第二王子と侯爵家嫡男
読んでいただいてありがとうございます。タイトルでも誤字してました。皆様いつも誤字脱字報告ありがとうございます。
セレスティーナを探して彼女の意思を聞け、そう言われてルークは心当たりを聞いて回ったのだが、彼女の父親は当然ながらその行方に心当たりは一切無いと言っていた。ならば、侯爵家の執事に聞けばいいと思ったのだが、執事は「不文律をお忘れですか?何者も『ウィンダリアの雪月花』を束縛してはならないのです」と言って取り合ってくれなかった。祖母である王太后にも聞いたが、祖母もセレスの居場所を知らないと言っていた。知っていたとしても教えてくれる気はないだろう。
確かに祖母の離宮と学園以外でセレスに会ったことはない。家には当然帰っているものだと思っていたが、両親から忘れられた存在である彼女がわざわざ家に帰っていたのかどうかも知らない。姉、は無理だ。ならば弟はどうだろうか。セレスと親しくしている姿を見かけたことは無いが、同じ家にいたのだ。少しは情報を知っているかもしれない。そう思ってルークは放課後にディーン・ウィンダリアの教室を訪ねた。
ディーン・ウィンダリアは、教室内で友人たちと笑い合って何かを話しているようだった。こうして見てみるとセレスと同じ黒い髪と青い瞳の持ち主であるためか、家族の中で一番セレスによく似ていると思う。並べばすぐに姉弟だとわかるだろう。長姉とは全然違う。長姉は母である侯爵夫人によく似ている。だからといってセレスとディーンが父親の侯爵に似ているかといえばそうでもない。あの2人は両親のどちらにも似ていない。
「……ディーン・ウィンダリア。少し話がしたいのだが」
上級生である第二王子が教室に現れただけでも下級生たちはざわついていたのだが、用があるのがディーンだと知って今度は教室内が妙な静寂に包まれた。
この教室にいる誰もが彼の姉たちのことを知っている。知ってはいるがディーンが一度も2人の姉のことを言ったことがないのであえて触れる者もいなかった。
「第二王子殿下のご用とあらば伺いましょう」
いつもと変わらない穏やかな笑顔でディーンが応えて、ルークに促されるままに教室から出て行った。
出て行った後、残されたクラスメイトたちはそれぞれが好き勝手なことを言って第二王子の話とは何なのかを推測した。
「やっぱり殿下と同じクラスの方の姉のことじゃないのか?」
「2番目のお姉さんの姿を最近見ないからそっちのことじゃないのかな?」
「まて、そもそもディーンがお姉さんたちと一緒にいるところって見たこと無いよな」
「あ、ホントだ。ディーンって家族のこと、どう思ってるんだ?両親は何か変な意味で有名だよな」
「わからん。ディーンの口から家族の話を聞いたことがない。こっちから聞いても何かうまくはぐらかされるんだよな」
友人たちは、第二王子がディーンを連れ出してからしばらくの間はそんな話題で盛り上がっていたのだった。
「それで殿下、僕に何のご用でしょうか?」
王族が特別に使うことを許されている休憩室に連れ込まれたディーンは、教室で声をかけられた時と変わらない穏やかな表情でルークに聞いた。本来なら下の者が上の者より先に発言するのはマナー違反だが、ここは学園だ。表向きは、全員同じ学生、と謳っている以上、多少のマナー違反は許される。用件なんてわかりきっているが、あえてディーンはルークに聞いた。
「ディーン・ウィンダリア、君の姉君について教えてほしいのだが」
ルークの探るような視線に気付かないふりをして、ディーンは小首を傾げた。
「姉、ですか?あいにく、僕はソニアのことはあまりよく知らないのですが」
ルークが言っているのがセレスのことなのは重々承知の上で、ディーンは姉と言われてソニアの名を出した。
「ですが先日は我が家にソニアを訪ねていらしたそうですね。ソニアが夕食の席でそれは嬉しそうに話していましたよ。母も殿下が来て下さったことに感激しておりました。殿下にご迷惑をおかけしていないか心配しておりましたが、わざわざいらしていただけるほどソニアのことを気にかけてくださっているとは、侯爵家としては嬉しい限りです」
清々しい笑顔でディーンは一気に言い切った。
嘘は言っていない。
