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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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次女の髪色

『セレスティーナ・ウィンダリア侯爵令嬢』


 そう呼ばれてもセレスには違和感しかない。育ててくれた侍女たちは「お嬢様」もしくは「セレス様」と呼んでくれたのでその長ったらしい名前が自分の名だとイマイチ認識出来ていないのだ。

 

 セレスは生まれた直後から文字通り放置された。


 侍女たち曰く「元々奥様は育児ノイローゼ気味になっておられたのですが、お嬢様が生まれてからはソニア様の癇癪がことさら酷くなって、奥様や旦那様が少しでも自分以外の存在を気にかけようとしたならば大暴れでしたから。大人しい性格でいらっしゃったお嬢様のことはすっかりお忘れになっていたようです」とのことだった。ソニアというのは長女のことで、どうやら彼女はものすごく感情の起伏の激しい子供だったようだ。その感情の起伏の激しさは成長しても変わらず、少しでも気に入らないことがあると物を投げたり八つ当たりをしたりとむしろ年々激しくなっていく一方のようだ。

 

 とは言え実は放置されていたことはセレスにとっては大変都合が良かった。

 

 なぜなら、セレスは生まれた直後に頭の中に入ってきた知識を消化するのに必死でそのこと以外には何の力も出せそうにない状態だったからだ。

 生まれた直後に頭の中に入ってきた知識。それは異世界の知識だった。

 ただしそれは本当に知識だけで、例えばカレーという食事に入っている香辛料がどんなものでどんな味をしていて、出来上がったカレーライスなる料理がスパイシーでとても美味だ、ということは知っていても、それをどういうシチュエーションで、誰と一緒に、どういう思いで食べたのか、とか、料理の感想とかそう言った実体験のような感情は一切持ち合わせていなかった。

 セレスは本当に生まれてからの2、3年はその知識を己のものとすべく頭の中で消化するのに精一杯だった。なのでかまってくれなくてちょうど良かったのだが、周囲にそんな事を言えるはずもなく知識だけが入った頭は、姉であるソニアとは正反対で感情の起伏をあまりしなくなった。知識に脳が全フリされた結果、感情があまり表に出ないタイプの可愛くない子供だったとの自覚はある。歩けるようになって真っ先に向かった先は図書室で、そこにある本を全て読破する勢いで図書室に籠もってたのだが、さすがに執事に見つかり、運動してしっかり食事を摂ってからでなければ図書室に入ってはならないという謎の入室禁止令まで出された。


「お嬢様、子供とは外で遊ぶものであって、このようにお小さいうちから図書室に引きこもるものではありませんよ」


 ちなみに侯爵家に仕える者たちは長女のことを「ソニア様」と呼び、父である侯爵から「ソニアが暴れるし、マリアも恐慌をきたす可能性があるのであの子の名前は出さないでくれ」と言われてからセレスのことを「お嬢様」と呼んでいた。マリアは母である侯爵夫人の名前だ。一部の者たちは「名前って…、お嬢様に名付けもしていないのに旦那様はどの名前をお嬢様の名前として認識しているのでしょう?」と疑問を持ったので試しに侯爵の前でさりげなくセレスの名前や他の適当な女性の名前を言ってみたところ、どの名前にも反応したのでますますわからなくなっていった。そのことを後にセレス本人に告げたところ、「それは面白いかも…」と言って本人がまさかの実践をしてみたところ、どんな名前でもちゃんと答えが返ってきたのでさらに面白がって時には男性名を言ってみたり、異世界の名前を言ってみたり、最終的には侯爵の愛馬の名前を言ってみたりしたのだが、侯爵は見事に気がつかなかった。こうしてセレスは常に父親相手に違う名前を言いまくる子供になったのだった。





「セレスティーナ、セレスティーナ…それがあの子の名前なのだな」

「はい。王太后様が月の女神セレーネ様にあやかって、女神様と同じ髪と瞳の色を持つお嬢様にそう名付けられました」


 何度も名前を呟く侯爵だったが、執事の言葉にはっと顔を上げた。それは第二王子も同じで信じられないものを見るかのような表情で執事を見た。


「月の女神セレーネ様と同じ髪と瞳の色…?セレスは瞳こそ深い青色だが、髪は黒いが?」

「馬鹿な!私の元に来ていたあの子の髪の色は黒かった!!」


 第二王子と侯爵の言葉に執事がはぁっとため息をついた。


「お二方とも、髪色など染め粉を使えばすぐに染まります。ましてセレス様の本来の髪色は女神と同じく月の銀色です。黒色にはすぐに染まります」

「だが、初めて会った時からすでに黒髪だった」


 第二王子がセレスに出会ったのはまだ学園に入学する前のことだった。その時にはすでにセレスの髪は黒色だった。出会った時からそうだったので今の今まで違う色だなんて思いもしなかった。


「銀の髪色は目立ちますので、セレス様は小さい頃より黒色に染めておいでです。毎回、あの見事な銀髪を黒色に染める時は侍女たちが泣きながらやっております」


 侍女たちは毎度毎度飽きることなくセレスの髪の毛を黒く染める時は泣いている。本人は大変冷めた目で見ているのだが、周りの侍女たちの方が「こんなに見事な銀髪を染めるなんて、いつか神罰が下りそう」とイヤがっている。いつもはセレスのお世話を率先してやって、時にはその権利をかけて戦い抜いている歴戦の侍女たちが髪の毛を染める時だけは押し付け合いをしているのはなかなかに滑稽な姿だ。

 仕方がないので執事がやるときもあるが、そうなると木の陰から侍女たちの恨みがましい視線が飛んでくる。


「知らなかった。まて、ならばセレスは『ウィンダリアの雪月花』か?」


 第二王子の問いかけに執事ははっきりと頷いたのだった。



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― 新着の感想 ―
で?弟はほとんど出てこないが、そんな放置子を見て育った弟はそれに倣って次女をスルーしてたとか?そして長女は絶対嫁の貰い手無いよね?これに惚れる奇特な人居るの?加虐趣味のおっさんなら喜んで貰いそうだな(…
[一言] 虐待どころか存在すら完璧に忘れていた両親や姉弟なんて家族と呼ぶのも烏滸がましいわな。 遺伝子提供者?
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