真の薬と偽の薬②
読んでいただいてありがとうございます。本年もよろしくお願いします。
ヒルダの護衛付きで薬師ギルドに来たセレスは、さっそく一番奥にある、少々臭くなっても表には臭わないであろう場所を借りた。
各地の薬師ギルドには、必ずこういう場所が一箇所はある。
なぜなら、薬師である以上、必ずそういう薬を作る機会が出てくるからだ。
一般の人に迷惑をあまりかけないように、消臭剤なんかも常備されている。
だが、それでも年に何回かは警備の兵や近所を通りかかった人から苦情が来るので、ひたすら謝っていた。
「あの、ジャーリィの実はありますか?それから、ジンクの葉も」
次々とセレスが言う薬草を持って来てくれるのは、この薬師ギルド所属の見習いたちだ。
年齢的にセレスと同じくらいかもしくは年上ばかりなのだが、薬師ギルドの長の弟子であるセレスの作る薬に興味津々らしく、何を頼んでも率先してやってくれる。
もちろん、セレスの薬作りを見せるという見返りはあるけれど。
見習いどころか、正規の薬師たちまで混じっているので、セレスとしては少々緊張してしまう。
「あと、クルススキの葉って何の葉なのか分かる人はいますか?古い本に載っていた薬草なので、もうすでになくなってしまった薬草なのか、それとも今は別の名で呼ばれているのか分からなくて……。他にもそういった薬草がいくつかあるのですが」
トーイの時代には普通に出回っていた薬草も、この時代では失われていたり稀少な薬草になっていることもある。
それに名前も、当時は統一されておらず、同じ薬草でも地域によって呼び名が異なっていたり、知られている効果が違ったりということも多々あったと学んでいる。
今とは違う薬に使われていたり、毒だと思われていた薬草だってある。
だから、古い文献に載っている薬草は、特に注意しなければいけないのだ。
「クルススキの葉、ですか?うーん、ちょっと覚えがないですね。誰か知ってるやついる?」
薬師の一人が周りの者にも聞いてくれたが、その場にいる者全員が、首を横に振った。
「岩の神殿の神官様たちの方が知ってるかも。前にあそこの図書室に入らせてもらったことがあったんだけど、すっごく古い薬草辞典とかあったから」
「すっごく古い薬草辞典?本当ですか?」
セレスの目が違う意味で輝き始めた。
古い時代の薬草時点?
そんなの見たいに決まっている。
「お嬢様、目的が違います」
ヒルダの冷静な指摘を受けて、セレスがそっと目を逸らした。
「……えーっと、落ち着いたら見せてもらいます……」
「そうしてください。ですが、後で岩の神殿には行きましょう。お嬢様がお探しの薬草について、何かご存じかもしれませんから」
「はい!」
さすがに本をじっくり読むことは出来ないけれど、その知識の断片は聞ける。運が良ければ、クルススキが何か調べる名目で、その薬草辞典がちょっとだけでも見られるかもしれない。
それだけでもちょっと心が弾む。
「ですから、まずはここでやるべきことをしましょうね」
「はい。いいですか、皆さん、このジャーリィの実をまずは潰して……」
クレドの薬師ギルドで始まったセレスによる古の文献にあった薬作りは、現代で作られている似たような効果を持つ薬との比較などをしながら、薬師たちの知的好奇心を十分に満たしたのだった。
岩の神殿の老神官は、訪ねて来たセレスとヒルダを部屋に招いてくれた。
老神官の部屋は茶色を基調とした落ち着いた雰囲気で、大きめの机には書類がきっちり仕分けられていた。
「突然、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、この老人に分かることでしたらいくらでもお答えいたしましょう。いつでも気軽にどうぞ。それで、そういったご用件でしょうか?」
若い神官が持って来てくれた紅茶を飲んでほっこりした後に、セレスは紙を渡した。
「これは?」
「古い本に書かれていた薬草なのですが、聞き覚えがなくて。今でも違う名前であるのか、それとも稀少な薬草なのか、絶滅してしまったのか、神官様にお伺いしたくて」
「ふむ。そうですなぁ……」
紙を見ていた老神官がおもむろに立ち上がり、本棚から分厚い本を出した。
「これは、この神殿に伝わる薬草辞典の写しです」
