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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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後輩君、先輩に会いに行く

読んでいただいてありがとうございます。

 ヨシュアは護衛の任務を他の影たちに任せると、1人、王都へと戻ってきていた。

 それもこれも、尊敬する先輩が「10年前のあの時のことをもう一度、調べてこい」という鬼のような命令をしてくれたからだ。ちなみに命令した先輩は、王都まであと半日の場所にある宿場街に良い温泉が湧いているので一泊してから帰ってくる。ずっと歩いて旅をしてきた少女の疲れを少しでも癒やすためだ。

 こっちにも、もう少しそんな優しさを見せて下さい!と言いたいところだが、そうなったらなったできっと裏があるに違いないので怖くて言えない。あと、ロックオンした少女と少しでも一緒にいたいという下心がちょっとだけ見えていた。

 調べてこい、と言われたが、ジークフリードの兄を惑わせた女はすでにこの世にいないし、ジークフリードの兄もあの時に亡くなっている。2人はもういないので、あの当時、彼らの周りにいた人間や関係者から話を聞くしか無いのだが今更あの時の話をしてくれるかどうか…。加害者側に関わっていた貴族は軒並み爵位を落とされたり、家そのものが潰れたりして一家離散、なんていう家もあったはずだ。

 ヨシュアは被害者側の人間なので、当時はあっち側の人間とはずいぶんと対立したものだ。


「はぁ、まずはアヤト先輩のとこに行って隠してることを吐いてもらわないと」


 宿場にある薬屋の店主でさえ、10年前の事件の時、魅了の薬が使われたのでは、という噂が薬師たちの間であったと言っていたのだ。あの当時はまだ先代の弟子という立場のアヤトだったが、将来の薬師ギルドの長として色々と仕込まれていたはずだ。そのアヤトが禁止薬品である魅了の薬が使用されたのでは、という疑問を持たないわけがない。何かしらを知っている可能性は高い。それに先代の薬師ギルドの長は薬の変人とまで言われた人物なのだ。もし本当に魅了の薬が使われていたのなら知らないわけがない。




「せんぱーい、オレ、今日はめっちゃ機嫌悪いんで、ちゃちゃっと吐いて下さいッス」


 帰ってきたと思ったら、すごく不機嫌な顔で現れた後輩の「機嫌悪い」発言にアヤトは優雅に笑うだけだった。

「あら、どうしたのよ。機嫌が悪いなんて。リドにいじめられでもしたの?」

「そうッス。で、吐いてくれるんですか?」

「何のことについて?内容次第ね」

「あ、これ、リド先輩からッス」


 何の脈絡も無く、いきなりヨシュアが取り出してこちらに寄こしたワインのラベルを見て思わず二度見した。


「え?マジで?これってもしかして66ワインじゃないの?」

「そうッス。リド先輩からそれ手土産にアヤト先輩から10年前のことを聞いてこいって命令されたッス」


 不機嫌な後輩に先輩は全く動じてくれない。どころか内心、あら可愛い、とか思われていそうだ。


「10年前、魅了の薬は使われたんッスか?」


 単刀直入に聞いた方が早い。じゃないと誤魔化されて終了だ。


「…直球ねぇ、ヨシュア」


 子供の成長を喜ぶ母親みたいな目でこちらを見ないでほしい。貴方とは血のつながりはないし、母親でもない、ってか男性だ。


「半分正解よ。10年前、リドのお兄さんには魅了の薬のようなものが使われていた形跡があったわ。…ここから先は、ちょっと薬師ギルドの失態になるんだけど、10年前の当時でも魅了の薬の作り方を知っていたのは、花街の婆と薬師ギルドの長の2人のみ、のはずだったの。でも、あの事件の少し前、裏のルートに大量に魅了の薬もどきが出回っていたわ。いくつか入手して分析してみたんだけど、完全な魅了の薬とは効果や持続時間などに違いやムラがありすぎて、私たちは『もどき』って呼んでいたわ。ただ、もどきは不安定な効果のせいか、解毒薬が効きづらかったのよ。私たちが秘密にしていた理由は、下手に騒いでその存在が世に知られたとしたら、同じようなもどきを作る人が出てくるかもしれないと危惧したからよ」


 執務室の机の上で、自分で淹れた紅茶を飲みながら、淡々とアヤトは語り出した。


「物が物だけにあまり大勢の薬師たちは巻き込めなかったから、いざとなれば責任の取れる立場の先代と魅了の薬の効果を知り尽くしていた花街の婆、そして私の3人で分析をしていたわ。他の薬師たちには、もどきの存在は教えたけれど、持ち込まれた場合はすぐにこちらに回すように言ってあったから薬師に持ち込まれた薬だけは回収できたわ。ただ、元々がどれだけ作られたのか、そして誰がどうやって作ったのかがわからなかったの。そうこうしている内にリドのお兄さんがあの女に捕まり、もどきが裏のルートから突然消えたわ」

