次女と幻月の花③(王都の宰相)
読んでいただいてありがとうございます。GW中は出来るだけ更新していきたいなと思っています。
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テントの中に朝日が差してきて、セレスはゆっくりと目を開けた。
野外の森の中だというのにぐっすりと眠れた気がする。寝ぼけた頭で何となく不思議に思ったが、外に信頼できる人がいて、この森の中で『ウィンダリアの雪月花』である自分が危険な目に遭うことがないからだと本能が理解しているのだということに気がついた。
「……あ、そっか。ここ、前に誰か来てるんだ…」
身体を起こして目をこすりながら、そう思った。この森にずっと昔、雪月花として生まれた誰かが来たことがある。その人に対する想いが森の木々や草花に残っているから同じ雪月花である自分にも優しいのだ。
「もう少し早く気がつけば、リドさんに夜番してもらわなくても良かったのに…」
だが最初からテントは1つしか持ってきていないので、そうなった場合リドがどこで寝るのかという問題になるのだが、セレスは一切気がつかなかった。ついでに、一応、まだリドには自分から『ウィンダリアの雪月花』です、と伝えてはいない。リドも何も言わないので、知っているのだとしてもそれを秘密にしてくれている。
リドの方は、もしそう言われたとしても、未成年とは言え女性と一緒のテントで寝る気はさすがに無かった。なので最初から外で夜番をするつもりでテントを1つしか用意していなかったのだ。
終わってしまったことなので仕方ないか、と思いながらセレスが朝ご飯の仕度の為に外に出ると、木にもたれながら目を閉じていたリドが気がついて微笑んでくれた。
「おはよう、セレス。良く眠れたか?」
「はい。バッチリです。リドさんは大丈夫ですか?」
「問題ない。不思議なことに身体もすごく調子が良さそうだよ」
朝日の中で微笑む美形に心の中で「朝からありがとうございます!」とお礼を言っておく。
「朝食、作りますね。リドさんはその間、休んでいてください」
「あぁ、ここでこうして休んでいるから、出来たら声をかけてくれ」
「テントで寝ないんですか?」
「そこまでじゃないさ。こうしているだけで十分だよ」
「わかりました。じゃあ、少し待っててくださいね」
リドにはリドなりの調整の仕方があるのだろうと思い、セレスは朝食を作るためにお湯を沸かし始めたのだった。
王宮にある宰相の執務室では、書類に埋もれた部屋の中にある仮眠用のベッドから起きたリヒトが温かい紅茶を飲みながら報告書を読んでいた。
「連絡が来ないと思ったらあの辺りの一族の者か。ティターニアの末端もいいところの家が何を偉そうに勘違いをしているんだ」
妨害をしていたのは、ちょうどセレスたちがいる辺りを仕切っているティターニア公爵家の末端の分家の者たちだった。王都に近い場所を任されている自分たちは公爵家の中でも力ある家なのだと勘違いしているようで、本家の指示を無視しているようだった。
「潰すか」
本家の指示を実行出来ない分家など要らない、代わりの家はいくらでもあるのだ。たまたま王都に近い位置に配されただけで何を勘違いしたんだか。リヒトは分家を丸ごと消すように指示を出すと、昨日から全く減らない書類に朝から向かい合った。
「おはようございます、閣下。今日こそ書類の山を崩しましょうね」
臨時の手伝いである影の者が扉を開けて入ってきて開口一番にそう言った。
「全くだ。ここのところ邪魔が多すぎる」
家の大掃除もしたいのに、くだらない理由でリヒトを訪ねてくる者が多い。たいていはリドがいつ帰ってくるのかとか、どこに行ったのかなどの探り要員が多いのだが、先日来たウィンダリア侯爵だけは違っていた。
ウィンダリア侯爵、今現在、リドと仲良く旅をしている雪月花の少女の父親(血縁上)。全く似ていない父親は、一見穏やかそうな容貌の持ち主だ。報告によれば、妻と長女にいいように操られているだけの凡庸な男。セレスティーナやディーンの父親とは思えない。並んでいたって親子だとわからないくらいには、何もかもが違いすぎる。
