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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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次女、王都へ帰還する。ギルド長と友人①

読んでいただいてありがとうございます。いつも誤字脱字報告、ありがとうございます。

「お姉様、ただいま帰りました」


 王都にある薬師ギルドにセレスが帰ってきたのは、その日の夕方頃だった。

 旅の疲れなど感じさせないくらい明るい足取りで帰ってきた弟子にアヤトは優しく微笑みかけた。


「お帰りなさい、セレスちゃん。リドも護衛、ありがとう」


 セレスがティターニア公爵家の領地に行ってくれたおかげでこちらも大掃除が出来て大変助かった。ちょっと目を離すと緩む人間は湧いて出てくるものだとつくづく思う。定期的に掃除をしておかないとこうして大掃除をするはめになるので、リヒトと話をして、これからは定期的にお掃除をしようという事になった。


 目の前の少女は『ウィンダリアの雪月花』。ティターニア公爵家が守るべき存在。


 でも、ちょっとエサにしてしまったので、月の女神の神殿にはお詫びを兼ねて多めに寄付をしてきた。女神様の愛娘を守る為なのでお許し願いたい。


「それで、どうだった?幻月の花は?先に知らせはもらっているけれど、実際の感想を聞きたいわ」


 セレスが見たいと言っていたのは幻月の花。確かに前々からおとぎ話のような怪しい謂れがある花だという事は認識していた。


「一応、責任者の方には説明してきましたが……」


 セレスとジークフリードは自分たちが体験した事をアヤトに説明した。


「……ふぅん。じゃあ、すごく特殊な条件が揃わない限り危険は無いという認識でいいのね?」

「はい。ただ、今回は野外でしたが、室内だと規定量を超える可能性もあると思うので出来れば注意喚起だけはしておいた方がいいのかと思います」

「そうね。薬師ギルドから通達を出すわ。幻月の花を扱う時には換気をするようにって。それから野生の幻月の花を見かけたら風の無い日は傍に近寄らないように。まあ、これくらいの注意でいいでしょう。基本的に死者の幻が見えるだけで害はないんでしょう?」

「ああ、ただそこに佇んでいただけだ」


 実際に死者の幻を見たのはジークフリードの方だ。危険が無いというのなら軽い注意くらいでいいだろう。死者に出会えるほど長時間、幻月の花の中にいなければいいだけの話だ。ただ、その成分を抽出して幻覚剤を作られると厄介なので、一つの花からどれくらいの量の幻覚成分が取れるかの実験はギルド内で行っておいた方がいいだろう。


「ご苦労様、セレスちゃん。今日はもう帰っていいわよ。温泉に入ってきたとはいえ、旅の疲れは溜まっているはずよ。明日もお休みでいいから少し家でゆっくりしてちょうだい。ディくんも心配していたからきっと明日は突撃してくるわよ」


 くすくす笑うアヤトに、確かにディーンなら突撃してくるかも、と思ってセレスは苦笑した。

 心配性な弟は、同じく心配性な屋敷の人間に送り出されてきっと来るだろう。


「はい、お姉様。今日はこれで帰ります。ジークさんもありがとうございました。私に付き合わせてしまって…予定とか家のお仕事とか大丈夫でしたか?」

「大丈夫だよ。うちには優秀な部下たちがいてくれるから。俺が帰ったら交代で休暇でもあげるさ」


 ジークフリードの言葉にアヤトがおや?というような感じの顔をした。

 どう頑張っても貴族、とは紹介したが、家の事まで話をしたのかどうか、でもそれにしてはセレスの反応もそこまでではない感じだし…。先日、ワインを持って10年前の事を吐けー、と不機嫌な顔で来た後輩君もセレスにジークフリードの身分を明かした、とは言っていなかったし。

 というか、いつの間に「リド」から「ジーク」呼びに変わったんだろう…?

 あれ?ひょっとして弟くんに紹介する前に本当にセレスを落としにかかってる?え?でも、まだ問題だらけじゃない??