「もどきを作った犯人は見つかったんスか?」

「いいえ。結局、犯人は見つからなかったの。あの当時、この国にいた長や婆に近い薬師を片っ端から調べたけれど、誰もそんな薬を大量に作った形跡はなかったし、薬の作り方が不完全とはいえ流出した経緯もわからなかったわ」

「どうして裏のルートから突然消えたんスか?」

「そうねぇ、今思えば、きっと実験が終わったのよ」

「…リド先輩に使うための?」

「そう。あの女の最初の狙いはリドだった。リドを落とすことに失敗したからリドのお兄さんを狙ったけれど、いつだって彼女はリドしか見ていなかったわ」


 どれだけジークフリードの兄に甘い言葉を吐こうとも、目だけは常にジークフリード本人を追っていた。あの女は、ジークフリードだけを見ていたのだ。


「じゃあ、もどきを作った犯人はあの女ッスか?」

「そうとも言えないわ。知識があったとしても、薬師でない者が薬を作るのは大変なのよ。だから少なくとも薬師、もしくは薬師の勉強をした者が関わっていたとは思っているんだけど、あの女が死んで手がかりは無くなったわね」


 ジークフリードの兄を堕とした女。被害者は多いが、彼女のすぐ傍にいてそこまでの秘密を共有出来た人物が生き残っているのかどうか…。彼女に近かった男達はほとんど亡くなっている。あの事件で命を落とした人物もいれば、この10年の間に亡くなった人もいる。

 だが、10年前と変わらない人もいる。


「……先輩、俺、ユーフェミア・ソレイルを見かけたッス」

「あらあら、機嫌が悪い理由はそれね。ヨシュア、一応警告しておくけれど、彼女に近づいてはダメよ。彼女は10年前だって私たちが知らなかっただけで、なるべく被害者を出さないように、と苦労していたんだから。誤解したまま彼女を追い詰めてしまったけれど……会えたら、私は思いっきり怒られて殴られても仕方ないわ」


 ヨシュアには言っていないが、10年前にユーフェミア・ソレイルが花街に売られると聞いた時、彼女の部屋に無理矢理入り込んだのは自分だ。口論になって、普段はどれだけ怒っていようともどこか冷めた目で見られていたことが一切見えなくなった。

 ……気が付いたらいなくなってしまった彼女を探し出すことが出来ず、どれほど後悔したことか。

 ようやく見つけたと思った時には、すでにティターニア公爵家でも入ることが難しい花街という特殊な場所の上役の1人になっていて、避けられると会うことさえ困難な存在になっていた。


「ヨシュア、貴方はユーフェミア・ソレイルを恨んでる?」


 アヤトの問いかけに、ヨシュアは少し考えると首を横に振った。


「彼女が連れて行ってくれていれば、という思いもありましたけど、あの人はそれ以上に他の人を助けてた。10年経って、ようやく見えたこともあります。確かに当時は彼女のことも恨んでいましたけど、あの女に引っかかって忠告も全て無視した弟も悪かったんですよ」


 ヨシュアの弟はあの事件の時にジークフリードの兄を堕とした女に同じように堕とされて、けっきょく死んでしまった。ユーフェミア・ソレイルは、同じように堕とされた男の何人かは正気に戻して逃がしていた。荒療治だが、隠し部屋から義妹が誰も聞いていないと思って吐きまくっていた暴言を聞かせ、部屋中を暴れ回っては侍女に暴力を振るう様を見せていたらしい。だが、弟は隠し部屋に連れて行かれる前に死んでしまった。


「仕方ないわ。後で聞いた話だと、彼女は学園に入った頃から寮で暮らしていて、実家に帰ることすら無かったそうだから」


 その間に実家であったソレイル子爵家は義妹とその母にめちゃめちゃにされていたようだ。父親でさえユーフェミアに会うことは全く無かったらしい。

 それでも、ソレイル子爵家の名に於いて為されたことだから、と個人的に動いていたそうだ。

 実家にこっそり帰って、隠し通路を通って義妹の部屋に案内して、という地道な努力の結果、何人かは正気に戻って義妹から離れていった。

 というか、家に帰ることすら出来なかったユーフェミアがどうして子爵家の隠し通路や隠し部屋などを知っていたのかが謎すぎる。本人は教えてくれる気は無かったが、あの騒動の後、影達がしっかり調べたら、相当数の隠し通路が見つかったそうだ。おそらく、あの家を建てたユーフェミアのひいお爺さんから聞いたとしか思えなかったが、その当時のユーフェミアの年齢は相当幼いはずだ。そんな報告を受けた時に、よく覚えていたわよね、と言う感想しか出てこなかった。


「他から当たってみますけど、どこかで絶対一度はユーフェミア・ソレイルに話を聞かないとダメな気がするッス」


 救いは、ユーフェミア・ソレイルが元凶の義妹とは全く似ていない点だ。ソレイルの家名を聞くと、イラっとはするが、ユーフェミア自身にはどちらかと言うと申し訳無いという思いしかない。


「その時は、私もその場にいたいから呼んでちょうだいね」


 彼女が再び変な冤罪をかけられないように、今度こそしっかり守ろう、そう誓ったアヤトだった。



 

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