次女、ほのぼのと旅に出る③
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宿屋を出発したセレスとリドは目的地の村に向かってのんびりと歩き始めた。
この辺りは開けた場所になっているので、街道から外れた場所のあちこちに大小様々な動物たちや畑などが見える。
家畜もいれば野生の動物たちもいて、見ているだけで時間を忘れそうだ。
「いいな、こういうのんびりした風景も。王都にいるとなかなか見られない光景だな」
「そうですね。王都は王都で人が生きてるって感じがして好きですが、こちらは自然の中で生きてるって感じがして全然違いますね」
「ああ、自然相手も大変だが、ずっと人の中で揉まれているとたまにはこういう場所に行きたくなるな」
「リドさんも大変そうですね。でも確かに気分転換にはいいですね」
セレスはともかく、常に腹黒いやつらを相手にやり合っているリドとしては、たまにはこういう場所でのんびりしたい。嬉々として腹黒い相手とやり合っている宰相には必要なさそうだが、一般人のこっちには癒やしも必要なのだ。
宰相が聞いたら、「失礼ですが「一般人」ってどんな人たちか知っていますか?」と聞かれそうだが、気にしない。
後輩君が聞いたら、「リド先輩みたいな人は一般人にはいないッス」と全否定されるかもしれないが、他人が何と言おうが、自分はごく普通の一般人だと信じている。
分岐点に着くと石像があったので早速セレスがその周りを熱心に見ている。ここの分岐点の石像は女性をモデルにしているようだ。懐から地図を出して道を確認すると、目的地の村の方向で間違いないし、村のすぐ近くまで来ている。
「今日中には着きそうだな。どうした?セレス?」
セレスが石像をじっと見つめていた。
「リドさん、多分、形的にあの石像が持っている花が幻月の花です」
石像は胸の位置で一輪の花を抱いていた。色は付いていないが、形はこれから見に行く幻月の花そのものだ。
「へぇ、あれがそうなのか。小さそうな花だな」
「幻月は、膝くらいの高さの花です。花は、私の握りこぶしくらいの大きさですね」
セレスが未成年の小さな手で握りこぶしを作ったのだが、立派な成人男子、しかも剣を扱う手を持つリドに比べると相当小さい。セレスの握りこぶしなど、リドの手の中に綺麗に隠れてしまう。
「小さいな」
「ですが、それが群生していて、一斉に花を咲かせるそうなので見応えはあると思いますよ」
栽培されている花もそうだが、自然の状態でも幻月の花は群生して咲いている。
「石像に用いられてるということは、昔からこの辺にある花なんだな」
「みたいですね。基本的には森の中に生えているそうですから、村の近くに森があったら自然の状態で残っているかもしれません」
セレスが興味あるのはどちらかというと、森の中にある自然の状態の幻月の花の方だ。なにせ、村で栽培し始めるよりもっと前から、幻覚、というか、死者が戻ってくる、という伝承があるのだ。自然の方が何らかの条件が整っているのかもしれない。
「セレスは自然の状態の方が興味あるのか?」
「はい。栽培している農家さんは死者に会ったことはないそうなので、自然の中にある花の方が気になります」
幻月の花は一時期乱獲されていた時期があり、自然の中ではその数を減らしていると聞いたことがあった。
だが、栽培されて安定供給されるようになってからは自生している花の乱獲は減っている。
「そうか。なら、村で自生している場所を聞いて、そっちに行くか」
「いいんですか?」
「セレスの興味がある方に行けばいい。その為の護衛だからな。一応、それなりに腕に覚えはあるから、少しくらい強めの魔獣が出ても大丈夫だ」
森の中だと少しは危険があるが、それほど奥まで行かなければリド1人でもセレスを守ることは出来る。昔はアヤトに無茶を言われて、アヤト曰く「ちょっと危険」、護衛からしてみれば「それなりに危険」な場所によく連れて行かれたものだった。おかげで後輩君は泣きながら実践で剣を振るって強くなった。
