第二王子と侯爵
気がついたらブクマが増えてました…。皆様、ありがとうございます。
『ウィンダリアの雪月花』
それはウィンダリア侯爵家に希に生まれる銀の髪と深い青の瞳を持つ女性のことで、古い伝承によるとウィンダリア侯爵家の三代目にあたる侯爵が月の女神セレーネに仕える巫女を妻として迎えた事に起因すると言われている。彼女たちは何かしらの特殊な能力の持ち主ばかりで、中にはちょっとした予知能力を持っていた人もいたのだという。彼女たちをウィンダリア侯爵家が手放すことは無く、その生涯のほとんどをウィンダリア侯爵家の領地で過ごす女性も多かった。そういった女性は一族の中から夫を選んだり、分家などに現れた場合は侯爵その人に嫁いだりしたのだが、どの女性も一族から大切に扱われていた。セレスのような境遇に陥る方が本来ならおかしいのだ。
が、当の本人であるセレスは『ウィンダリアの雪月花』という名称を聞いた瞬間に目を輝かせた。
「なにそれ。すっごく中二病感満載でかっこいい」
「お嬢様。中二病とは何ですか?」
教えてくれた侍女にそう問われてセレスはうーんと考えてから答えた。
「えっと13、14歳くらいのお年頃になると何かやる時にかっこいい技名を付けてみたり、ふははははー世界は俺様のものだー、とか言ってみたりする感じ??」
「棒読みですわ、お嬢様。もう少し感情を込めなければ良い演技は出来ませんよ。ですが、だいたい理解いたしました。今思えばその年齢はお恥ずかしいことをしていた気がいたします」
侍女はちょっと遠い目をしてから恥ずかしがったのできっと彼女にも黒歴史はあるのだと思う。人間、誰しも封印したい歴史の1つや2つはきっとあるのだろう。
「ですがお嬢様。『ウィンダリアの雪月花』は国としてはけっこう重要な方なのですよ。月の女神セレーネ様の寵愛を受ける方とも言われておりまして、過去には誘拐されそうになった方もいらっしゃったようですが、空から何の前触れもなく雷が降ってきたりしてことごとく失敗したそうです。『ウィンダリアの雪月花』を束縛してはならない、虐げてはいけない、何事も望むままに、というのが不文律としてございます」
束縛はされていない、と思う。むしろ完全解放のやりたい放題だ。セレス本人の感覚としては、虐げられてもいない。親からは放置だし姉はよくわからないけれど認識もされていないみたいだが、その代わりのように執事や侍女たちはセレスに優しいし、王太后も何かと気にかけてくれている。
「私、わりと思うままに生きてるよ」
「まあ、それはよろしゅうございました。お嬢様はちょっとご両親と姉君の選択を間違えて生まれていらしたかもしれませんが代わりと言っては何ですが私たちでしっかりお育ていたしますのでご安心下さい」
本日の髪染め係(もちろん泣き済み)の侍女はセレスの髪を染めた後に三つ編みのお下げにしながら『ウィンダリアの雪月花』について教えてくれたものだった。
「『ウィンダリアの雪月花』が今の時代に生まれていたとはな」
感慨深げに第二王子は言った。王家にも『ウィンダリアの雪月花』についての授業がある。もっとも彼女たちは領地に籠もって王都に出てくることも少ないし、ウィンダリア侯爵家が隠してしまっていたので実体はよく解っていないのが実情だ。だが、その『ウィンダリアの雪月花』がウィンダリア侯爵家から離れた。その事実が広まれば彼女を欲しがる存在は後を絶たないだろう。彼女を手に入れられたら後の一族にまた『ウィンダリアの雪月花』が生まれる可能性さえあるのだ。
「父上に報告をして大至急、セレスを保護しよう」
「お待ち下さい、殿下。セレスティーナの行方は私が…!」
顔を上げた侯爵に第二王子は冷たい視線を投げかけた。
「侯爵、残念ながら貴方ではムリだ。第一、彼女が行きそうな場所や頼りそうな存在を知っているのか?」
「そ、それは…」
「娘の名すら覚えていなかった人間が今更何をしようというのだ?セレスは貴方から絶縁状を受け取って…じゃなくて、もぎ取って失踪している。もはや彼女の親権は貴方にはない」
全くもってその通りなのだが、それでもようやく思い出したもう1人の娘に対する罪悪感からか侯爵はどうにか娘を探したいと思っているようだった。
「侯爵、貴方の役目はソニア嬢を抑えること。それと侯爵夫人にセレスのことを認識させることだ。特にソニア嬢に関しては早急に何とかしてくれ。セレスを探し出したところでソニア嬢が騒いだら物事がややこしくなる。それと王家はソニア嬢を受け入れるつもりは欠片もない。彼女にはその辺りもしっかり教育してほしい。婚約者でもいるのならばさっさと結婚させることだな」
第二王子の言葉に侯爵はますます頭を抱えたくなった。ソニアが学園で目の前の王子に執着して、全く関係の無い女子生徒を怒鳴りつけたり婚約者でもないのにあたかも自分が王子の婚約者であるかのような振る舞いをしている、そんな噂が広まっているのは知っていたし、実際に他家から苦情の手紙がきたりしているので学園内で何かと問題を起こしているのは知っていた。
知っていたのだが、侯爵は何も出来なかったし、どうにかする気もなかった。
ソニアに何か言おうものなら本人は癇癪を起こすし、妻もなぜか長女のことになるとヒステリックに怒ってくる。そんな女性2人の相手をするのもイヤだったし、何より溺愛している2人の言うことを鵜呑みにして真実を知る気もなかった。そのツケが今、巡り巡って返ってきている。
「申し訳ございません、殿下。ソニアにはきつく言って聞かせます」
うなだれることしか出来ない侯爵に第二王子は終始冷たい視線を送っていた。