次女とギルド長③
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「そういうわけでお姉様、私、あそこで女性に必要な薬品や化粧品を中心としたお店を開こうと思うのですが」
いつものように薬師ギルドのアヤトの執務室でセレスは先日会った花街の女性からの言葉と、あの辺りに住む人たちからの情報を元に出した結論を伝えていた。
「そうね、確かに女性の薬師は少ないし、花街の薬屋は代替わりで男性になってしまったはずだから、女性中心のお店っていいかもしれないわね。セレスちゃんにはあの美肌3点セットをぜひ売りに出して欲しいしね。女性が気軽に行ける薬屋は貴重だものね」
にこにこと笑顔でアヤトは賛成してくれた。当然ながらアヤトも出入りするつもりでいるが、外見が外見なので問題も違和感もない。
「…花街の女性たちも相手にするつもりなんでしょう?なら、今まであまり教えてなかったけれど、そっち方面の薬についても教えなくちゃいけないわね」
「はい。私の方も色々と思うことがあるので、少し研究したいと思っています」
「余計なトラブル回避の為にも、本当はそっち方面の薬は成人してから、と思っていたんだけど、セレスちゃんが女性中心のお店を開くなら、きちんと教えなくてはね」
女性の薬師が少ない上に薬師それぞれに得意不得意の分野がある。特にそっち方面の薬が得意な女性薬師ともなれば、貴族のトラブルに巻き込まれる可能性だってある。そういう薬が欲しいのは一般庶民や花街の関係者だけじゃないのだ。むしろ貴族間のどろどろに巻き込まれる可能性の方が大きい。ただ、セレスには王家の影が守りに付くし、薬師ギルドの長である自分もしょっちゅう店に出入りして牽制するつもりだ。場所も先代の薬屋なので、セレスの後ろには薬師ギルドが付いていることを理解出来ないバカはいないだろう。もしそんなおバカがいたら、その家は確実に潰す。
「セレスちゃん、そっち関係の薬はどうしてもトラブルが付いて回るわ。変なお客が来たら売る必要はないからね。薬師ギルドの長に言えって言っていいから。それから花街の上役を紹介するわ。何かあればその人たちを頼りなさい」
薬師ギルドの長なんてものをやっていれば花街の上役との接点だって当然持っている。彼らだって自分たちのお店の女性たちを診てくれる女性薬師を下手なトラブルに巻き込みたくはないだろう。
「それと…吉祥楼のオーナーの女性と知り合ったって言ってたわね」
「はい。ちょっとケガとかされてましたけど、綺麗な方でした」
「そう…」
アヤトは少し複雑そうな顔をした。
「……彼女は大丈夫よ。これから先、セレスちゃんは花街の中に入って行くこともあると思うけど、万が一、追われたりしたら吉祥楼に逃げ込むといいわ。花街の中であの店の存在は大きいもの。花街の上役の中に彼女も入っているから守ってくれるわ」
自分たちは彼女を誤解したまま守り切れなかったけれど、その彼女が自分の弟子を守ってくれる存在になるなんて皮肉でしかない。あの時以来、会うこともなかったので彼女がどう変わっているのか解らないが、セレスの話だと相変わらず誰かを守って傷ついているようだった。花街の上役になっても自分が同席する場にはけっして顔を出さなかったが、これから先はひょっとしたらセレスの店で会うことがあるのかもしれない。会った時には一度きちんと話をして謝罪をしよう、密かにそう心に誓った。
それにどうやら先代が不甲斐ない自分に代わって彼女を助けてくれていたようだ。
「あ、そういえばお姉様、その吉祥楼のオーナーのお姉さんが先代のことを変態って言ってたんですが……」
「………否定はしないわ」
たっぷり間を置いた後にアヤトは先代について否定しなかった。
「残念なお知らせをするけど、先代って私の師匠だから。セレスちゃんは孫弟子にあたるわね」
つまり、「変態」→「外見女性(男性)」→「セレス(ウィンダリアの雪月花)」の師弟関係が出来上がっている。
「…私も何か変な特徴を持った方が…??」
「『ウィンダリアの雪月花』っていう立派な特徴があるわ」
「それって特徴なんですか?表に出せないですけど」
「表に出せなくても、先代の孫弟子で私の弟子っていうだけで何かやらかしても妙な納得のされ方をするわよ」
「…師匠が偉大だと大変だって言いますけど、師匠がおかしな方向性を持ってると弟子もおかしな目で見られるんですね」
「腕は確かよ」
間違いないのだが、きっと周りから見たら一緒に見られるんだろう。師匠は尊敬しているし大好きだけど、歴代薬師ギルドの長はちょっと個性的な方が多い気がする。過去に遡って調べたら墓穴を掘りそうな気がしてならない。
「セレスちゃん、別にどうしてもって決まっているわけでも何でもないんだけど、薬師ギルドの長って代々師弟関係ばかりなのよ。引き継ぎが楽っていうのと、出世したい人たちは宮廷薬師の方に行くからこっちに残った人間は、庶民か好きな薬を研究したいっていう薬バカな人ばかりだから書類が大っ嫌いなのよね。だから初代の長が押しつけられた役職を代々弟子の中にいる貴族出身者に押しつけてるだけっていう感じなのよ。つまりこのままいくと私の唯一の弟子で貴族出身であるセレスちゃんにいつか薬師ギルドの長っていう地位が押しつけられるわけなのよ」
「ええー、イヤです」
薬師ギルドの長という地位がまさかの理由で代々受け継がれて、というか押しつけられていた。確かに出世したいなら地位も名声も完璧な宮廷薬師を目指した方がいい。かといって庶民が薬師ギルドの長になると仕事柄どうしても貴族や富裕層の相手が多くなるので、礼儀作法や貴族間のアレコレを考えると危険ではある。一貴族や一部の富裕層が薬師ギルドを独占するような事態は避けなければならない。
薬師ギルドの長は、貴族や富裕層相手にいかに立ち回って薬師と薬を守るかが求められる。
「お姉様、私に出来ると思いますか?」
「大丈夫よ。にっこり笑って礼儀正しく却下すればいいだけだから。歴代の努力のおかげで薬師ギルドの長は触っちゃいけない何かになってるから」
それもどうかと思う。そしてやはり歴代の薬師ギルドの長は、個性的な方ばかりだったようだ。