真の薬と偽の薬⑤
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岩の神殿から戻ってきたセレスは、もらったオードリーの葉を眺めていた。
こうやって見ると、ものすごく普通の葉だ。
丸みを帯びた葉は、少々肉厚だが、葉の形にこれといった特徴はない。
色もごく普通の緑で、森の中に生えていたら他の雑草と混じって区別が付かないくらいだ。
こんな平凡な薬草を、よく全部焼けたものだ。
ひょっとしたら、生えていた森ごと焼いたのかもしれない。
それくらいの行動はやりそうな怖さがある。
「でも、これ、精神に作用するんだよね」
精神を高揚させるのではなく、鎮静させる効果があるようだが、セレスは自らが作った魅了の香水のことを思い出していた。
あれも、精神を高揚させるのではなくて、どちらかと言うと、静かに沈めてから洗脳するタイプの薬だ。
心の奥深いに入り込み、その香りを纏った人の言うことだけを聞くように洗脳する。
一見すると、本人たちは何も変わっていないように見える。
変わるのは、その心の有り様だけだ。
「……怖い、です」
「お嬢様?」
「興奮している人って、すぐに分かりますよね。その……薬で心が壊れた人も、高揚している人も、外見に出るから危ないと感じることが出来ます。でも、これは違う。これも、魅了の薬も、変えてしまうのはその人の心そのもの。考え方だとか、忠誠心だとか、そういったものを変えてしまう。今までと何ら変わることなく普通に生活して、ご飯を美味しいと感じるのは一緒なのに、その中身は変わってしまっている。それも、特定のことだけ」
「確かにそうですね。あの当時、私も何人か変わってしまった人と会いましたが、皆、普通に生活していましたよ。リリーベル・ソレイユの声が消えるまでは」
消えた途端、壊れた人形のように、何も動かなくなった。
心が消えてしまった。
「リリーベルと一心同体だったと言えばいいのでしょうか、彼女が亡くなった後、無気力になり亡くなった人を知っています」
かつて、王太子フィルバートの護衛を務めていた騎士は、ヒルダの同級生だった。
高潔な騎士を目指していた彼は、フィルバートが亡くなった時はまだ生きていて、その後、衰弱して亡くなった。
仕えていた王太子を守れなかったこと、そして何より、彼の主となっていたリリーベルが消えたことで、彼は自分自身さえも失ってしまったのだ。
それは、精神の奥深くまで魅了されていた者の末路だった。
「私が作った魅了の香水を使用した騎士の方は、優しい声に導かれとても気持ちの良い感覚に陥ったそうです。そこから出て行きたくないという気持ちと、そこから出なくてはいけないという意思がせめぎ合って、心が二つに分かれてしまったような感覚だったそうです。完全に支配された方だと、そういう意思の全てが消えてしまったのでしょう」
「生き残ったとしても、もはやそれは生きているだけの存在……どうしてあげることも出来ずに、悔しい思いをしました」
あの時のヒルダは、オルドラン公爵家に仕える一介の騎士でしかなく、学園の内部で起こっていた事件については、後で知っただけだった。
どうして短い期間にあれほどの事件を起こせたのか、未だに謎の部分は多いが、当事者たちのほとんどがすでに亡くなっているので、調べようがなかった。
まして、ヒルダはただの騎士だ。
実家に戻り、父親から権力を取り上げて自分が新しい公爵になれば、その権限で調べることは出来るが、ヒルダは自分が公爵の器でないことを自覚していた。
権謀術数は苦手なのだ。
剣を握り敵対する相手とやりあうことは得意だが、ペンを片手に相手をやり込めることは苦手だ。
「このオードリーの葉もかつてそんな使われ方をしていたのだとしたら、全て消し去った方はそれを恐れたのかもしれません」
「嫉妬ではなく、正当な理由があった、と?」
「……気になっているんです。これが、トーイ・フージの薬草の本に隠されて書かれていたことに。あの本に書かれていた表向きの薬は普通の薬ばかりで、隠されていた薬は世に出してはあまりよろしくないものばかりでした。クルススキと書かれていたこのオードリーの葉は、隠されていた方の薬に必要な材料です。どう考えても、普通じゃないですよね」
「確かにそうですね。これが普通の薬草じゃないと知っていたのなら、消した理由が変わってきますね」
伝承はしょせん伝承であって、それが全てではない。
しかも、今回のことは、オードリー草を持ってきた男が言っただけのことで、それが真実とは限らないのだ。
今、分かっていることは、オードリー草が元々あった北の地にすでにこの薬草はなく、管理された薬草園にだけ存在しているということだけだ。
「……ヒルダさん、今からこの通りに作ってみますので、もし、私におかしなことがあったら、すぐにここの薬師を呼んでください。それから、匂いに気を付けてください」
「はい。分かりました」
セレスはオードリーの葉を大まかにちぎってから、ゴリゴリと細かく擦り始めのだった。