今では良い思い出の一つなのだが、こうした積み重ねが後輩の「リド先輩とアヤト先輩には逆らいません!」という決意に繋がったらしい。ちなみに同級生のポンコツ宰相にはしょっちゅうちょっかいを出しているのは知っている。学生時代から妙に気が合うらしい2人は、身分の垣根を越えての友人なのだが、後輩君は宰相をからかうことに常に全力で挑んでいっている。氷の宰相閣下の氷点下の眼差しも彼には心地良いそよ風程度らしい。
「満月は明後日だな。なら明日の朝から森に入ろう」
「はい。今日は村で情報収集ですね」
「村人の中で、死者を見たという人がいればいいんだがな。そしたら死者を見る場所や時間が多少は特定されるんだがな…」
管理されている栽培された花では幻覚は出ないようなので、自然の花を探し出すしか無い。
自然の幻月の花は、最近は少し増えてきたらしいのだが、まだまだ乱獲前の最盛期よりは下回っている。森の中でも少し深い位置に行かなければないかもしれないが、村人が行ける範囲ならば問題ないだろう。
そんな風にたわいも無い話をしながら歩いていると、前方から見回りらしき兵士が近づいてきた。
「あれ?兵士の服装が違う??」
王都を出てから見かけた街道の見回りの兵士は基本、同じ服を着ていたのだが、村に近いこの場所で急に服装が変わった。
「うん?あぁ、そうか。セレスはこちら側は初めてだと言っていたな。あの服装の兵士はティターニア公爵家の者だ」
ティターニア公爵家、四大公爵家の筆頭と言われている公爵家。軍事、政治、商売、全てにおいてトップを走る一族。だが、一番有名なのはそのどれでも無い。
「この辺りはもうティターニア公爵家の領内だからな。公爵家の兵士たちが守っているんだ」
「ティターニア公爵家、薬のティターニア、ですね」
「そうだ。王国内の薬草の多くはティターニア公爵家の領内で採れる。薬師にとって一番用事のある場所だな。今から行く村もティターニア公爵家の領地だ」
「王都からけっこう近いんですね。もっと遠い場所だと思ってました」
「筆頭公爵家だけあって領地はものすごく広い。王都に近いとは言え、この辺りは端っこもいいところだ」
そうこうしている内に、見回りの兵士がこちらに気付いて近寄ってきた。
「こんにちは、お嬢さん、それに冒険者の方。本日はどちらに?出来れば身分証を見せていただきたいのですが」
3人組の兵士の1人が代表して質問をしてきた。リドは冒険者の身分証を持っているし、セレスも薬師ギルド発行の身分証を持っているのだが、今回はギルド長であるアヤトが直々に身分証を発行してくれた。
「この近くの村にある幻月の花を見に行く途中だ。身分証はこれ。それからこの子は、薬師ギルドの長の弟子だ」
リドは慣れた手つきで懐から冒険者の証であるタグと身分証を取り出した。
「薬師ギルドの長…というともしやアヤト様の…?」
「そうだ。アヤトの弟子だ。薬師ギルドに問い合わせてくれてもかまわない。その身分証もアヤトが書いてくれた物だ」
「え??」
まじまじと兵士はセレスを見て、慌てて身分証の中身を3人で確認した後に丁重に折りたたんで返してくれた。
「失礼しました。アヤト様のお弟子さんでしたか。身分証もアヤト様のご記入された物で間違いございません」
さすがに薬師ギルドの長ともなれば、ティターニア公爵家の末端の兵士にまでその名を轟かせているようだ。
「村はもう近いのか?」
「はい。このまま真っ直ぐ行っていただくと着きます」
「もう一つ聞きたいんだが、自生している幻月の花の中で死者に会った、という人間を知らないか?」
3人組は小さく何かを話しあった後、その内の1人が恐る恐るしゃべり始めた。
「…あのー、昔、森の中で死者に会ったことがあるって、うちのじい様が言っていました」
「森の中、か。やはり自然の方が出てくるんだな。ありがとう、助かったよ」
「いえ、これくらいでよろしければ。では、良い旅路を!」
旅人に言う定番の言葉を告げて、兵士たちはまた見回りへと戻って行った。
「やっぱり森の中なんですね」
「みたいだな。やはり明日は森の少し奥に入ろう」
「はい」
この道を真っ直ぐ行けば村に辿り着けるそうなので、リドとセレスは再び目的地の村を目指して歩き始めた。