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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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冒険者とオーナー

 セレスとユーフェミアがお風呂の中で会話をしている時、男性側の露天風呂でジークフリードは1人のんびり温泉に浸かっていた。


「早くこうしてのんびりした毎日を送りたいもんだよ。そう思わないか?ヨシュア」


 名指しを受けたヨシュアは隠れていた場所から姿を現して温泉の傍らへと移動した。もちろん服は着たままだし、帯剣も忘れていない。目の前の人物は、いくらお忍びとは言え、いつ何時命を狙われても可笑しくない人物なのだ。「まさかね…」という感じになってはいるようだが、こうして1人になった時に命を狙われる可能性は十分にあるので、影たちはしっかりと彼を護衛していた。


「せんぱーい、ぜってー先輩じゃのんびりした生活は無理ッス。ムリムリ!何が何でも騒動が起こります!」

「人をトラブルメーカーみたいに言うな。こっちから何かを仕掛けたことはないぞ」

「あー、そうッスねぇ。仕掛けてきそうな気配があったら速攻潰してるだけッスね」


 基本的にジークフリード側から何かを仕掛けることは無い。あちらが仕掛けてきたから撃退してきただけだ。


「ヨシュア、誰かウィンダリア侯爵家の領地に行かせろ。セレスティーナのことを誰がどこまで知っていて、領地内で『ウィンダリアの雪月花』がどういう扱いになっているのかを調べてこい」

「了解ッス」

「それと、10年前のあの時の事をもう一度調べ直せ」

「…了解ッス。魅了の薬ッスね」

「そうだ。あの時、それが使われていたのなら、あの女1人で作っていたとは思えない。製造元がいるはずだ。洗い出せ。アヤトが何か隠しているなら吐かせろ」


 薬関係は薬師ギルドの管轄だ。10年前、アヤトは当時の薬師ギルドの長の弟子だった。もし本当に魅了の薬が使われていたのならアヤトが気付かないはずがない。アヤトは何かを知っている。それがこの10年の間に判明したことなのか、10年前にはすでにわかっていたことなのかは分からないが、それでも何かを知っていて隠しているのならば、残らず吐いてもらうだけだ。


「アヤト先輩、素直に吐いてくれるかなぁ」


 吐かせる、と言っても相手は権力は効かないわ剣の腕は一流だわ、何かしらの取引材料を持っていかないと素直に教えてくれない気がする。


「俺の私室にある酒でも持っていけ」

「え…それってまさか、あの幻のワインッスか?」

「そうだ、66ワインと呼ばれているあれだ。海底に沈んでいた66本のワインの内の1本だ。あれを手土産に持っていけ」

「マジッスかぁ!?」


 66ワインと呼ばれるワインは海底に沈んでいた船から偶然引き上げられた幻のワインと呼ばれている物で、海の底で熟成されたワインはなんとも言えない芳醇な香りとまろやかさを持つと言われている。

 66本全て販売が済んでいる為、コレクターたちが手放さない限り世に出てくることのない幻のワイン。

 ジークフリードはその内の何本かを所有していた。


「珍しくアイツが飲みたいと言っていたからな。それを手土産に持っていって後はお前次第だ」

「うぃーッス」


 ワインだけで教えてくれるとは思えないが、後はヨシュアが誠心誠意お願いするしかない。可愛い後輩を助けると思って教えてくれないだろうか。

 気持ちよさそうにお湯に浸かりながら「じいさんの領地で片っ端から温泉を掘ってみるか」と早くも引退後の生活を夢見ているジークフリードとちょっとだけどんよりした雰囲気を醸し出しているヨシュアは見事に正反対の表情をしていたのだった。



「あら、本当にジークフリード様がいらしたのねぇ」


 セレスが温泉から出てくるのを待っていると、聞きなじみのない声で名を呼ばれた。振り返った先には、濃い栗色の髪と金の瞳を持つ艶やかな美女がいた。その顔はずいぶん大人になっているが、もう少し若い頃をジークフリードは知っていた。