侯爵家でディーンの姉と言えばソニアのことだ。両親もソニアの話題しかしないし、実際、あの日の夕食の席ではソニアが第二王子殿下のことをひたすらしゃべっていた。母が父に殿下とソニアの婚約を王家に打診して欲しいとおねだりしていたが父は曖昧に笑うばかりだった。その会話を聞きながらディーンは内心では、都合のいい頭の持ち主だなと思っていた。お花畑と評される理由がよくわかる。
「ソニア嬢には申し訳ないが、僕は彼女を訪ねて侯爵家に行ったわけではない。少し侯爵に用事があっただけだ。それに君に聞きたいのはソニア嬢のことではなく、侯爵家にいる君のもう1人の姉であるセレスティーナ嬢のことだ」
侯爵家の父母とあの姉がセレスティーナのことをわからないのは確認している。だがディーンがセレスティーナのことをわかっているのかルークには判断がつかなかった。集めた限りの情報では、ディーンとセレスティーナが接触しているところを見たことがある者は皆無だった。会話をしていたという話も聞いたことがない。セレスティーナの口からも弟の話を聞いたことがなかった。ルークがセレスティーナを探す為にディーンの元に今まで来なかったのは、交流が一切無いと思っていたからだ。だが関心がなくとも一緒の家に暮らしているのだ。侯爵のように普段は覚えていなくても何かの拍子に思い出しているかもしれない。多少なりとも何らかの情報を知っている可能性はある。
「殿下、申し訳ございませんが我が侯爵家にセレスティーナという名を持つ者はいないのですが…」
だが、ディーンは少し困ったような顔をしてルークの思惑を否定した。
ディーン・ウィンダリアとしては嘘を言ってはいない。セレスティーナは侯爵から絶縁状をもぎ取って失踪しているので、もはや侯爵家の人間ではない。ついでにディーンは自分の姉はセレスのみと決めているので、もう1人の姉、ではなく、ただ1人の姉、が正解だ。もし第二王子が「君のただ1人の姉であるセレスのことを聞きたい」とでも言えば少しは答えたかもしれないが、ウィンダリア侯爵家の次女としてのセレスティーナのことを聞きたいというのならばそのように答えるだけだ。
侯爵夫妻が認めた娘はただ1人、ソニアのみ。セレスティーナという娘の存在は無視。それがあの夫婦の選択なので、家を持ち出されればその意向に沿った答えを言うだけだ。本当に単純で簡単な答えだ。
「本当にセレスティーナは家にいないのか?」
「はい、我が侯爵家にはその名を持つ者はおりません」
先ほどよりもルークの探るような目が鋭くなったが、ディーンは全く動じなかった。これでもアヤトや執事に鍛えられた身なので、第二王子の鋭い視線くらい可愛いものだ。死を感じるほどの視線じゃないし、なんなら威圧も感じない。
薄暗い夕方の薬師ギルドで、ものすごい笑顔で怪しげな薬の瓶を持って佇んでいるアヤトをうっかり見つけてしまった時の方がよっぽど恐かった。あの薬をかけられて死ぬな、と本気で覚悟を決めたくらいだ。
「殿下、ご用件はそれだけでしょうか?」
ディーン・ウィンダリアは、第二王子殿下に侯爵家にいるソニアではないもう1人の姉、セレスティーナ・ウィンダリアのことを聞く為だけに呼び出されたのだから、ウィンダリア侯爵家にセレスティーナという人物はおりません、その答えだけで十分なはずだ。
何の嘘もついていない、事実だけをきちんと述べた答えだ。
それがルークの望む答えじゃなくても知ったこっちゃない。
ちょっと言葉足らずなだけで、第二王子殿下の質問には明確に答えている。
そう、ちょっと前後の言葉が足りないだけだ。
ウィンダリア侯爵家にはセレスティーナという名を持つディーンの姉がいた(過去形)が家を出て行って、今は薬師ギルド長の弟子として『ガーデン』と呼ばれる先代の薬師ギルド長の趣味のお庭の管理をしているだけで。
「他にご質問がないようでしたら失礼させていただいてもよろしいですか?」
一切笑顔を崩すことのなかったディーンにルークは少し考えるようなそぶりを見せてから、「すまなかった」と言って解放した。
休憩室から出て行ったディーン・ウィンダリアの様子から考えると恐らく彼もまた、セレスティーナのことを覚えていないのだと判断できる。もし覚えていたら仮令両親があの様子であっても、セレスティーナの名を出せばディーンは答えざるを得ない。王族である自分に嘘偽りを言うことは、場合によっては罰せられてしまう。貴族ならば子供でも知っている常識だ。そうである以上、名を出されて答えなかったディーン・ウィンダリアはセレスティーナのことを知らないと判断するしかなかった。