次女とギルド長②
読んでいただいてありがとうございます。楽しんでいただけたら幸いです。
「ごめんなさい、お姉様。私、学園を辞めてしまいました」
アヤトとの約束を守れなかったセレスはしょんぼりして謝った。初めて会った時、学園の薬師科でしっかり基本を学ぶという約束をしたのに、第二王子と侯爵家から逃れる為とはいえその約束を守れなかった。
「仕方ないわ。学園にこだわってたら今頃、セレスちゃんは身動きが取れなくなっていたと思うわよ。どっかの貴族の養女になってそこから第二王子妃へ、なんて人生を歩みたかった?」
ギルド長の執務室でふかふかのソファーに座って優雅に紅茶を飲みながらアヤトが聞いてきた。
「お断りです。あの方はどうして私なんかに執着するのかなぁ?」
心の底から「理解不能」という顔をしたセレスを見てアヤトは、くすくすと笑い出した。
「第二王子はねぇ、何でも出来るって評判よ。文官としての能力は高いし、器用に何でもこなしちゃう身体能力もある。武官としても申し分ないって聞いているわ。ついでに王子サマだから権力もある。だからこそ、自分が手出し出来ない分野の優秀な人間が目の前に現れて、なおかつその子が好みドンピシャだったからどうしても手に入れたくなっちゃったんでしょう。ねぇ、セレスちゃん、ひょっとして初めて王子サマに会った時、無視とかしちゃった?」
目が完全に面白がっているアヤトの問いにセレスはうーんとうなって一生懸命、第二王子との出会いを思いだそうとがんばった。
出会いは……確か、王太后様の住む離宮だった、と思う。
「王太后様の離宮に入り浸っていた時だったから……あの頃の私って、離宮の図書室にあった本に夢中で他のことはあんまり気にしてなかったかも…」
侯爵家の本を読み終えたセレスは、もっと本が読みたいのでどうすればいいか、という相談を執事にしたところ、ならばわたくしの家にいらっしゃい、と言われて王太后の住む離宮にしばらく住んでいたことがあった。
王太后の離宮にある図書室は誰の趣味なのか植物に関する書物が多く、珍しい他国の植物図鑑なども置かれていたので、セレスは夢中になって読みあさっていた。王太后も基本はセレスのやりたいことをさせてくれていたので、時々、図書室の外に連れ出されてお茶やおしゃべりを楽しむ以外は図書室に引きこもっていた記憶しかない。
そんな中で気がついたらいつの間にか第二王子はセレスの近くにいた。自分の知らないことを色々と教えてくれた王子に感謝の心は持っているのだが、今のところそれが恋愛にまで発展する気配はない。
「新鮮だったでしょうねー、自分を綺麗に無視する女の子って」
王子という身分に加えて、彼自身、容姿端麗で優秀。群がる女の子はさぞかし多いことだろう。そんな中で自分が近くにいても気がつかないほど本に夢中になっている少女は新鮮に見えたのだろう。
出会いの場が隠居生活を送る祖母の王太后の離宮である以上、そこにいる少女の身分はしっかりしているはずだ。貴族の令嬢であると推測できる少女が自分に寄りつかない、そんな事態は初めてだったのだろう。
「でも、私、その時も侍女服着てましたよ?」
「幼い子供が侍女服着て図書室に入り浸っているのに誰も何も言わないし、むしろ周りの大人が気にして常に見守っている状態なのよ。どこの誰がどう見ても立派な訳あり令嬢でしょう」
「……一応、お手伝いはしてました」
知識の中には「働かざる者、食うべからず」という言葉があったので、セレスは子供なりに離宮で仕事をしたいと申し出ていた。といっても、王太后は表舞台からは一線を引いていたのでそれほど仕事があるわけでもなく、誰かに伝言を届けたり、王太后が使う小物などを届けたり、手紙を所定の場所に持っていったりと子供でも出来るような簡単な仕事ばかりだった。ただ、小さな子供がぱたぱたと走り回る光景は離宮で働く大人達にとっては大変和む光景だったらしく、行く先々でご褒美のお菓子をもらっていた覚えはある。離宮で働く大人達はちょっと年齢が上の方ばかりだったので、表情こそあまり動かなかったがセレスが懸命に仕事をしている姿に「孫みたいよね」と言って可愛がってもらえた。
「出入りする子供なんて孫である自分たちだけのはずの離宮にいた、自分を無視する子供よ。しかも王太后様も可愛がっているなんて普通じゃないでしょう?興味持つな、なんて言う方が無理ね」
おほほほほ、とアヤトは朗らかに笑った。男性なのだが口元に持っていった手や指の角度まで完璧な淑女の所作だ。今度、ぜひ扇をプレゼントしよう、とセレスは思った。白を基調として色鮮やかな花々が描かれている扇なんて最高に似合いそうだ。むしろ黒ベースの方がいいのかな、などと考えていたのだが、どちらにせよギルド長は扇が大変お似合いになる方だ。
アヤトの笑いの最中に、こんこん、と扉が叩かれて入ってきたのは受付のお姉さんだった。
「失礼いたします。ギルド長、妙な笑い声が廊下まで聞こえてきましたよ」
「あら、だってこんなに面白いことある?」
「何があったのかは知りませんが、セレスちゃんの周りは面白いことばかり起きてそうですよね。そんなセレスちゃんにお客様ですよ」
受付のお姉さんの後ろからひょっこり顔を出したのはよく見知った少年だった。
セレスより1歳年下の少年は、セレスを見つけると笑顔になった。
「姉様、心配しましたよ」
「ディ」
弟であるウィンダリア侯爵家の嫡男、ディーン・ウィンダリアは勢いよく姉に抱きついたのだった。