王と王妃⑨
読んでいただいてありがとうございます。
ジークフリードは、目の前で静かに微笑む王妃を見た。
王妃、王の妃。
つまり彼女は、国王である自分の妻とも言うべき女性。
『ウィンダリアの雪月花』は守るべき存在。
セレスティーナ・ウィンダリア、彼女を守るためにはどうすればいいのか?
セレスは……彼女は……。
「ジークフリード様?どうかなさいましたか?」
「……いや、何でもない」
ユリアナの優しい声に、ジークフリードは我に返った。
今、何を考えようとしたのだろう。
セレスティーナ・ウィンダリア?
彼女は、ただ守るべき存在なだけだ。
「紅茶を」
「はい」
倒れたユリアナの見舞いに、毎日、訪れているのだが、ここで飲む紅茶が何故か美味しい。
執務中にも飲めないかと思ってユリアナに紅茶のことを尋ねたのだが、知り合いに特別に作ってもらった紅茶だと言って笑ってかわされた。
美味しいけれど、あまり飲み過ぎるといけない薬のような紅茶だから、ユリアナ自身も一日一杯だけ飲んでいるらしい。
せっかくだから一緒に飲みましょう、と言われて、こうして一緒に飲んでいる。
「ジークフリード様、ルークには会いましたか?」
「そういえばまだ会っていないな」
帰って来てから、アルブレヒトには会ったがルークには会っていない。
「ルークは、あいつは大丈夫だろうか?アルブレヒトの補佐をちゃんとやっていけるのかどうか……」
ルークが、『ウィンダリアの雪月花』を夢中になって追っかけ回していることは知っている。
彼女の存在を知ったのも、元はルークから教えられたからだ。
ルークが彼女を望んでいたから、強引に事を進めないように牽制するつもりで、先に彼女に会った。
王妃になれるか器かどうかと聞かれれば、否、と言うしかない。
彼女はどちらかというと研究者のような気質を持っていて、大勢の前に立つのではなく、困っている人のために薬を研究して作っていくのが好きなようだ。
「ふふ、大丈夫ですわ。あの子には愛する存在がいますもの。彼女さえ傍に置いておけば、あの子はどんなことでもやり遂げられるでしょう」
「しかし、セレスは」
「ジークフリード様、そのような愛称呼びをなさってはいけませんわ。セレスティーナ嬢は、ルークの雪月花ですから」
「……違う、セレス、は……」
「違いませんわ。セレスティーナ嬢はルークの雪月花です」
そう言ってユリアナは、控えていた侍女に目で合図を送った。
侍女は、小さな香炉をテーブルの上に置いた。
「ジークフリード様、もう一度言いますわね。セレスティーナ嬢は、ルークの雪月花ですわ。あなたは雪月花を持たない王族です」
「違う、違う、セレスは、俺の」
「ルークのものです。あの子の愛する少女ですわ」
ユリアナの声と一緒に香りが入ってくる。ジークフリードは必死に拒否しようとしたが、花の香りが自然に身体の中に入って来て、思考を狂わせた。
「あなたはわたくしの王。わたくしの夫ですわ」
「王……夫……」
「そうです」
きっぱりと言いきったユリアナの言葉にジークフリードは頷いていた。
「ジークフリード様、本日はここまでにいたしましょう。さぁ、全てを忘れてお帰りください」
ジークフリードの耳に届くのは、ユリアナの優しい声だけだった。
王都に戻ってから、連日、王妃の部屋に見舞いに行くジークフリードに、ヨシュアは違和感しか感じなかった。
「なぁ、リヒト、先輩、どっかおかしくないか?」
「そうか?陛下はいつも通り仕事も熟してくださっているし、あんなもんだろう」
「だって、毎日、王妃様の部屋に行ってるんだぜ?」
「お前も一緒に行っているだろう?王妃様の部屋からは、特におかしな物も見つかっていない」
「俺は扉の前に立ってるだけだって。って言うか、王妃様の部屋を調べたのか?」
「ちゃんと女性に頼んだぞ。いくらこっそり調べるだけだと言っても、男性を入らせるわけにはいかないからな」
