次女と幻月の花①
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大人たちの思惑など知らないセレスは幻月の花を栽培している村に着くと、たくさんあるまだ蕾の花を見て喜んでいた。
「リドさん、あれが幻月の花です。あの状態でまだ蕾なんです」
形は知識でいうところのチューリップの花に似ているが、チューリップの花が咲いているような形は幻月の花ではまだ蕾状態に当たる。幻月の花は外側の大きな花弁の中にさらに幾重もの花弁がぎっしり詰まっていて、開花する時はそれが一斉に薔薇の花のように広がって咲く。外側の厚めの花弁は茎につくぐらいまで垂れ下がるのが特徴だ。
「石像だと色が付いていなかったから葉だと思っていたんだが、外側も花びらなんだな」
「はい。上から見ると下の茎は一切見えなくなります。これが群生して花が咲く様子を一度、見てみたいと思っていたんです」
「自然の状態でもこんな感じなのか?」
リドが問いかけたのは、この村の村長だという壮年の男性だった。
「そうです。森の中にいくつか自然に群生している場所がありますが、どこもみんなそんな感じです。隙間無く咲くので地面も見えません」
「で、死者が戻ってくるというのは本当か?」
開花する様子も見たいがセレスの本命はそっちだ。
「…どうでしょう。確かにそう言った話は聞いたことがあります。それに、どうも一度会ったと言って何度も会うことができるものでは無いそうです」
「どういうことだ?」
「昔、祖母から聞いた話では、幻月の花が咲いている時に死者に会えるのは運が良い一握りの人間だけ、次に同じ場所、同じ時に行ってもそこにはただ幻月の花だけがあり死者には二度と会うことは出来ない、ただ、死者が出てくるのは必ず、満開になった時だけなんだそうです」
「栽培している花ではそんなことは無いんだな」
「はい。村の中で会ったという者はおりません。会ったことがある者は、森の中に行った者だけです。それも昔の話で、最近は死者に会ったという話は聞きません」
「そうか、ありがとう。森の中の幻月の花を見たいんだが、場所は教えて貰えるのか?」
「はい。村の入り口を出てすぐの森の道を道なりに行って下さい。途中で小さな湖があるんですが、道とは湖を挟んで反対側に獣道のような狭い道があります。その奥まった場所がこの辺りで一番大きな群生地ですね。森の少し奥の方になるのでちょっと遠いですが、行く価値は十分にあると思いますよ」
村長は隠すこともなく教えてくれた。村の中でこれだけ栽培出来て安定供給しているので、自然の中の幻月の花をわざわざ取っていく必要もない。見に行くのはセレスのような好奇心を持った人間だけなのだろう。特に群生地を秘密にしているわけでもなさそうだった。
「セレス、少し買い出しをしに行こう。それから森に出発だ」
「はい」
一通り栽培されている幻月の花を見て満足したのか、あちらこちらにふらふらすることもなくセレスはリドの傍に帰ってきた。
「全部咲いたら綺麗な金色の絨毯みたいになるんでしょうね。幻月の花は3ヶ月間の間、満月の時にだけ花が全開に開いて、それ以外の時は、さきほどの蕾状態で待機しているそうですよ」
「一度咲いてから、また閉じるのか?」
「はい。雨や曇りで満月が見えなくてもきちんと咲いているそうですよ」
植物の本能として咲く時を分かっているのか、満月が見えなくても花は咲いている。そして花の季節が終わると今度は根に養分を蓄えて、それが鎮痛効果のある成分を持つ。薬師は用事があるのは根の部分だけなので、花をわざわざ見に来る薬師は少ないそうだ。
「残念だな。絵の才能でもあれば金色の花の中にいるセレスの絵の一つでも描いてやれるんだが」
「……私もリドさんの絵を描くのは、無理そうです…」
リドの絵の才能はわからないが、服の絵を描いたにも関わらずエルローズから言葉での詳しい説明を求められた以上、自分が画伯であることは承知している。弟の可哀想なものを見る目も忘れられない。
「金色の花…金色の…よ、予言できる大ばば様を探して来た方がいいのかな…?」
自分で言った言葉で思わず知識の中にある、あの有名なシーンを思い出してしまった。
「予言?何のことだ?」
「何でも無いです!」
リドの疑問に慌てて頭を横に振った。予言が出来る大ばば様はここにはいないし、腐海もない。あるのはきちんと循環していて人も行ける健全な森だけだ。ちょっと魔獣が出没するが、それはこの世界の常識なので問題ない。
「そうか。なら買い物をしてから行こう」
「はい」
今度こそ準備の為に村にある何でも屋のようなお店に行き、道具と食料を揃えると2人は森の中に向かって出発した。
森の中と言っても何の道もない場所ではなく、人が通る道はきちんと整備されているし地図もある。
森の中では、魔獣もこういう人が通る道にはあまり出ない。小型、中型までならともかく、大型の魔獣が出たら緊急事態なので、すぐに近くの兵士に知らせるのが旅人の常識だ。もっともそこまできちんと辿り着けるかどうかの問題はあるのだが。大型に一括りにしているが、その大きさは様々なので場合によっては国軍を投入しての一大討伐戦になる時もある。幸い、ここ数年はそんな被害は報告されていないようだが、いつ何時現れるかわからないので、毎年、その予行練習は各地で行われている。
もちろんここティターニア公爵家の領地でも行われているが、最近少したるんでるんじゃないか、との一部声が出てきたので、今回の計画が練られたのだ。少し周囲の気配を探ると、お馴染みの王家の影の気配とは別口の気配を感じる。これがティターニア公爵家の手の者だろう。
「今日は、もう少し先にある湖の傍で野宿しよう。夜も天気が良さそうだし星が綺麗だろうな」
「王都だと夜でもそれなりに明るいですからね。森の中で満天の星を見るのって憧れです」
ここにいるのはセレスとリドだけ(表向き)なので、どれだけ星空を堪能しようとも咎められることもない。
森の中にある湖の傍でキャンプしながら満天の星を眺める。しかも隣には絵になる美形付き。
絵は描けないので、カメラが欲しい。知識の中にある高性能のカメラが今、切実に欲しい。
王都に戻ったら知り合いの魔道具屋さんにぜひカメラを作ってもらおう。
そう心に誓っているセレスと違って、リドは少しだけズルをしていた。来ている影の中には絵が上手い者もいるので、今現在、彼は護衛の任をいったん解かれて、せっせとセレスの絵を描いている。
ヨシュアを通じてアヤトからもぜひ欲しいと言われているので気合い十分に描いているらしい。
出来上がったらセレスにも一枚進呈しようと思っている。弟くんやエルローズも欲しがるだろうから少し多めに描いておくように指示は出してあるので、後は描いている影の腕前次第になるだろう。