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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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次女、ほのぼのと旅に出る②

 チチチッという鳥の声が聞こえてセレスは目が覚めた。


「……はぇ…知らない天井だ…」


 取りあえず知識の中にある定番のセリフを言ってみた。それからぼーっとした頭で考えて、今が旅の最中だということを思い出した。


「そういえば、宿屋に泊まったんだよね」


 昨日は日が落ちる前に宿場にたどり着いて、そこでリドが宿屋を選んでくれた。冒険者ギルドとも提携していて、料理も美味しいと評判の宿屋で確かに地元の食材をふんだんに使った料理は美味しかった。朝食もパンなどを出してくれると聞いたので、お願いしてある。

 セレスはもぞもぞと動いてベッドから抜け出すと部屋に備え付けてある洗面所で顔を洗った。


「やっぱり、ちょっと足が重い気がする…」


 普通の令嬢と違ってセレスは普段から動いているので体力もある方だし、長距離を歩くのも慣れているつもりだったが、やはり1日中歩いて旅をするのは足への負担が大きい。寝る前に湿布を貼っておいたのだが、それでもまだ足が重い。


「うーん、もうちょっと旅慣れて体力を付けておかないと、他の国に行くのに苦労しそう」


 リドと他国に行く約束をしたので、今から鍛えておかなくては。それに薬草を求めて秘境と呼ばれる場所に行く日が来るかもしれない。


「帰ったら、もうちょっと鍛えてもらわなくちゃ」


 師匠の執事にお願いしようと決めた。着替えを済ませるとちょうど部屋の扉がノックされた。


「セレス、起きているか?そろそろ朝食に行こう」

「はい。すぐに行きます」


 宿屋の壁は薄いのでセレスが起きてごそごそと動いている気配は、隣の部屋に泊まっていたリドには丸わかりだっただろう。起きてから少し時間が経った頃にリドが呼びに来てくれたので、急いで仕度を済ませると部屋の扉を開けた。


「おはようございます、リドさん」

「おはよう。足は痛くないか?」

「ちょっと張ってます。湿布を貼って寝たんですが、まだまだ鍛え方が足りませんでした」


 身体のどこにも異常がなさそうなリドはくすくす笑っていた。


「いい経験だな。普通は馬車で行くことも多いだろうから、そこまで鍛える必要はないぞ。むしろまだ成人前なのにこの距離を歩いている方がすごい」


 いくら王都から比較的近い場所にある村とはいえ、乗合馬車が出るくらいには遠い。そこに向かって歩いて行っているのだ。足の張りだけで済んでいるのならたいしたものだ。


「そうだな、もっと鍛えたいと言うのならせめて身体が出来上がってからにしろ。成長期に無理に鍛えたら、身体を壊す原因にもなりかねない」

「そうですね、あまり無理をしない程度に鍛えていきます」


 意外と体育会系の気質を持つセレスなので、鍛えないという選択肢はない。無理をしない程度には身体を動かすつもりではいる。


「ほどほどにな」


 一時期、自分も身体を鍛えることにはまっていたリドは、何となくその気持ちが分かるので無理には止めようとは思わなかった。鍛えすぎだと思ったら、アヤトや執事が止めるだろう。何事も動ける身体というのは大事なので、引きこもったままよりはいい。


「朝食が済んだら出発しよう。今日中には目的地の村に着けるとは思うが、気になる物があったら言ってくれ」

「はい」

「しかしあの村が薬草を育てているとは知らなかったな」


 目的地の村は人口もそれほど多いわけでもなく、何の特産品もないごく普通の農村だと思っていた。


「基本は農業ですが、一部の人たちが薬師ギルドと提携して薬草を育てているんです。今回見せていただく幻月という薬草は、根に鎮痛効果があるので王都には乾燥した根の状態で入荷してきます」


 幻月は、花が薄い黄色をしていて、それが満月の晩に一斉に咲く。その様子が地上に現れた月のように見えることから地上に咲いた幻の月、幻月という名になったのだという。


「どうしてその花を見たいと思ったんだ?」


 薬師に必要なのは根の部分なので、花は関係ないと思うのだが、セレスはその花が見たくてこうして旅をしている。


「…ちょっと前に聞いた話ですが、その花が咲いた時に亡くなった恋人を見た、と言っていた方がいたらしくて、気になって」


 根に鎮痛効果はあるが、花に幻覚作用があるとは聞いていない。その話を聞いた人によると、一部地域では、昔から幻月の花の咲く頃に死者が舞い戻る、と言われているらしい。


「ふーん、亡くなった恋人、ね。幻でもいいから会いたいと思うと出てくるのかな」

「わかりませんが、そこに囚わわれてしまったら抜け出すのはなかなか難しいと思います。本当に魂になってまで会いにきているのならともかく、ただの幻に囚われるとなると問題かと」

「そうだな。ただ、幻月の花にそんな作用があるなんて聞いたことがない」

「私も聞いたことはないです。花が終わった後、根に鎮痛効果が現れるので村では必ず花を咲かせているんですが、今まで死者を見たという話は聞いたことがありませんでした。その恋人を見たという方は他国から来た方だったらしいんですが、調べたら確かにそういう言い伝えがある場所もあったんです」


 その言い伝えがある場所は点在していて、調べた限り共通点はなさそうだった。セレスは自身が『ウィンダリアの雪月花』という謎めいた存在として生まれているので、そういう不思議なことがあってもおかしくはないのかな、と思っている。今回はちょうど花が咲く時期なので見に行きたいと思ったのだが、よく考えたら特に会いたいと思う死者の方もいないので、セレスの前には何も現れない確率の方が大きい。


「月の女神セレーネ様の気まぐれかな。最後の未練を断ち切る為の」

「それならいいんですけど。リドさんは会いたいと思う方はいますか?」

「うーん、いないな」


 幻でもいいから会いたい、と思う人がいない2人は、今回の伝承の検証にはちょっと不向きな2人だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 鎮静作用って痛覚神経か交感神経に作用させてるわけだから・・・ 花粉か臭いが視覚神経か脳の記憶領域に珍妙な作用しても 可笑しくないな(明後日の方を見ながら
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