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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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次女とギルド長

読んで下さっている方の多さにびっくりしました。ありがとうございます。勢いで書いているので誤字脱字報告は大変ありがたいです。

 使用人部屋のさらに奥、屋敷の主の一家やその血縁者がけっして来ない場所にある部屋がセレスが住んでいた部屋だった。その主のいなくなった部屋を執事が見渡していると、部屋の扉が開いて侍女の1人が入ってきた。


「よろしかったのですか?殿下と旦那様にお嬢様が『ウィンダリアの雪月花』であることを教えても…」

「かまいません。むしろこれであの2人はうかつに動けなくなりました。旦那様がお嬢様を探し出して連れ帰ったとしても、それから先はお嬢様を『ウィンダリアの雪月花』として扱わねばなりません。そうなれば今までお嬢様の存在を無いものとしてきた旦那様が責められるでしょう。ウィンダリア侯爵家の次女が放置されているというのは貴族内でも有名な話でしたから。もちろん非難は奥様やソニア様にも及びます。旦那様はそれを決して良しとはしないでしょう。それに万が一にもお嬢様を傷つけるようなことをしてしまえば女神の怒りを買う可能性がありますので下手な手出しは出来ません。先ほどは探すとおっしゃっていましたが、今頃悩んでいらっしゃると思いますよ。殿下の方も、お嬢様を探し出して保護をしようとしても国王陛下がお許しにならないでしょう。陛下は今までお嬢様のことはただの両親に放置された可哀想な次女だと思っていたから殿下の思うままに他家へと養女に出してから殿下の妃に、とでも望んでいたのでしょうが、『ウィンダリアの雪月花』とわかった以上、お嬢様の意思を無視することなど出来ません。もしお嬢様が望んでいないのに保護という名目で王家が囲ってしまえば、今度は王家が不文律を破ったと非難の的になります。『ウィンダリアの雪月花』であるという事実が今のお嬢様を一番自由にしているのですよ」


 執事はそう言って、主のいなくなった部屋の扉をそっと閉じた。


  


 一方その頃、セレスティーナ本人は、面倒くさい貴族社会とあの家族からおさらばできたことに心の底から喜んでいた。笑顔で薬師ギルドを訪れて、フリーになったことを告げて本日の納品分のポーションを渡した。


「良かったわね、セレスちゃん」


 優しい笑顔で出迎えてくれたのは、この薬師ギルドのギルド長(男性:年齢不詳)であり同時にセレスの師匠にあたる青年だった。年齢不詳でその外見は完全なるお姉様だ。豪奢な金髪の長い巻き毛、切れ長の瞳は綺麗なエメラルド。お化粧も完璧で、身に纏っている服はドレスではなくて少し長めのローブのようなものだが、これぞまさに貴婦人といった感じの方だ。

 薬のことになると厳しいが、褒めてくれる時はものすごく優しい目をしているので、そのギャップがたまらない!と密かに男性陣から人気があるのだが、自分が男性であるということは公表しているので、「でも男性なんだよね」と毎回落ち込むのまでが定番のセットになっている。ちなみに女性陣からは「お姉様」と慕われていて、ギルド長の開くお化粧教室は不定期開催だが大人気の薬師ギルドの名物イベントの一つだ。


「はい、お姉様。やっとおさらば出来たのでこれからは堂々とお薬を作れます」


 張り切っているセレスは可愛らしい。

 初めて会った時はまだ小さくてお人形のように愛らしかったので、ギルド内の男共及び出入りする男共全員にノータッチの精神をしっかり刻み込むのが大変だった。その苦労のかいもあってか、薬師ギルドを訪れるたびに少しずつ慣れてきて、小さな声で「お姉様…」と初めて言ってくれた時は嬉しさのあまり失神しかけたほどだ。今でこそ普通にしゃべってくれるし笑顔も見せてくれるが、初めて会った時のセレスは一見しただけでわかるほどの表情のない子供だった。連れてきた旧知の執事に「てめぇら、この子に何かしたんか!?あぁん!!」と思わず素で胸ぐら掴んだくらいだ。


「とんでもないことです。セレス様は確かにご両親からは放置されているのは事実ですが、私どもで大切にお育ていたしております。初めての場所で戸惑っておられるだけです。あまり感情を表に出されない方ですが、今は見ての通り胸ぐらを掴まれている私を心配していらっしゃいます」

「はぁ??」


 ギルド長の目には、同じような表情に見えるのだが、執事によれば先ほどは戸惑っていて今は心配の表情をしているのだという。確かに少女の指が執事の服をぎゅっと握っている。目が合えば少女はダメとでも言うように小さく首を横に振った。


「……失礼。私としたことが我を忘れてしまったわね。小さなレディ、私はこの薬師ギルドの長をしている『アヤセ』というの。よろしくね」

「お嬢様、この方は『アヤト』様とおっしゃいます。この薬師ギルドの長で、文字通り、この国の薬師の頂点に立っていらっしゃるお方です。お嬢様の師匠としては最適な人物でございます」