そんな侯爵は、先日ちゃんと手順を踏んでからリヒトの前へと現れた。
「お忙しいところ申し訳ございません、閣下。相談があって参りました」
「今は忙しいのでな、手短に頼む」
リドがいない余波をもろに食らっている身としては、時間がなさ過ぎる。ここに来たやつらは容赦なくこき使ってやろうかと思っていたのだが、思った以上に使え無い人間ばかりがやって来る。そもそも使えるやつらは大なり小なり余波を食らっているので、リヒトと同じように仮眠室で寝泊まりしながら仕事をしている。
「それで、何の用だ?」
年齢的にはあちらが上だが、貴族としての身分も国の要職に就く身としてもこちらの方が上だ。
「はい、第二王子殿下のことなのですが、ご存じの通り我が娘と大変仲が良いとのこと。ゆえに閣下から陛下に我が娘を殿下の婚約者にしていただけるようにお願いしてくださいませんでしょうか?」
「我が娘…?それは誰のことだ?」
ウィンダリア侯爵家の2人の娘のうち、今現在1人は旅に出ている。仲が良い、というかルークが執着していると噂の娘はその次女の方のはずだ。
「もちろん、殿下と同じ年齢のソニアのことです」
仲が良い、どころか第二王子に付きまとっているという噂の長女の方が出てきた。だが、侯爵は次女の方が『ウィンダリアの雪月花』であると知ったはずだ。だがこの感じだと次女のことは忘れている可能性が高い。
「ソニア・ウィンダリア嬢を殿下の婚約者にするメリットが何もない」
「閣下、ソニアは『ウィンダリアの雪月花』です。王家が欲しがる『ウィンダリアの雪月花』を嫁がせようと言っているのですよ」
「……何だと?」
「今までの雪月花たちは何故か王家の者を嫌っていました。ですが、ソニアは殿下のことを心から慕っているのです。王家としても『ウィンダリアの雪月花』は欲しいところでしょう」
夢見るようにうっとりと言い切った侯爵は本当にそう信じているようだった。
「話にならんな。侯爵、ウィンダリアの当主ならば彼女たちの外見的特徴をよく知っているはずだろう。銀の髪に深い青の瞳。その特徴無くして『ウィンダリアの雪月花』とは名乗れない」
「そ、それは」
「聞いた限りだとソニア嬢はその特徴を全く持っていない。なのに何故、彼女が雪月花だと言うのだ?」
「…妻がそう言っていました。一族の長老の婆が言っていたと」
先ほどまでの勢いはどうしたのか、少し突くと一気にしぼんだような顔になった。こうして話をしていてもウィンダリア侯爵は完全に次女が『ウィンダリアの雪月花』であることは忘れているようだ。むしろ次女の存在そのものを忘れている。リドやヨシュアとこういう可能性があることは話し合っていたのだが、実際に本人と話して確信した。
「……手伝ってくれてもいいではないですか…」
小さく呟かれた侯爵の言葉に眉をひそめた。
「ティターニア公爵家は…閣下の領地は我が家の恩恵を受けているはずだ!!ならばそれを今返してくれてもいいはずです!!」
なりふり構わず言い出したウィンダリア侯爵をリヒトは冷たい目で見た。
「勘違いするなよ、ウィンダリア侯爵。我が公爵家に恵みをもたらしてくれたのは、『ウィンダリアの雪月花』本人だ。決してウィンダリア侯爵家ではない。それも当時の王に無理矢理嫁がされ心身共に弱った彼女を救い出し、わずか数年ながら我が公爵家で束縛することなく愛情を注ぎ、守り抜いたがゆえの恩恵だ。そもそも彼女はお前達の一族が王家に売り払った存在だった。王の後宮に閉じ込められ弱っていった彼女を救い出した当時のティターニア公爵が王家と敵対してまで守り抜いたことに対する雪月花の、そして月の女神セレーネ様の礼とも言うべき恩恵だ。我が公爵家は『ウィンダリアの雪月花』本人は守るがウィンダリア侯爵家がどうなろうと知ったことでない」
それが『ウィンダリアの雪月花』を救い出し、月の女神セレーネ様の恩恵を受けたティターニア公爵家の家訓とも言うべき方針だった。