売にしていた男爵家とは名ばかりの貧乏家だったのよ。幼い頃から親戚の薬師の元にお手伝いに行ってお金を稼いでいたの。おかげで薬草についてはけっこう詳しくなって、学園も最初は薬師になる為に通うつもりだったのよ。親が貧乏なくせに妙に見栄っ張りだったから許されなかったけれど、どうせ潰れる家なら私の好きにさせてほしかったわね」


 おほほほほ、と笑うパメラに家が潰れた悲壮感は全く無い。だが、幼い頃から薬師の元でお手伝いをしていたのなら、妙に薬草に詳しいのも頷ける。


「本格的な薬師ではないけれど、一通りは色々と覚えたわ」

「今からでも薬師は目指さないんですか?」

「ええ、もう薬師の真似事はこりごりなのよ。こうして店の女の子に礼儀作法を教えている方が性に合ってるわね」


 未練などさっぱりない笑顔で言われたので、セレスもそれ以上は聞くのをやめた。自分も侯爵家の次女として生まれたが、両親からの放置はある意味で有難かったし、周りの人たちの協力もあってこうして好きな薬師として生きて行けている。よく考えたら今この場にいる女性は、元貴族女性ばかりだ。案外、身近に元貴族、という肩書きを持つ人は多いのかもしれない。




 ユーフェミアとパメラはセレスから問題の香水を預かると2人をお店の女の子たちがいる広間へと送り出した。セレスはともかく、弟くんは女性陣のおもちゃになってしまうかもしれないが、あの弟なら笑顔で乗り切る気がする。


「まったく、今になってこの匂いの香水が出てくるなんてね」


 手の中にあるセレスから預かった香水の瓶を眺めながらパメラが複雑そうな顔をした。


「全く同じ匂いではないわよね?」

「完成形は少し違うわね。アレはもっと濃くてねっとりした匂いを放っていたもの。私もあの時ちょっと調べたけれど、王都に幻月の花は滅多に出回らないから、こんな匂いなんて知らなかったわ。まあ自然に咲いてる時と香水用に抽出した時では全く違う匂いになってるって言っていたから幻月の花が匂っても全然気が付かなかった可能性の方が高いけど」


 ここまで匂いが変わる植物も珍しいわね、等とぶつぶつ言いながらもう一度パメラは香水の匂いを嗅いだ。


「間違いなくコレはあの時、我が家に持ち込まれていた魅了の薬の材料の一つだわ。兄さんが調合していたのはこれを含めたいくつかの薬品だったから。一時期、兄の部屋はコレの匂いが充満していたからよく覚えてるもの」


 パメラの兄は10年前のあの時、正式な薬師でもないのにあの女に言われるがままにいくつもの薬品や香水を調合して渡していた。ただ、元となる材料はあの女がどこかで手に入れてきて兄に渡していた。兄もまた幼い頃から薬師の元へと働きに出ていたので、指定された調合方法から試行錯誤しながらあの女の望む効果が出るものを作っていた。好きな女にいいところを見せられてお金も多少は貰えて何も悪いことはないだろう、そう言って兄は笑っていた。パメラがいくら危険だと言ってもやめることはなく、結局、あの女の取り巻きの1人となっていたのだが、当時の王太子たちが亡くなる少し前に不自然な死に方をした。その際、兄の部屋にあった薬の原材料や器具などは全部無くなっていたので、何かがバレそうになって尻尾切りにあったのだろうと思っている。


「で、どうするの?アヤト様にお知らせするの?」

「……そうなのよねぇ、さすがにこれは私たちだけで手に負える問題じゃないし、お嬢ちゃんはアヤト様のお弟子さんだからそれが一番正しいのよねぇ……」


 お嬢ちゃんが知らず知らずの内に調合した香水の1つがあの時に出回っていた魅了の薬の原材料です。

 言うだけなら簡単なのだ。そう言って正式にアヤトに調べてもらえばいい。ただし、言うとなると隠してきたパメラとパメラの兄のことも言わなくてはいけないだろうし、何よりアヤトと直接会話をしなくてはいけない。

 手紙のように後に残るものは内容が内容だけに危険だし、何度もやり取りをするくらいなら直接話すのが一番良い方法なのは分かっている。


「私が行ってこようか?」

「…いいわ、私が行ってくる」

「アヤト様、会合で私と会う度に貴女が元気かどうか聞いてくるのよ?毎回毎回聞いてきては、何かあればすぐに薬師ギルドに知らせて欲しいって言われるわね。それに、アヤト様に最初の客になってあげるわよ!って言われたんでしょう?」


 にやにやしながらパメラに言われて、しまった、愚痴るんじゃなかった、とちょっとだけ後悔をした。

 それはあの夜、滞在していた部屋に押しかけて来たアヤトと口論になった時に彼から出た言葉だ。

 当時だって外見完璧な女性だったアヤトにそう言われても、はぁ??となったし、娼館に売られると言っても自分で自分を買い取るだけで本当の意味で売られる訳でもなかったので、思いっきり彼の頬をひっぱたいた。その後のことは……うん、思い出さないようにしよう。


「ずっと避けてる訳にもいかないし、いい機会だわ。ちゃんと話してくる」

「そうねぇ、一度避けちゃったから、何となくそのままずるずると避け続けてるだけだものね。惰性もいいとこだわ。でも学生時代から弟のリヒト様とエルローズ様はこじらせが過ぎるって有名だったけど、やっぱり兄弟ねぇ。兄の方もこじらせてるんだから」


 パメラが楽しそうににやにやしながら笑った。パメラからしてみれば、アヤトの好意がどこにあるのかなんてすぐに分かる。分かりやすいくらいなのに、初手がまずかったせいで10年ほどこじらせた。巷では完璧な策士兄弟なんて言われて国や敵対した貴族には容赦ないのに、好きな女性1人きちんと口説けないなんて笑えてくる。

 ユーフェミアは、こじらせてる相手が自分でなければパメラと同じように笑えたかもしれないが、当事者としては、割と決死の覚悟だ。


「何なら2、3日帰って来なくてもいいわよ。お店の方は任せてちょうだい」

「嫌よ。絶対にすぐに帰ってくるわ!」


 似たようなセリフを兄が弟に言っていたのだが、こちらの方ではユーフェミアがきっぱりとすぐに帰ってくる宣言をしていた。


 

 



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― 新着の感想 ―
[一言] まーそうなるよなー…… そもそも幻月の花には幻覚作用がある訳だから、 ある種の媚薬・麻薬のような効用があっても不思議じゃないし
[気になる点] >セレスは机の上に香水を並べ始めた。 >セレスは持ってきた籠から香水の入った瓶をいくつか並べた。 既に並べてある瓶に加えて、更に瓶を並べたの?経緯からしても、初めから問題の瓶を出して…
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