次女、王都へ帰還する。弟と香水②
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本日の夕食はディーンが侯爵家から持ってきてくれた料理長特製のシチューやセレスの好きだった木の実入りのパンだった。
「料理長が旅行先の食事で美味しかった物があったらぜひ教えて欲しいと言っていましたよ」
ウィンダリア侯爵家の料理長は幼い頃、セレスが一生懸命説明した異世界の料理を何とか再現できないものかと色々と試してくれた人だった。成功した物もあれば失敗した物もあるのだが、基本的に成功した料理でもセレスとディーン、それに自分たちの賄いとして使用人の食卓に並んでいたのでウィンダリア侯爵の食事や他の貴族が来た時の食事として提供した事は無い。いつか侯爵家を辞めたらセレスが教えた料理に特化した食堂を開くのが夢なのだそうだ。それまでは自分たちだけで楽しんでいる。
「うーん、今回はあんまり無かったかな…、あ、でも香水で使う花の中には食べられる物もあるそうだから、今度ちょっと調べておくね」
「食べられる花、ですか?」
「うん。味は美味しくないらしいから普通は食べないんだって。綺麗な花だから基本は飾りとして使うらしいよ。でも味付けなら創意工夫で何とか…!!料理長の腕で何とかしてくれると信じてる」
基本的に料理長の腕任せになるので、無茶は言えない。一応、教えた身としてセレスも手伝おうと思ったのだが、何せ背も小さければ腕もまだまだ短いお子様だったセレスが調理場をうろついていたら危ないと言われて手伝いは禁止された。口を出して試食だけしていれば良いという楽なポジションで異世界の料理を堪能する日々だった。おかげでこちらでは見た事もないようなふわっふわのパンケーキを料理長は作れるようになり、それはセレスのお気に入りとして今でもたまに届けられる。
「私、料理長がいなかったら美味しいご飯が食べられないって嘆くかも…」
「それは僕も同じです。たまに父たちと食事を共にしますが、いつもの食事がいいな、と思いながら食べています。そんな時は夜食で届けられるサンドイッチとかがものすごく美味しいです」
ディーンもすっかり異世界料理の虜になっている。別にこちらの料理が不味いとかいうのではなくて、単純にこちらの料理には無い発想の料理ばかりなので今のところは侯爵家の賄いでしか食べられない貴重な料理なのだ。普段、ディーンは食事を部屋まで運んで来てもらい1人で食べているかこっそり使用人に混じって食べている。どうしてもと言われれば両親や姉と一緒に食事をするが、一緒に食べていて楽しい人たちでは無いので食事くらい好きなように食べている。両親も基本、長姉がいれば問題ないので特に文句を言われる事もない。
「いつか食事後に使えるような香水も作れたらいいな。ほら、食べるとどうしても匂いが残ってしまう物もあるから…」
美味しいけれど匂いが気になる、という料理は多い。そういった料理を食べた後に匂いをすぐに消せるような香水を作りたい。食欲をそそるような匂いの料理は、どうしても食事後も匂いが残ってしまうので、お年頃の女子としてはどうにかしたいところだ。異世界の知識の中にある食べるにおい消しのようも物を作ってみたい。
「そうですねぇ。砂漠の国の料理を一度食べた事があるのですが、あの独特の匂いはしばらくとれなかったです。服から匂うとかじゃなくて、純粋に自分の奥底から匂ってくるというか、何というか…」
「うん、分かる。息をするたびに自分の中から匂うのは嫌だよね」
「それです。でも料理としては純粋に美味しかったのでまた食べてみたいですし、姉様と一緒に砂漠に行ってもみたいです」
「私も行ってみたいな」
この国には砂漠は無いので、一番近くにある砂漠でも隣国の南の方に行かなくてはいけない。文化も料理も何もかもが違う場所なので、さすがに姉弟2人で行くことは出来ないだろうが、いつかは行ってみたい。
「きっとジークさんも一緒に行ってくれると思うわ」
「……ジーク、さん?姉様、どなたですか?」
にこにこと笑顔でセレスと会話していたディーンの顔が「ジーク」という名前が出た瞬間にちょこっとだけ止まった気がした。今は動いているのできっと気のせいだろう。
「お姉様から聞いていない?ジークフリードさんは、お姉様の学生時代からのお友達で高ランクの冒険者の方なの。今回も一緒に幻月の花を見に行ってきたんだけど、とても良い方なのよ。それに美形っていう言葉が似合う方だから見ていて楽しかったわ」
ディーンも信頼しているアヤトのお友達だから大丈夫だよ、という意味を込めて説明したのだが、弟の顔がやっぱり止まっている。
「…ディ?どうかしたの…??」
意味が分からずきょとんとしてしまったセレスとは違い、姉のその説明にもなっていない説明でアヤトのお友達のジークフリードさんの正体を察してしまった弟は、心の中で盛大に薬師ギルドの長を罵った。
なぜ、よりにもよって姉様にあの方を紹介してくれやがったんだ。
ディーンは、もちろんアヤトがティターニア公爵家の嫡男で本来なら公爵の地位を継ぐはずの人だったのを知っている。そんな彼とそのお友達による学生時代のあれやこれやの事件は今でも学園で語り草になっているほどだ。アヤトとその学生時代からの友人というジークフリードさんというのは間違いなく現在の国王であるジークフリード陛下の事だろう。
確かに、自分が言った姉の結婚相手の条件には当てはまる。
四大公爵家の本家の血を継いでいて、『ウィンダリアの雪月花』である姉を守れるほどの権力を持った人物。王族の執着心から姉を守ってくれる、というか王家そのもののような存在の人だけれど、姉は恋心こそまだ持ってはいないようだが、師匠の友人という事もあってか信頼は持ったようだ。第二王子の執着心からも守ってくれるだろう。今の王家の特殊事情は知っているので、国王陛下が独身だという事も重々承知している。
「……姉様、姉様はそのジークフリードさんという方をどう思いましたか?」
「えっと………お兄様がいたらこんな感じ、かな??」
姉様が簡単に落ちると思うなよ。
恋心とはまだまだ無縁そうなセレスの答えを聞いてディーンはちょっとだけ喜びを隠しきれなかった。