その辺は一応、考慮に入れたらしい。
女性のことに疎いと評判のリヒトでも、それくらいのことは出来たようだ。
「部屋からおかしな匂いはしていないのだろうな?」
「あ、それは大丈夫だと思う。微かに花の匂いはするけど、あれくらいならだいたいどの女性の部屋からも匂うから。それにいー匂いだったしな」
「……ほう、どの女性の部屋からも、か」
「うぉ!違うからな!仕事で行った部屋だから!」
「仕事で女性の部屋に行ったのか?」
「情報収集だよ。変なことはしてねぇ」
「パメラ嬢に」
「絶対に言うなよ!」
というか、パメラの部屋の匂いも良かった。
玄関から少し漂って来ただけだったが、ヨシュアの好きな心が安らぐような匂いだった。
花の匂いとはまた別で、香木の良い香りがした。
「そういう意味だと、お嬢ちゃんの家は薬草の匂いが充満していたなー。お嬢ちゃんが香水を作った時は、薬草の匂いと混じって何とも言えない臭いになっちゃったから、二人で家中の窓を開けて扇子で何とか臭いを外に出そうとしたっけ。薬草だけだと森の中にいるようなちょっといい匂いなのに、調合したり混ぜたりりすると、どうしてああいう臭いになるのかなー?」
ちょっと前の出来事なのに、もう何年も前の出来事のように思える。
その時、ちょうど近所の人が歩いていたので、セレスと二人で変な臭いがしてすみませんと謝ったら、笑いながら先代ほどじゃないという寛大な言葉をもらった。
「そうなのか?だが、薬師ギルドに関する苦情の半分はその臭いに関することだぞ」
「混ぜて薬にすると、色々と変わるらしい」
「そうか。陛下に言うなよ。嫉妬されるぞ」
「言わねーよ。絶対、怖いことになるって分かってるんだから」
ジークフリードは、セレスのことになるとさらに心が狭くなる。
「ってゆーか、あれ?……なぁ、リヒト」
「何だ?」
「帰って来てから、先輩にお嬢ちゃんのことを聞かれたか?」
「陛下にか?……そういえば、ないな」
ヒルダが傍にいるとはいえ、影の者は付いている。
ジークフリードがこちらに帰って来た時に、半分は戻って来ているが、残りはセレスを護衛している。
影からの報告はジークフリードとリヒトに来ているが、アヤトからの情報はリヒトに来る。
セレスが薬師である以上、薬師ギルドに行くのは当然のことで、中での様子をアヤトが教えてくれるのだ。
今までは、リヒトからジークフリードに報告していた。
いつもなら急かされるのだが、帰って来てからそれがない。
「……おかしな匂いはないんだ。だけど、王妃様の部屋から出て来る先輩は、ちょっと表情がいつもと違う気がするんだ」
「それは、王妃様と話をしたからか?」
「分かんない。だけど、今までだって王妃様と話す機会はたくさんあったけど、あんな表情は見たことがない」
「もう一度聞くが、おかしな匂い、いや、はっきり言おう、魅了の香水の匂いはしないんだな?」
「してない。あんな濃くてねっとりした絡みつく様な花の匂いだったら、すぐに気が付く。王妃様の部屋から漂ってくる匂いは、どっちかっていうと、優しい感じの良い匂いだ」
「ヨシュア、陛下は明日も王妃様の部屋へ行くだろう。どんな話をしているか聞き取れるか?」
「さすがに無理。扉は分厚いから」
「中の様子も見えないか」
「先輩が出入りする時にちょっと見えるくらいかな」
「ならば、出てきた時の陛下と軽くでいいから何かを話せ。それで違和感があるようなら教えろ」
「それくらいしかないか。分かった」
ジークフリードは、仕事は普段通りに熟しているし、セレス以外のことに付いては何らおかしなところはない。
セレスのことに関しても、今は忙しくてちょっと後回しにしているだけなのかもしれない。
けれど、ヨシュアはどこかに小さな棘でも刺さっているかのような、嫌な違和感を覚えたのだった。