「何勝手に弟子入りさせてんのよ。そもそもその子は何者なの?貴方の子供じゃないわよね」

「もちろん違います。お嬢様、私からアヤト様にある程度の事情を説明させていただいてもよろしいでしょうか?」


 執事の言葉にセレスは小さく「お願い」と言った。執事の服をぎゅっと掴んではいるが、深い青の瞳がアヤセを真っ直ぐに見ていた。


「アヤト様、この方はウィンダリア侯爵家の第二子でいらっしゃいますセレスティーナお嬢様です」

「そろそろアヤセって呼んでよ。ウィンダリア侯爵家?あそこの子供って姉と弟の2人だけじゃなかったっけ?」

「お嬢様は正真正銘ウィンダリア侯爵のお子様ですよ。先ほども言った通り、ご両親からは放置されておられます。というよりも存在そのものを無いものとされておいでです」

「侯爵は愛妻家で子煩悩って聞いてるけど、違うの?」

「上のお嬢様とお坊ちゃまは大切になさっていますよ」

「その子は違うのね?どうして?」

「理由は分かりかねます。なぜか侯爵家のご家族はお嬢様の存在を忘れておいでなのです」

「ふーん、ま、お貴族様の家庭内事情に興味はないわ。でもそれがどうして私の弟子に、って話に繋がるの?」


 存在を忘れられていると言っても彼女は侯爵家の娘だ。貴族の娘が薬師になりたい、なんて聞いたことがない。何せ薬師は薬草相手の仕事なので、常にその指先は様々な色に染まる。基本は緑だが、薬草や薬の色によっては紫色に染まる時だってある。シミ一つない美しい手を誇るのが貴族の娘の自慢の一つでもあるのに。

 セレスは、執事の服から手を離してギルド長の前に立つと綺麗なカーテシーを披露した。


「ウィンダリア侯爵家の次女、セレスティーナ・ウィンダリアでございます」

「…やめて、ここは貴族の社交場じゃないわ」


 仕事柄多くの貴族に接してきたギルド長の目から見ても、セレスの所作は美しい。もし彼女が少しでも社交場に顔を出していたならきっと縁談の話がひっきりなしに入っていたことだろう。


「貴女、どうして薬師になりたいの?」

「…私の中には、薬草の知識、薬の知識がたくさんあります。それは多くの人たちが苦労して生み出したもの…でも、今のままでは私の中にあるだけで終わってしまう…。それはきっとダメなんです。薬師になってそれらをきちんと形にしたいんです」


 セレスの中にある知識はこの世界では非常識なことも多いし、この世界にはまだ無い効能の薬も多い。セレスはそれらの薬を世に出したいと思っていた。それが女神セレーネの守護をもらっている自分の役目だと思っていた。なぜなら、月の女神セレーネは同時に薬草の女神でもあるのだ。月の光がある時にしか花が咲かない月光花など、月に関連する薬草が多いことからセレーネは薬師たちの守護神とも言われている。『ウィンダリアの雪月花』は女神セレーネに起因する存在。今でも屋敷の一角でセレスが自ら育てている薬草は他のどの植物よりも育ちが良い。それらを使ってきちんとした薬を作りたい。そんな思いをセレスはギルド長にぶつけた。


「……いいわよ。どうせ、この執事さんが連れて来た以上、どうやっても拒否は出来ないんだから。でも約束してちょうだい。貴女、貴族なんだから当然学園には通う予定よね。その時は薬師科を志望して。あそこは基本中の基本をしっかり教えてくれるし、新しい技術なんかも教えてくれるわ。私1人では教え忘れることもあるかもしれないから、あそこできちんと学んでね」

「はい、ありがとうございます」


 セレスは、まだあまり上手く感情表現を出来ていないが、それでも小さく口の端を上げて微笑んだ。


「アヤセ様、ありがとうございます。そうそう、言い忘れておりましたがセレスティーナお嬢様は『ウィンダリアの雪月花』です」

「…………ごめんなさい、聞き間違いかしら?今、何て言ったの?もう一回言ってくれる?」

「何度でも言わせていただきますが、お嬢様は『ウィンダリアの雪月花』です」


 執事の言葉に今度こそ薬師ギルドの長が凍り付いた。

 『ウィンダリアの雪月花』って何だっけ?あ、そうそう思い出したわ。一般的な感覚で言えば、ほとんど伝説の存在。ウィンダリア侯爵家の月のお姫様。女神セレーネ様の愛娘。


「って絶対表に出てこない人物じゃんか!!はあ!?意味わかんない!なんで『ウィンダリアの雪月花』が表に出てきちゃってんの。しかもオレの目の前にいるし!!ってか、今、オレ、弟子にしたよね!!つーか、ジジィ、何最後にぶっ込んできてんの!!」

「アヤト様、言葉使いが戻っておられますよ。あと、お嬢様は先ほど、弟子にしていただきました」

「銀髪」

「染め粉です。そんな特徴ある状態のままで表に出てくるわけがないでしょう。アヤト様は『ウィンダリアの雪月花』についてはどこまでご存じですか?」


 普段は冷静沈着で通っている薬師ギルドの長は、ふうーと長い息を吐いてから自分に「落ち着いて、目の前の現実を受け入れるのよ」と言い聞かせた。


「私が知っているのなんて一般的なことばかりよ。ウィンダリア侯爵家の血筋に生まれてくること。ほとんどの女性は領地から出てこないこと。それと、何かしらの能力を持っている方が多いってことくらいよ」

「不文律は?」

「知ってるわ。一応、これでも貴族の端くれの家に生まれてるからね!!あーもうほんっとーに貴方に関わるととんでもないことばっかりよ。でも仕方ないわね、女神セレーネ様は私たち薬師の守護神。その女神様の愛娘って言われる存在が薬師になりたいって言うんなら、ギルドの全力を以て守るわよ。あ、安心して、秘密もちゃんと守るから」


 しっかり腹をくくったギルド長に執事とセレスは「よろしくお願いします」と言って頭を下げた。







 


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[一言] 主人公が薬師に拘る理由はわかったけどでもやっぱり最初に王子視点を見てしまったから好きな人が何も言わずに姿を消してしまった王子が可哀想と思ってしまうな
[一言]  もう執事が有能過ぎる(笑) なんで、侯爵家に仕えてるんだ、この人??
[一言] お姉様ってオネェ様か!www
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