次女、王都へ帰還する。ギルド長と友人②
読んでいただいてありがとうございます。暑いので熱中症にお気を付け下さい。
「…それで、本当にどうするのよ、リド?」
ソファーに座る男は嫌になるほど絵になる。その口元が楽しそうに笑っているのをアヤトは見逃さなかった。
「セレスはまだ未成年だが、成人前に婚約が決まるのはよくある話だ」
「口説く許可を出したとは言え、婚約なんてお姉さんはまだ許しませんよ。そもそも年齢差がありすぎるじゃない!」
「そうだな、長生き出来るようにしっかりと健康的な生活を送らなくてはな」
「そういう問題じゃないでしょう?それに…あなたは…」
リド、フルネームは『ジークフリード』
この国の現国王で10年前、傾きかけたこの国を立て直した最大の立役者。
各国の王侯貴族や有力商人に、こぞって敵に回したくないと言わしめた国王だ。
はっきり言って、現段階でこの王に抜けられたら他国が揺さぶりをかけてくるだろうことは目に見えてわかっている。
「元々、俺は中継ぎの王だ。あの時、そういう約束をした。だからこそあいつらはあの時、手を引いたんだ」
「……今頃、すっごい後悔してるでしょうねぇ、あの時の貴族院の議長さん」
10年前、当時の王太子が亡くなり、国王も後を追うように亡くなって混乱を極めようとした中で、ジークフリードが急遽、王として即位したが当時、貴族の反応は真っ二つに分かれていた。
王太子には、まだ幼いとはいえ息子がいたので、そちらに王位を継がせるべきだという意見と、この混乱を幼い王では乗り切れない、ひとまずジークフリードに王位を継いでもらい、その後、王子が成人してから王位を交代してもらうべきだ、という意見だった。
前者は主に王太子妃の実家周辺からの意見が多く、後者はティターニア公爵家を中心とした貴族の意見だった。
ジークフリードは、早期に混乱を治めるべく、王太子妃の実家であるノクス公爵家と取引をした。
中継ぎの王としてジークフリードが即位するが王妃は持たず、そのまま今の王太子妃を王妃の座に就けて、いずれその息子に王位を継がせる。退位したら国政に関わることは一切しない。期間は今より15年以内。上の王子が成人し、ある程度、王としての仕事をこなせるようになってから。
今のこの状況で強引に幼い王子に王位を継がせても、ノクス公爵家の傀儡王だと言われ他の貴族の反発を生むだけだと理解していた公爵はそれを了承した。それに混乱が酷く他国からの介入もある今、下手を打って失敗すればたちまち公爵家自体の存続が危うくなる。ならば一度、この王子に王位を預けて様子を見るのも手だと考えたらしく、ジークフリードの王位継承は認めるが今の状況でノクス公爵家は手を貸せない、ただ、事態を見ている事しか出来ないと言い放った。
それを受けてジークフリードは立会人の貴族院議長に正式に文書で残すように手続きを済ませ、ノクス公爵を含む主立った貴族たちのサイン入りの正式な書類としてそれを残した。
その後のジークフリードの手腕がすごかった。
王に即位するとすぐさま、あの騒動に関わった貴族たちを処罰し、この国に手を伸ばそうとしていた他国の企みをことごとく粉砕し、商人には飴と鞭を上手に使って経済を発展させるように手を打った。
当然、アヤトもリヒトも手伝ったが、あの時期、まともに寝れていたのって何日くらいあったんだろうか、と思うほど働きまくった。四大公爵家の内、ティターニア、オルドラン、それにジークフリードの母・王太后の実家であるシュレーデン家が手を貸してわずか4年ほどで国力を元の水準に戻した、どころか他国の介入する余地がないくらいに発展させた。
混乱する危機にこそ人の真価を問われるというが、ジークフリードは国王として満点以上の成果を出した。
ノクス公爵の誤算は、ティターニアとシュレーデンが手を貸すのはわかっていたが、オルドラン公爵家まで手を貸すとは思っていなかったことだ。
当時のオルドラン公爵はどちらかと言うと野心家で、ノクス公爵家側の人間だった。だが蓋を開けてみたらオルドラン公爵は代替わりして、新たな公爵が新しい王に力を貸した。どうせ失敗するから、その時に手を貸して恩を売りつければ良いというノクス公爵家側の思惑の全てを吹っ飛ばして、むしろ手を出せないほどの成果を見せた時にはすでに遅く、ノクス公爵家の入る余地はないほどだった。当然ながら手を貸さなかったノクス公爵家の方が非難を浴びて国政の要職から一時期、一族の者がいなくなったほどだった。慌てて手を貸そうにもすでに遅く、頼みの綱である王妃は、実際にジークフリードと結婚したわけでもなく、その地位にある女性ではあるものの夫婦ではないという前代未聞のいびつな関係ゆえにジークフリードに影響を与える存在にはなり得なかった。
そこで改めて、その当時交わされた正式な文書が問題になったのだが、ジークフリードはそれについては一切取り合わなかった。
彼の口癖は「俺、中継ぎの王だし」だ。
まさか、王太子とは年の離れた弟で、騎士になって兄を助けると言っていた第二王子がここまで優秀な為政者になるとは誰も思ってもいなかった議会は荒れに荒れて、その文書を正式に発行した議長の解任騒ぎにまで発展した。