「写しですか?」
「お嬢様」
薬草辞典の写しと聞いてやはり目を輝かせたセレスを、ヒルダがすかさず冷静な声で諫めた。
「あ、すみません」
「これも貴重な本ですでの、持ち出しは出来ませんが、ここにいらした時に読むことは出来ますよ」
にこにことした笑顔の老神官にそう言われて、セレスは素直に喜んだ。
「それで、いくつかはこの本の載っていたと思います」
老神官は、セレスも見られるように机の上に置いてページをめくってくれたので、ざっとではあったが中を見ることが出来た。
「ありました。これがクルススキの葉ですね。もっと北の方で採れた薬草ですが、こちらは薬草園でも育てていますよ。こちらでは、オードリーの葉と呼ばれていますね」
「オードリーの葉?」
「はい。あまり流通はしていませんが、精神を静める効果があって、昔はそれなりに使われていました。ですが、精神を静める効果がある分、違法な薬物に使われることもあり、乱獲をされて数を確保出来なくなって違う薬草が使われることになったそうです。元々がもっと寒い地域の薬草ですので、ここでもあまり育ちはよくありません。なので、少ししか育たないんです」
「気候が違うと、上手く育ちませんから仕方ありませんよね」
「はい。それに加えて北の方では、昔、オードリーという名前が不吉だからと、当時の領主から全て刈り尽くすようにという何とも理不尽な命令が下されたことがあったらしく、それで一気になくなりました」
「名前が不吉、ですか?」
「えぇ、まぁ、その……当時の領主の娘が恋した方が、亡くなった恋人をずっと想っていて領主の娘には目もくれず、娘は亡くなった女性に強く嫉妬して恨んでいたそうです。その女性の名前がオードリーという名前でしたので、亡くなった女と同じ名前は不吉だ、きっとこの草にも女の呪いがかかっているとか何とか言いがかりを付けて……」
老神官が何とも言えない表情で説明すると、セレスとヒルダも何とも言えない顔をした。
「うわぁ-、それで貴重な薬草を滅ぼされても……」
「八つ当たりですね。みっともない」
女性二人の言葉に、老神官は苦笑した。
「お二人はそんなことはなさらないでしょうが、その女性は恋敵の名前を聞くのも嫌だったのでしょうな。当時からこの神殿では薬草を育てておりましたので、全て刈り尽くされる前に、心ある者が種を持って来たらしく、それ以来、少しですが育てて残しております」
「聞いたことがないってことは、その北の方の薬草は全滅しちゃったのかな」
「おそらく。それほど数がある薬草でもなかったようなので、その時に北の薬草は刈り尽くされたのでしょう。その古い本がどれほど前のものか知りませんが、まだオードリーが残っていた頃のものか、もしくはなくなっていても、その薬の作り方だけ知っていたから後世の者のために書き残したのか」
「本は、ザイオン王の時代の物です」
「でしたら、恐らく作り方だけがまだ残っていたのでしょうな。オードリーが刈り尽くされたのは、ザイオン王の時代よりもっと前のことのはずですので」
「そうなんですか?」
「はい。言い伝えによれば、娘が恋した方は、軍神と呼ばれた当時の王弟ジークフリード殿下のことですので」
「ジークフリード殿下?」
思いもかけずここで「ジークフリード」という名前が出てきて、セレスはドキリとした。
今のジークフリードではないと分かっていても、何だか心臓がドクドクと音を立てている。
「ジークフリード殿下のことはご存じですか?」
「すみません。今まで薬草にか興味がなくて……」
「ははは、ずっと昔のことですし、その方の武勇からジークフリードという名前を付けるというのが一時期流行っていたようですな。今でもジークフリードという名前は多いですよ」
「そうなんですね」
なら、ジークフリードの両親も、その方にあやかって名前を付けたのだろうか。
「後世のジークフリード様方も、けっこう活躍なさった方が多いので、ジークフリードという名前の方の逸話は色々と残っております。ですが、オードリーの話の場合は、元ともいうべきジークフリード殿下のことですな。よろしければ、少しお話しましょうか?」
「ぜひ、よろしくお願いします」
セレスの言葉に老神官は紅茶を飲むと、ゆっくりと話し出したのだった。




