次女を想う①
読んでいただいてありがとうございます。GWも終わりですね…。
リドとセレスの目の前で咲いていた幻月の花は月がだんだん下がり始めると、その動きに合わせるようにゆっくりと花弁を閉じ始めた。茎につくほど垂れ下がっていた一番外側の花弁でさえもゆっくりと起き上がって最初の位置に戻っていく。満月の夜、月が頂点に達した時にだけ見ることが出来る特別な開花現象。
幻月の花の死者に会えるという噂に関しての検証も済んだので、後はこれをアヤトに報告して薬師ギルドからの注意喚起を各地にしてもらうだけだ。
そして、リドは自分の気持ちを自覚したので、これから色々とやることが増えた。
まずは、自分の今の地位を後継者である兄の息子に譲り、セレスの保護者を陥落させていかなければならない。なによりもセレス本人に自分を恋愛対象として見てもらわなくてはならない。今現在、セレスにその気はない、というよりも、セレスは誰のことも恋愛対象として見ていない。心がまだ幼いのだろう。好きという気持ちは親愛の情までだ。保護者たちには、自分がセレスの傍にいるメリットを説けばまだ納得してくれるだろうが、セレス本人の気持ちが無ければそちらも説得出来るかどうか危うい。
大切なのは、セレスティーナの想いだ。
なので、これからは自分のことを意識してもらう為にも、保護者としてではない顔も見せていくつもりだ。
「さて、帰るか、セレス。ここでの用事は済んだのだろう?」
一応、危険なのはあの瞬間だけだろうが、長くこの場に留まって匂いを嗅ぎ続けるのもどうかと思うので、早々にこの場を去った方が良いだろう。
「はい。幻月の花のことをお姉様にも報告しないといけないですしね。リドさん、一緒に来てくれてありがとうございました」
「ジーク、だ」
「え?」
「ジークフリード、それが俺の名前だよ。長ったらしくて呼ぶのが面倒くさい、とか言われて、アヤトがリドって呼び出したんだ。仰々しい名前だろう?騎士として活躍したご先祖の名前で、俺は次男で家を継がない予定だったから、騎士として活躍してくれれば、という思いで付けられたらしい。昔は家族がジークって呼んでたんだが、今は誰も俺のことをそう呼ばないから、せめてセレスだけでも俺のことをジークって呼んでくれないか?」
懇願するように言われてセレスはちょっと戸惑ったが、本人がそう呼んで欲しいというのならば、そう呼んだ方がいいのだろう。
「……ジーク、さん?」
「そう。いい子だ。これからも俺のことはそう呼んでくれ」
後でこの時の話を聞いたアヤトに「お兄さんの話をしたばっかりで、ちょっと同情心があった素直なセレスちゃんにつけ込むんじゃないわよ。このむっつり」と言って怒られた。どの辺でむっつりが出てきたのか知らないが、少なくともセレスに特別な呼び方で呼んでもらうことには成功した。
「リ…ジークさん、あ、あの…」
「ん?どうした?」
「迷子にはならないので、手を離してもらっても大丈夫ですよ?」
リドことジークフリードは、左手でセレスの右手をしっかり掴んでいた。ジークフリードはセレスと手を繋いで彼女の歩調に合わせて隣を歩いていた。子供ではないし、ふらふらどこかに行かないので大丈夫なのだが、こうして手を繋いで一緒に歩いている姿は、誰も見ていないのに妙に気恥ずかしい。
「でもセレス、さっきは急に出てきた黄色の霧に阻まれてお互いを見失ってしまっただろう?空が少し明るくなってきたとは言え、まだ夜も完全に明けていないし、こうして手を繋いでいた方が離ればなれにならなくて安全なんだ」