「…まさか、ユーフェミア・ソレイル?」

「あら、覚えていて下さったんですね。お久しゅうございます、ジークフリード様。一応、貴方様の名を連呼したくないので、そのお姿の時はリド様とお呼びしても?」

「あぁ、かまわん。10年ぶりか、ユーフェミア・ソレイル」


 彼女はあの時の関係者だ。関係者どころか割と中心に近い場所にいた人物だ。


「ソレイル子爵家はもうありませんので、私はただのユーフェミアですわ。今後、その家名を呼ばないで下さいませ」


 にっこりと笑って言っているが、ソレイル子爵家を潰したのはジークフリードだ。


「…潰したのは俺だな」

「お気になさらず。ソレイル子爵家は潰されて当然でしたから。それにあの家はとっくの昔に家としては崩壊していましたもの。リド様が潰さなくても勝手に潰れていた家ですわ。あの義妹のおかげで少しだけ早まっただけですわ」


 10年前、ユーフェミアは義妹の味方だと思っていた。だが蓋を開けて見れば、味方どころか義妹とはほぼ接点が無く、むしろ義妹の被害者たちに謝罪と賠償をずっとしていたのがユーフェミア・ソレイルという女性だった。

 あの当時、ユーフェミアはリドやアヤトたちを信じていなかった。だから1人で義妹の後始末をしていたのだが、その言動や行動からリドたちはユーフェミア・ソレイルは義妹の味方だと信じて疑っていなかった。今、思えば自分の家、ひいては自分自身をも危険にさらすであろう相手に対して警戒するのは当然だし、ソレイル子爵家の内情をよく知らなかったこちらが彼女とその義妹を危険視したのを感じ取って距離を置かれていたのも当然のことだった。


「ユーフェミア嬢、今はどうしているんだ?それに何故ここに?」

「ふふ、そんな風に呼ばれたのは久方ぶりですわ。今は花街にある吉祥楼のオーナーをしていますの。こちらへはちょっとした湯治に来たんです。少し前に事故で階段から落ちてしまって。その時の打ち身がまだ治らないので、お店の女の子たちが気を遣ってくれたんです」


 花街にある吉祥楼といえば古い歴史を持つ高級店で、そこのオーナーは、それなりの手段を持っていないとなれないはずだ。それに吉祥楼のオーナーが最近、代替わりしたという話は聞いたことがない。


「……いつからだ?いつから吉祥楼のオーナーをしている?代替わりしたとは聞いていない」

「少なくとも10年以上は経っていますわねぇ」

「ソレイル家の全財産は没収されたはずだ」

「潰れかけた家でしたから、そんなに価値のある物はありませんでしたよ。家の財産は没収されましたが、私個人の財産は無いものとされていましたので」


 おほほほほ、と優雅に笑う姿は10年前と変わっていない。あの時、ユーフェミア自身も家の財産と見なされて、花街にその身を売って支払金を作ったと聞いている。


「元々、吉祥楼はひいお爺様の持ち物でした。小さい頃、まだご健在だったひいお爺様は、お爺様とお父様に商売の才能無し、と判断して吉祥楼を私に譲ってくれたんです。10年前はまだ学生の私がオーナーだと舐められるので、名義だけ別人にしてあったんですよ。でもそのおかげであの騒動の時にはソレイル家の財産とは見なされなかったので大変助かりました」

「…10年前に花街に身を売った時、買い取った店がどこか分からなかったのだが」

「自分で自分を買い取っただけです。それからはずっと花街に身を寄せています」

「そうか。……すまなかった」


 ユーフェミアのことを10年前はずっと誤解していた。花街に身を売ったと聞いた時も特に何の感情も湧かなかった。後にユーフェミアの真実を知って彼女の行方を追ったのだが、その時にはもう彼女の姿を追うことは出来なかった。


「その謝罪は必要ありません。私は私のやりたい事をやっただけですから。家に関してもあの騒動がなくても近い将来には無くなっていたでしょうから、問題はありませんよ。私もあの家は出るつもりでしたし」


 セレスといい、この吉祥楼のオーナーといい、貴族の家に生まれてもあっさり家というものを捨てる逞しいお嬢さん方だと思う。


「まったく、出来ればこれからは何かあれば相談してくれ」


 これはセレスにも良く言い聞かせよう、とジークフリードは思っていたのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] あー……なるほど ヒロイン()の義姉だったのかオーナーさん んでこれもしかして魅了の薬まで発覚すると家が潰れるだけじゃなくて族滅まで行くから、 せめてもと思ってオーナーさんの為に伏せてたか?…
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