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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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次女の拾いもの②

読んでいただいてありがとうございます。

「けっこう腫れてますね。大丈夫ですか?」


 家の目の前で行き倒れていた女性は顔に青あざを作っていた。聞いたら足もぶつけたらしく痛みが引かないと言っていたので、セレスはイスに座った女性のケガの具合を診ていた。


「湿布を貼っておきましょうか。2日くらいで腫れは治まると思いますよ。骨までは折れていなさそうなので良かったです」


 骨が折れていたら骨が治りやすくなる薬を塗って固定しておくのだが、そちらだとちょっと匂いがきついので嫌がる女性は多い。幸いこの女性は腫れは酷いが骨は折れていないので匂いのない湿布だけで済みそうだ。さすがに顔には貼れないので顔の青あざには軟膏を塗ることにした。軟膏はお肌に良い成分が入っているものを使用した。こちらはリラックス効果のある匂いを少しだけつけてある。


「ごめんなさいね。ありがとう」


 さっきはうつむいていてわからなかったが、顔の左側に青あざを作っているとはいえ艶やかな色気を持つ綺麗なお姉さんだった。


「一応、ケガの原因をお聞きしても?」

「たいした理由じゃないわよ。私、花街でお店のオーナーをやってるんだけど…、あ、花街ってわかる?」

「あ、はい。まぁ、それは」


 知識の中にもちろん入っているし、こちらでも花街のことは聞いたことがある。薬の中にはそういう系統の薬も多いのできちんと勉強はした。さすがに行ったことはないけれど。


「あら、そう。ま、薬師だものね。色んなお薬扱っている以上は当然よね」

「はい。それにそこが必要な場所なのだというのもわかっています」

「そうねぇ、色んな意味で必要な場所よねぇ。で、私はその中にある吉祥楼ってお店のオーナーをやってるんだけど、ちょっと昨日はたちの悪いお客様が来ちゃってね。お店の女の子守ろうとしたら階段から落ちちゃったのよ」


 ころころと笑っているが、一歩間違えば大けがを負ってしまう。ケガだけで済めばまだ良い方だ。下手をしたら死んでしまう可能性だってある。


「…無事でよかったですね」


 下手に騒いでお店に何かあっては困る。だから彼女は、何でもないことのように言うのだ。


「そうねぇ。でもさすがに痛みには耐えられないからどうしようかと思って。で、最近、この家に明かりが点いてるって聞いたからあのへんた…じゃなくて、薬師が帰ってきたのかと思って薬を貰いに来たの。へんた…ちょっと変わった性格の薬師だったけど腕は確かだったから」


 セリフの中ですでに2回ほど「へんた…」という言葉が聞こえてきた。もう後に続く言葉は「い」しかないだろう。繋げると「へんたい」。先代はどうやら「変態」だと思われる方だったらしい。歴代薬師ギルドの長って個性的な方しかいないんだろうか。


「えっと、申し訳ないですが、ここには私しか住んでいないので」

「みたいね。でもお嬢ちゃんも薬師なんでしょう?」

「駆け出しですが。私のお師匠様が今の薬師ギルドの長なので」

「じゃ、アヤセ様のお弟子さん?」

「はい、そうです。お姉様をご存じですか?」

「有名だもの。花街の女性陣より美人よねぇ。おかげで私たちはちょー嫉妬してるわね。憧れてもいるけど。ま、男性だけどね」


 男性だけど花街のお姉様たちから見てもやっぱり美人な方なんだと改めて思う。


「アヤセ様のお弟子さんなら腕は確かね。実際、この湿布を貼ったら痛みが和らいできたわ」

「まだ剥がしちゃだめですよ。少なくとも明日までは絶対貼っておいてください。替えも渡しますので痛むようならしばらくは貼り続けた方がいいですよ」

「ありがとう。おいくらかしら?」


 さらっと値段を聞かれたが、まだ店も開いてないし、この湿布は試しで作ったものの残りなので売り物ですらない。けれど、薬師がお金を払える人から貰わないわけにはいかない。払える人からは貰い、時と場合によっては無料で治療する、それが薬師の基本的な考え方だ。