夜も明けきらぬ森の中で、経験豊富な冒険者でもあるジークフリードにそう言われれば、セレスは納得するしかない。そういうものなのかな?と思ってジークフリードを見上げれば、にっこり笑われたのでセレスはそのまま手を繋いで森の中を歩いて行った。ジークフリードが内心で、まずはちょっとした触れ合いから、なんて考えてるなんて思ってもいなかった。
「お…お嬢ちゃん、素直すぎない…??あれ、純愛そうに見えて絶対、内心は邪な思いに満ちてると思う」
「素直なのはいいことだ。あの方の好きなお嬢さんがああして素直な方であることは喜ばしい」
ちょっと遠目からヨシュアと同僚はその光景を見ていた。
海千山千の妖怪軍団相手に勝利をもぎ取ってきたのは、それ以上に本人が相手の裏側を読んで様々な手を打ってきたからだ。そんなのの相手をしていれば精神的疲労度だって増す。まして、心を休める家族という存在はいないに等しく、この10年間、ジークフリードはー支えてくれる部下や友人がいたとはいえー常に孤独の戦いを強いられてきた。彼女がジークフリードの心を癒して支えてくれる人なら別に策略家でもなんでも良かったのだが、彼が恋したお嬢さんは、信頼した人を疑わない素直な心の持ち主だった。
「まあ、ねぇ。『ウィンダリアの雪月花』が策略家だったらそれはそれでイヤだけどさ」
一般的な『ウィンダリアの雪月花』のイメージは、儚い美女、といった感じだ。
周りに翻弄され、無理矢理嫁がされては短い命を散らす、最近ではウィンダリア侯爵領から出て来ることのない月のお姫様。
にしては当代のお姫様は行動力が有り過ぎる。実家をあっさり捨てて薬師として自立し、花街のお姉さんを拾い、ジークフリードを絡め取った。……最後のは、絡め取ったのか絡め取られようとしているのかわからないが、何にせよ、セレスティーナ・ウィンダリアという少女は、今までの雪月花のようにただ周りに流されて生きる存在ではない。
「やっべ、オレ、こき使われるかもしれないけど、特等席で先輩があたふたする瞬間が見られるかもー、楽しみー」
「その前に見てるこっちが背筋が凍るような思いをする瞬間があるかもしれないぞ」
「…マジか!?」
セレスに何かあればジークフリードはきっと容赦しない。そうならない為にも、大切なのはセレス本人の安全とセレスが悲しまないように彼女の大切な人たちの安全確保だ。
「不文律に抵触しない?」
「彼女本人が望めば大丈夫だ。束縛してはならない、虐げてはいけない、何事も望むままに。どこにも王家に嫁いではいけない、という文章はない」
「リド先輩のがんばり次第か」
王家の執着、と言われてはいるが、今までの雪月花たちがその心を王家の男たちに寄せなかっただけで、両想いになったうえで幸せな家庭を築いていっていればそんな不名誉な噂は流れなかった。このままセレスティーナがジークフリードと想い合って嫁ぐことが出来れば、世間の見方は少し変わっていくのかもしれない。だがそれはジークフリードがセレスティーナの恋心を得られればの話だ。
「あーあー、見てよ、先輩のあの嬉しそうなデレッとした顔。あんな笑顔を女性に向ける先輩なんてオレ、初めて見たね!!」
「ふ、安心しろ、誰1人として見た事はない。他の奴らの反応を見るのが今から楽しみだ」
同僚も相変わらず良い性格をしていた。でも、普段、冷静な影の者たちが、誰も見た事のない笑顔を1人の少女に見せるジークフリードを見てどういう反応をするのか楽しみではある。
ただし、今現在、リヒトの手伝いに駆り出されている上司だけは絶対に驚くことはない。
あの人、何をやらかしたら顔色とか変わるのだろう、好奇心はあるがそこは触れてはならない領域だ。
目の前でいちゃつく恋人未満の2人を見ながら、王都に帰ったら、エルローズに対して絶対一歩も進んでいないであろうリヒトにジークフリードを見習うように進言しようと心に決めた。