 アヤトの心の中の声は全く聞こえないジークフリードは、さすがに色々と問題だらけなのは理解しているので、セレスの前では最後まで良き保護者として振る舞おうとしているようだが、その瞳の奥には恋情がちょろちょろ見え隠れしている気がしてならない。

 そして、見事にセレスはそれに気が付いていない。過保護な保護者が増えたなぁ、くらいにしか思っていなさそうだ。さすがに少しだけジークフリードが不憫に思えてきた。

 アヤトがあまり見た事のないような甘ったるい笑顔でセレスを部屋から送り出すと、ジークフリードの顔からすぐにその表情は消えた。


「あらヤダ。見事な二重人格」

「お前相手にあそこまでの笑顔はいらん。ヨシュアは来たか?」

「来たわよ。知ってる限りの事は吐いたから後で報告書でも読んで」


 セレスがいなくなると部屋の中の温度が確実に下がった気がする。体感で5度くらいは冷えたんじゃないだろうか。ブリザードが降ってこないだけマシなのかも知れない。


「なぜあの時、言わなかった?」

「まぁ、薬師ギルドの失態っていうのもあったんだけど、正直に言うと、追い切れなかったのよ」

「出所と作った人間を、か?」

「そうよ。裏で一気に売られてそれっきり消えたのよ。それ以来、一度も世に出てきていないわ」

「作った人間が死んだ」

「もしくは偶然の産物で出来たので二度と作れなかったか」


 何かの薬を作ろうとしてどこかで間違えて偶然出来たという可能性も無い事はないのだが、ジークフリードの兄に使われた事を考えるとその線は薄いと見ている。意図的に使われていた以上、あの女にとっては気軽に手に入れられる薬だったはずだ。そうなると偶然の産物では無い。かと言って制作者が死んだと考えるのも不自然すぎるのでちょっと違う気がしている。


「薬師ギルドではどこまで追えたんだ?」

「一応、薬の素材を大量に仕入れた人間まで、ね。でもそれもけっこうバラバラで用途も違う薬や香水なんかに使っていたから一概に魅了の薬の為に仕入れたとは言えなかったのよね」


 魅了の薬は、いくつもの素材とその配合の妙によって出来る。素材は普段薬師が普通に使用する植物なども多いのでそれを仕入れたからと言って魅了の薬を作る為のものとは言えない。現に一緒に調べていた花街の婆や当時の薬師ギルドの長の名前もあったし、当然、アヤトの名前もあった。

 リストを見てもこいつが作っている、と断言出来る薬師はいなかった。

 いたら10年前にとっくに捕まえている。該当者がいなかったから今も謎のままなのだ。


「こちらでも調べてみるが、もう一度、調べ直してくれ」

「了解したわ」

「それと、温泉でユーフェミア・ソレイルに遇った」

「……そう。セレスちゃんが知り合ったとは言っていたけれど…元気そうだったかしら?」


 懐かしさと悔恨が混ざったような複雑な表情のアヤトにジークフリードの方がため息をついた。


「こじらせているのはお前も同じか。リヒトの事は笑えんな」

「一緒にしないでよ。あの子のこじらせはポンコツなだけよ。こっちは色々と複雑なのよ」


 知っている。当時のユーフェミア・ソレイルとそれほど会話をした事はないが、こっちが色々と動いている時に予想だにしない動きをして翻弄してきたので、一時期は本気であちら側の妨害者なのだと思っていた。終わってみれば、彼女は彼女なりに被害者を減らそうとしていただけで、あちら側にもこちら側にも関係なく動いていただけだった。異母、とはいえ彼女があの女の姉でさえなければ、今頃はこの友人の隣にいたのかもしれない。


「ユーフェミア・ソレイルは調べるリストから外してかまわん。あの手の本能で動く人間は、何も知らなくても何故かこちらを振り回すだけだからな。まぁ、彼女が何も関わっていないのは10年前に調べ尽くしたから分かってはいるがな」


 もし知らぬ間にでも何かに関わっているのならば10年前に出てきたはずだが、当時、どれだけ調べても彼女が関わっている形跡は一切無かった。ただ、ソレイル子爵家が罪を犯していたので家単位の罰のとばっちりを受けて花街に売られた。はずだったのだが、まさか自分で自分を買い取っているとは思いもしなかった。10年前にすでに吉祥楼のオーナーだった事実を綺麗に隠し通したのはすごい。素直に賞賛出来る。


「それで言ったらセレスちゃんも割と本能で動くタイプよ。貴方を振り回すセレスちゃんを見られそうでこれから先の楽しみが増えたわ」

「…それは保護者の許可が下りたと考えていいのか?」


 セレスティーナの今現在、一番強力な保護者はアヤトだ。


「ふふ、そうかもね」


 会話の中でただ本能タイプについてからかい半分で言っていただけだったのだが、後に本当にセレスティーナとユーフェミアに振り回されることになるとは、この時の2人は思ってもいなかった。

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[一言] 一気に読ませて頂きました。 続きを楽しみにしています。
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