「そうですね。申し訳ないのですが、私はまだお店を開いてないんです。それも売り物ではないので…お金の代わりに少しこの辺りのことを教えてくれませんか?」


 値段はまだ付けられない。けれど何かを貰わないといけないので、情報料というかたちで払ってもらうことにした。


「これ、売り物じゃないの?この軟膏、けっこういい匂いがするから売ってたら欲しいと思ったのだけど…。まあいいわ。この辺りの情報ね、どんなことを知りたいの?」

「この辺りの方たちがどういったお薬を必要としてそうなのか教えてください。それから花街には薬師はいないのですか?」


 この女性は、わざわざ花街から少し離れた場所にあるこの店まで来たのだ。花街の中に薬師がいるのならこちらにまでは来ないはずなのに来たということは花街、もしくはその近くに薬師がいないということなのだろうか。


「いると言えばいるんだけど…ほら、私たち女性特有のあれこれがあるからちょっと男性の方のところに行くのはイヤでねぇ。それで避けてたらあちらもあちらで花街の女性は…みたいな感じでお互い避けはじめちゃって…正直、関係はよくないわね」


 花街の中にある薬屋は、先代の女性店主から孫の男性店主に代わったのだがどうにも行きにくくなってしまった。何となく同じような考えになった花街の女性が避けたせいか、あちらも意固地になって花街の女性のことは診ようともしなくなった。

 

「お嬢ちゃんみたいな女性の薬師って珍しいからねぇ」


 女性は月の魔力に影響を受けやすいらしく、普通の生活程度ならともかく、月の魔力を凝縮させた月の魔石は酷い人だと船酔いのように気持ち悪くなる。大半の女性は月の魔石を持つと気分が悪くなるので薬師を目指すためには、最低限、月の魔力に左右されない人間じゃないと薬が作れないのだ。薬師ギルドの受付や事務のお姉さんたちはなるべく月の魔石には近づかないようにしている。薬に混ぜてしまえば薄くなるので影響はまずないのだが、純粋な濃い月の魔力が平気な女性は案外少ないのだ。


「そうですね。確かに月の魔力の問題で女性の薬師は少ないですね」

「そうそう。お嬢ちゃん、この辺の情報が欲しいってことは薬屋を開くつもりなの?」

「はい、一応、開く方向で今は考えてるんですが」 

「本当!?」


 食いつき気味の言葉にセレスはちょっとびっくりしながら頷いた。


「ならさっきの軟膏も売ってくれる?」

「あ、はい。あと、化粧水とかも売る予定です」

「化粧水?何それ?」

「お肌に使うものなのですが…よければ付けてみますか?」

「悪いものじゃないのよね?」

「むしろお肌にすごく良いものです」

「やるわ!!」


 お肌に良いものと聞いて即答された。お目々がきらきら輝いている気がする。

 セレスは奥の棚から美肌3点セットを持ってきて、女性に付けた。


「これが美肌3点セットです。おおざっぱに言うと、お肌を整えて綺麗にしてくれます。使い続けるとお肌に張りが出てきますし、くすみがなくなったりします。……ここだけの話、お姉様もこれを使っています」

「…ウソ。なんかいつもと肌触りが違う感じがする。それにアヤセ様も使ってるの?いつかあの美肌の秘密を知りたいって思ってたけど…こんな形で知れるなんて。いなくなったあの変態に感謝ね」


 花街のお姉さんはついに先代の薬師ギルドの長のことを「変態」と言い切った。セレスの考えは間違っていなかったのだが、出来れば間違っていて欲しかった。これで薬師ギルドが全体でおかしな集団になってしまった気がしてならない。先代は「変態」で当代は「女性より女性らしい」と言われる男性だ。


「ここって案外花街から近いのよ。裏道を通ればこの近くに出れるから。だから、個人的には女性のものを中心に置いてほしいの。…ダメかしら?」


 確かに女性の薬師が少ない以上、花街のお姉様の言うように気兼ねなく女性が話せる薬師は必要なのかもしれない。


「この化粧水とかもいいわ。ぜったい何度も買いにくるから。ね、お願い」


 お肌のトラブルの解消は薬師の役目だ。それにこれから先、基本的には1人で店番をしなくてはいけないので、女性のお客さんの方がセレスも相手がしやすい。


「この美肌3点セットなんてうちの子たちは大喜びするわよ。他のお店にも宣伝しておくわ」


 のちに行き倒れてた吉祥楼のオーナーが花街でも実力者と言われる存在で、セレスが女性ものを中心としたお店を開いた後は、本当に常連のお客様として通ってくれることになるのだった。

 



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― 新着の感想 ―
[一言] 生理痛の鎮痛剤とか頭痛薬とか出してくれたらありがたいだろうな~。あと避妊薬。この世界にあるのかしらん? この世界に生理用品あるのかな…不定愁訴に対処出来る薬があるだけでもありがたいかもですね…
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