真の薬と偽の薬④
読んでいただいてありがとうございます。
「他にもジークフリード殿下は、兄王にやたらと黒髪の女性を薦めたという逸話も残っております」
「黒髪?」
「はい。自分たちは金髪だったのですが、子孫には黒髪が必要だと言ったとか何とか」
「どうして黒髪が必要だったんでしょう?」
黒髪は特に珍しいというわけではない。
ジークフリード自身はその黄金の髪から太陽神の化身とまで言われているのに、どうして真逆とも言うべき、黒色が必要だったのだろう。
黒髪に憧れていたのなら、染めればいいのに。
銀髪はともかく、黒髪に染める染料は昔からある。
「奥方に、金髪が嫌いだと言われたそうです」
「え……?」
「染めても天然の黒髪ではない、と怒られたとか……」
「あ、はい」
察した。
金髪の太陽神の真逆は、黒髪の夜の神だ。
セレスたち、『ウィンダリアの雪月花』の父とも言える神。
「オードリーお姉様……」
太陽神には近付くなという母の教えと、夜の父を慕う心が合わさって言った言葉なのだと思う。
確かに、セレスのジークフリードが金髪だったら、ちょっと距離を置いたかもしれない。
太陽神の気配が強い金髪の王族。それもそのままの異名を持つ王族に、オードリーは複雑な想いを抱いたのかもしれない。
セレス自身は、記憶を受け継いでいないのでそこまで太陽神を嫌っているわけではないが、記憶を受け継いでいた姉たちは、母の悲しみの元凶となった太陽神についてはそれぞれに思うところはあったはずだ。
「天然の黒髪要素を、王家に取り入れたかったんでしょうか?」
「……否定出来ませんなぁ。実際、今の王家には、黒髪の方がいらっしゃいますから」
「そうですね」
友人となった王太子アルブレヒトは黒髪だ。
オードリーが堂々と金髪嫌いを宣言したから、ジークフリードが子孫のためにも、黒髪を一族に取込むことを提案したのだろう。
「歴代の国王陛下の肖像画を見たことがありますが、半分くらいは黒髪でしたね」
「そうなんですね」
「はい。当代の陛下も黒髪ですし、王太子殿下もそうですね」
アルブレヒトは知っているけれど、今の国王も黒髪だとは知らなかった。
「奥様との逸話が大変多く残っているジークフリード殿下ですが、オードリーという薬草が燃やされた時には、すでに奥様は亡くなられていました。ジークフリード殿下は、若くして亡くなった奥様だけを生涯想い続けていたそうです。どんな美姫が言い寄ろうとも、決して笑顔を向けることはなく、仕事が終わればすぐに奥様との想い出が残る屋敷に帰って行っていたそうです」
「北の領主の娘というのは?」
「出会いがどのような形だったのかは分かりませんが、ジークフリード殿下に恋をした娘は、彼に亡くなった妻のことは忘れて、自分だけを見てほしいと願ったようです。しかし、当然ながらその願いが叶うことはなく、娘はいつしか亡くなった奥様を恨むようになりました。そして、たまたま領内に生えていたオードリー草のことを不吉だといって嫌い、全て処分するように命じたそうです」
「当時の薬師たちは、それを止めなかったのでしょうか?」
「止めたとは思いますが、当時は今よりも閉鎖的で領主の権限が強く、まだ薬師ギルドがなかった頃の薬師たちではどうにもならなかったのでしょう。おそらく、ここにオードリー草の種を持ち込んだのは、暴挙を止めることが出来なかった薬師の一人だったと思いますよ。他にも、いくつか北の地に生えていた貴重な薬草の種を持ち込んだという記録が残っています」
神殿の記録では、ある日、突然男性がやってきて、貴重な薬草を育ててほしいと懇願してきたそうだ。
話を聞くと、北の領地に生えている薬草を領主の娘がどんどん刈って焼いてしまったと嘆いていた。
全て燃やされる前に、神殿に持ってきたのだという。
「他の場所にもオードリー草は残っているのかもしれませんが、その時、ほとんど焼かれてしまったそうですよ。娘はわざわざ薬草に懸賞金をかけて、見つけ次第、刈って燃やすように命じていたそうです。執念を感じますね」
老神官がしみじみとした感じでそう言うと、セレスとヒルダも頷いた。
「オルドラン公爵家では、過去の雪月花と関わった王侯貴族に関して調べた資料が残っているのですが、どの方々も、一筋縄ではいかない感じの方ばかりでした。そんな方に恋をした娘を哀れに思うべきでしょうか……」
ヒルダが見た資料からでも、現実に会ったら厄介だな、と思える人たちばかりが、雪月花の相手になっていた。
それは今を生きるジークフリードもそうなのだが、過去のジークフリード殿下の方も、絶対に厄介な人だったと思う。
「その娘さんは、その後、どうなったのですか?」
「貴重な薬草を焼いてしまったとはいえ、それは自分の領内のことでしたので、特に咎められることはなったようですが、その後の行方は伝わっておりません。北の地に行き、その領主の家系図を辿れば分かるかもしれませんが、この神殿に伝わっているのはそこまでです。北に行ってまで探す必要もありませんでしたので」
「そうですね。でも、こうして貴重な薬草が残っているのは有難いことです。そのオードリーの葉ですが、分けていただくことは出来ますか?」
「えぇ、もちろんです。今年はよく生えてくれましたから。先ほども言った通り、元々が寒い地域で生えていた薬草なので、最初の頃は育てるのに苦労したそうです。長い年月をかけて、ようやくこの神殿でも安定して生えてくれるようになりました。寒い時期に採った葉を乾燥させてありますので、そちらをお持ちください」
「ありがとうございます」
「しかしよく考えると、その娘さんの凶行がなければ、この場所にオードリー草が来ることはありませんでした。果たして、それは偶然なのでしょうか、それともオードリー様からの贈り物になるのでしょうか?」
その言葉に、セレスはそっと目を伏せた。
もし、それがオードリーの、もしくは彼女の意を受けたジークフリードの仕業だとしたら、薬草を刈るように命じた娘は二人の犠牲者とも言える存在になる。
そもそも、なぜ北の地にあったオードリー草を絶滅させる必要があったのかが分からない。
この地に薬草を持ってくるだけなら、普通に持って来ればいいだけだ。
「とはいえ、どんな思惑があろうとも、すでに亡き方々のことです。これ以上、憶測で物を言うのは止めた方がいいでしょうね。セレス様、どうか、この薬草を正しく使用してください」
「もちろんです」
精神に作用する効果がある以上、この薬草の取り扱いには細心の注意を払う必要がある。
しかも、あまり研究されていない薬草なのだ。
知られている効果の他にも、別の効果がある可能性だってある。
悪用だけはしないし、させない。
セレスは、改めてそう誓ったのだった。




