次女、王都へ帰還する。弟と香水①
読んでいただいてありがとうございます。
「お帰りなさい、姉様」
ガーデンに帰るとディーンが笑顔で出迎えてくれた。
信頼できるお兄さんとの旅も楽しかったが、こうして弟の顔を見るとほっとする。幼い頃から一緒にいる唯一の家族である大切な弟。ディーンは自他共に認めるシスコンだが、自分だってブラコンだ。黙って家出した時はちょっと申し訳ないと思っていたが、きっと見つけ出してくれるとも思っていた。無条件で甘えられる相手がいるというのはものすごく貴重な事だと思う。
「ただいま、ディ。これ、お土産」
ディーンのお土産として買い求めた物は香水が入った小瓶だった。瓶自体も綺麗な細工がしてある物で、匂いは嗅がせてもらった時にディーンのイメージにあった匂いだった。あまり強く匂うタイプの物ではなくて、微かに匂う程度の柑橘系をベースにした香水だった。
「へぇ、香水ですか。ああ、いい匂いですね。明日からさっそく付けさせてもらいます」
「昔、王都で薬師をしていたという方の店で買ったんだけど、その方は花街にある薬屋で修行していたんですって。花街の近くで店を開くなら、香水の調合も覚えた方がいいって言われたわ」
セレスは今まで、薬や化粧水などに良い匂いがしたらいいな、と思って香り付け程度しか覚えていなかったが、本格的な香水が薬師の仕事の1つだとは思ってもいなかった。異世界では、調香師という職業があったがこちらの世界では調香師の仕事も薬師の仕事の1つとして考えられていた。理由としては、幻月の花のように匂いで幻覚作用を引き起こしたり、良い匂いなのだが薬草なので薬師しか取引できないという植物がある為だ。それにアロマテラピーのように匂いで精神をリラックスさせたり、気分によって香水を変えたりと精神的な薬の1つと見なされる場合がある為、香水を調合するのも薬師の仕事の1つになったらしい。
ただし、香水に月の水は使わないので主に弟子になったばかりの見習い中の薬師がやる仕事なのだそうだ。
セレスが香水作りをしてこなかったのは、ちょうどアヤトの弟子になった時が慢性的なポーションや薬不足に陥っており、薬師ギルドが総力を挙げてポーションと各種薬作りをしていた為だった。月の魔力に左右されない貴重な女性薬師としてセレスもせっせと薬作りに励んだ。弟子になったばかりの初心者に何を作らせるの??と思ったが、近くにいる者は国王でも扱き使え、という信念を持っていた当時のアヤトはセレスに作り方を教えては品質に問題がないとわかるとすぐに大量生産を命じた。
薬師ギルドのあちらこちらで似たような光景が見られたので、あの時、見習いだった薬師たちが集まると今でも当時の思い出話の1つとして語られている。その時期に入った見習いたちは香水作りからスタートという過程をすっとばして薬作りからスタートした。その後も薬不足が解消されるまでひたすら薬を作っていたので、気が付いた時にはもう次の見習いが弟子になっており、香水作りはそちらが行っていた。なのでセレスの同期は誰も香水作りをしていないのだ。そしてその事を師匠たちもすっかり忘れているようだった。
「…知らなかったんですか?香水が薬師の仕事だってこと…」
「私の同期は誰も知らないと思う…」
一般的に香水を作るのが薬師の仕事だと認識されていてもセレスは今まで知らなかった。セレスはアヤトの唯一の弟子なのだが、基本アヤトは弟子をとらないので誰かが新しく入ってくる事もなかった。なので他の見習いたちが香水を作っているという場面を見た事もない。ひょっとしたら誰かが薬師ギルドの調剤室で作っていたのかもしれないが、そういう匂いの薬なのだと思っていた。セレスと同時期の見習い薬師たちは、師匠たちに容赦なく扱き使われたせいか他の見習い薬師たちより早く薬師として独立している者も多い。天才集団、というよりは身体に覚え込まされた体育会系集団だった。最終的には、半分意識を失いながらも手だけはしっかり動いたのも思い出の一つになっている。
「…何というか…薬師なのに若干、軍隊のノリが感じられます」
「うん」
それでもセレスはまだマシな方だった。
「こんな子供にまで残業させるんじゃねぇーよ!!」同期、といっても大体の人がセレスよりは10歳くらい年上で自分たちだってまだまだ子供扱いされる年齢の見習いたちが師匠軍団にそう言って詰め寄り、執事が毎日笑顔で迎えに来たので、セレスだけは定時でギルドから帰っていた。次の日、ギルドに行くと同期や先輩たち、それに師匠軍団があちこちの床で寝ていたので、1人1人、丁寧に起こしていくのがセレスの毎日の朝の日課だった。
「これが、ゾンビ…!!」
「違うから。一応、全員、生きてるから」
起こすと、無言でのそりと起き上がりぞろぞろと疲れ切った身体で手をぶらんとさせながら歩いていく姿を見て素直な感想を言うと、どれほど明け方まで仕事をしていても朝からきっちりした姿で現れたアヤトに訂正されたのは良い思い出だ。
そんなこんなでセレスを含むあの時の見習い薬師たちは誰1人として香水作りに関わった事がなかったのだ。最近でもたまに会っても薬の話はするが香水の話はした事がない。
「つまり、他の薬師たちには常識でも姉様の同期たちの間では常識では無かった、と」
「多分、そう」
あの時みたいに極端な薬不足というわけではないが、万年薬不足だと嘆いている薬師ギルドが薬が作れるようになった見習いたちに香水の仕事を振るわけもなく、薬不足がある程度解消された後もただひたすら薬作りの方に回されていた。師匠や先輩たちが調合の難しい薬を作り、簡単な調合ですむ薬はセレスたち見習い(?)が作り、香水作りを含めたその他の仕事をさらにその下の見習いが作る、そんな役割分担がいつの間にか出来上がって乗り切った日々だった。自分たちの事で精一杯で、入ったばかりの見習いたちが何を作っているのかなんて気にした事もなかった。
「せっかくだから香水作りを基本からきちんと習いたいと思ってるの。希望者を募ってお姉様に直談判しようと思ってるわ」
うっかり教え忘れた師匠たちが悪いのでこの際、協力してもらおう。同期たちも「今更習うのかよ?」などと言う人間はいない。どんな知識であろうとも貪欲に知りたいと思う人たちばかりなので、むしろ一緒になって「教えろ」コールをするノリの良さを見せてくれるだろう。
「…姉様、姉様の同期の方々って…」
「絆が深いのよ」
セレスはそっとディーンから目を離してそう答えた。
あの怒濤の日々を一緒にくぐり抜けたせいか、妙な連帯感が生まれているのは間違いなかった。