「ジークフリード王である内は彼の国には手出し出来ない」
手出ししない、ではなくて、手出し出来ない、と各国に言われる王なので、なるべく長い期間、王として君臨していてもらいたいのに、その期間は最大で王位継承から15年間まで。しかもその後、国政に介入しないというおまけ付き。さらに正式な文書を交わしているので、誰でも見たい放題の資料として残されている。
なので、今のジークフリードは、兄の残した義姉と甥っ子2人を引き取って養いつつ、実家の家業を継いで発展させた独身の叔父さんなのだ。
叔父さん、頑張ったしそろそろ約束の期日だから、甥っ子に家業渡しても良いよね、その後は任せたよ、という実に気楽な身だ。それもこれも兄が亡くなった時にそういう約束で引き継いだので、約束はきちんと守らないといけない。まして今回は、王家と貴族の間で取り交わされた正式な約束なので破ることは出来ない。王家はきちんと約束を守らなければならない存在なのだ。そうでなくては信頼が崩れる。
「その貴族たちが、無かったことにしてくれって言ってるのにねぇ」
「最初にその条件を突きつけてきたのはあっちだ。今更なぜ俺が付き合ってやらねばならん」
15年という期間を限定したからこそこちらも全力でやってきたのだ。その後は今現在、後を継ぐ為に必死になってやっている優秀と評判の甥っ子の仕事だ。元々王位を継ぐ気もなく、騎士になる為の勉強しかしてこなかったジークフリードとは違い、初めから王となるべく育てられ、やや斜陽だが母の実家のノクス公爵家という後ろ盾もある甥っ子の方が恵まれていると言えば恵まれている。それに今なら王の椅子にジークフリードが育てた部下がおまけで付いてくる。皆、ある程度までは次代の王になっても残ってくれると言ってくれているので甥っ子がアホな事をしでかしそうになっても止めるか潰すかしてくれるだろう。
「退位した後はどうするの?」
「不本意だが、シュレーデン公爵家を継ぐことになった」
「あら、まぁ。そういえばあそこは息子さんご一家が亡くなってるから血縁で言えば貴方が一番近いんだっけ」
母方の実家であるシュレーデン家の今の当主は祖父に当たる人物だ。祖父の後を継いでいた母の兄一家が事故で亡くなった為、再度当主となっていたのだが、さすがに年齢が年齢なのでジークフリードに話が回ってきた。退位したら何かしらの爵位を、という話は出ていたので、どうせなら老い先短い祖父の爵位を引き継いで欲しいと老公爵に泣きつかれた結果、不本意ながらシュレーデン公爵家を継ぐことになった。
老い先短いはずのじじいは、毎日元気に剣を振るって部下相手に打ち合いをしているらしい。
「名ばかりの爵位でのんびり過ごすはずだったんだが予定が狂った」
シュレーデン公爵家は四大公爵家の一角なので名ばかりどころか広大な領地を持っている。当然、領地の運営や公爵家の事業も引き継いでいかなければならない。ちょっと治める土地が小さくなっただけでやることはそう変わらなさそうだ。だが、それでも時間的余裕は出るだろう。
「セレスが『ウィンダリアの雪月花』であることを公表する必要はない。ただ、ウィンダリア侯爵家の血を引いているということさえ公表しておけば問題はないだろう」
「大ありよ。代々の王家の人間を虜にしてきたウィンダリア侯爵家の女性よ。当然誰もが彼女は『ウィンダリアの雪月花』なのでは?って疑問に思うに決まっているでしょう」
王家の人間の『ウィンダリアの雪月花』に対する執着は有名だ。最近では、ジークフリードの祖父王が当時の雪月花にひどく執着していたらしい。
セレスティーナ・ウィンダリアは、今は国王だがいずれ退位して先代の国王と呼ばれるジークフリードの妻になる(予定)。しかもジークフリードの方が執着しているのだ。どれだけ鈍い貴族でもすぐにその女性が『ウィンダリアの雪月花』なのだと気が付くに決まっている。それにちょっと調べれば、今の第二王子であるルークが執着しているのもすぐに分かる。
王家の人間をそれほどまでに虜にするウィンダリア侯爵家の人間は雪月花と呼ばれる女性以外にいない。
あまりにも有名なその事実にセレスの事などすぐにバレるだろう。
そして同時に困惑もするだろう。
どれほど心を向けても王家の人間には振り向いてくれないのが雪月花だ。それが王と呼ばれた人間の妻になる。もしや呪いとも言われるその執着心が解けるのでは、とざわつくのが目に見えている。
『ウィンダリアの雪月花』に対する執着心は代々の雪月花達が王家の人間に心を許す事が無かった事が原因の1つなのでは、という見方もあったので、ここでジークフリードが雪月花を娶ったとなれば、ようやくその呪いが解けたのだろうと噂になるに決っている。
「ならリヒトとローズの養女にすればいい」
「余計に雪月花ですって言ってるようなものじゃない」
やはりこの友人は可愛い弟子を逃す気はないようだ。
友人としてジークフリードの幸せを願っているし、師匠として可愛い弟子の幸せを願ってもいる。
アヤトは大切な2人の為にならいくらでも力を貸す気はあるが、もしセレスが泣くような事態になったら絶対にセレスの味方をしようと心に決めた。