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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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次女と黒薔薇様③

 リドが部屋の中をのぞくとセレスは楽しそうにお針子のお姉さんたちとおしゃべりしていた。


「セレス、こちらの用事は終わったぞ」


 声をかけるとセレスがリドの方を見て小さく笑った。


「リドさん、じゃあ、次は酒場の方にお願いします」

「ああ」


 幼い頃はあまり表情がなかったと聞いているが、今はそんなことはなさそうだ。もっともエルローズ曰く、それは警戒する必要がない相手だから、らしいのだが。


「お姉さんたち、また今度ね」

「また来てね、セレスちゃん。今度は私の服を試着してね」

「ずるいわ。私のもよ」


 デザインの修行中らしいお針子のお姉さんたちから次回来た時に試着を頼まれた。自分たちで着せあいっこすればいいのに、と前に言ってみたのだが、お姉さんたちから「普段から見慣れている人に着てもらっても意味ないのよ」というお言葉と共に却下をくらった。試着してエルローズから合格を貰った服は微調整をされてから後日セレスの元へと届く。それからエルローズが別の場所でこっそり開いている庶民向けのお店に商品として並べられている。こちらは基本的にデザイナーの卵たちの服が置いてあるのだが、たまにエルローズの服も置いてある。だがあまり攻めている服は置いていないので、セレスでも着やすい物と買いやすいお値段の物ばかりだ。


「あの、ローズ様は?」

「さぁな」


 一応、これでも友人たちの幸せを願ってはいるのだ。普段は切れ者のくせにエルローズのことになるといつまでもうじうじしている宰相は正直うっとうしい。何度、とっととくっつけと言ったことか。焚き付けて宰相がやっと決意してエルローズの元に行こうとしても、エルローズの方が商談で国外に出ていてしばらく帰ってこなかったりと、あいつはエルローズに関してだけは本当に運が悪くて決断が遅い。

 仕方がないからきっかけは作ってやった。後は自分で何とかしろ、と思っている。


「ローズのことは放っておいてかまわないさ。しばらくしたら出てくるだろう。それよりもあまり遅くなってもいけないし、酒場の方へ行こう」


 セレスを促してローズの店から出ると、今度は冒険者ギルドの酒場まで歩いて行く。

 よくよく考えたらセレスは年上の男性とこうして歩くのは初めてだった。

 アヤトは年上の男性ではなくてお姉様だし、ディーンは弟なのでそもそも年上にならない。執事や侍従たちは一歩引いた感じで歩いていたのでちょっと違う。こうやって隣を男性が歩くというのは初めての経験だった。


「ふふ」

「どうした?」

「いえ、こうやって大人の男性と歩くのは初めてだな、と思いまして」

「ああ、そうか。アヤトはだいぶ違うしな」


 最初、アヤトの部屋で会った時は不機嫌そうな感じだったが、こうして歩きながら話していると気さくな感じでセレスにもきちんと話を聞いて返してくれる。


「お嬢さんの初めての経験に付き合えて光栄だな」


 美形が微笑むと破壊力ってすごい、にっこり微笑んでくれたリドに対する素直な感想がセレスの頭の中を駆け抜けた。周りをそっと見渡してみると、リドの笑顔にやられたらしいお嬢様方が数多いたようで、一緒に歩いている男の人たちが何とも言えない顔をしている。


「リドさんよぉ、久しぶりに姿見せたと思ったら、こんな道のど真ん中でお嬢さん方を撃墜するのはやめてくれんかねぇ」


 リドよりもう少し年上のいかにも冒険者という感じのする男性が近寄ってきてリドの肩に手を置いた。


「久しぶりだな。お互い生きてて何よりだ。で、お前の連れはどうした?」


 リドの方は大変良い笑顔で男の手を肩から払った。絡んできたということは、デートでもしている最中だったのだろう。


「くっそー、その笑顔がむかつく。ツレはお前の笑顔にやられてあそこでぼーっとしてるさ!」


 やはりデート中だった。リドは昔からこうやって絡まれるので自分の顔の良さは嫌でも自覚している。なのであえてやっている時もあるのだが、今回は不可抗力だと思う。


「今日はこのお嬢さんの護衛だ。手を出したらその腕をもらうぞ」

「お前のツレに手を出すか!!ってセレスちゃんかよ。なら余計に手を出すわけねえだろー。アヤセさんを敵に回して俺等に何かいいことあんのかよ」

「そうだな、きっと新種の毒物をその身で体験できるぞ」

「イヤだ!!そんなん体験したくねぇよ!体験したら最後、この世からオサラバしそうじゃんか」


 男の言うことは間違っていないだろう。セレスに手を出したら最後、アヤトの報復が待っている。薬師ギルドの長は薬物と毒物の扱いに大変長けた方だ。噂では常に実験体になってくれる人を探しているとか何とか。薬と毒の違いは調剤の仕方と量だという。人体にどういう効果があるのかを知るためにも人体実験が一番良いらしく、薬師ギルドではいつでも被検体を募集しているらしい、そんな噂はイヤというほど聞こえてくる。


「おーい、みんな、セレスちゃんが来たからなー」


 周りに聞こえるようにこう言っておけばセレスに手を出すバカはいなくなる。ついでに身なりも整える。裸でいるやつらなんかはすぐに服を着るだろう。それでも知らずにセレスに手を出しそうなバカは周りの人間が抑えることになっている。


「じゃあなー、リド。また今度仕事があったら呼んでくれや」


 ひらひらと手を振りながら男は雑踏の中に消えていった。


「アイツ、本当に気配り上手だよな」


 あの男はこの街でも有名な上位ランクの男だ。昔はともかく、今のリドはギルドに顔を出すことはしていないので、リドのことを知らない連中も多い。だが、あの男が気さくに声をかけて自分の昔からの知り合いでアヤトの知り合いだということをさりげなく周囲に伝えた。それだけで絡んでくるヤツラは激減しただろう。


「リドさん?」

「何でもない。さっさと酒場に行って補充をして帰ろう」

「はい!」


 セレスの返事も大変良い。そのまま酒場に顔を出し、マスターからも久しぶりだと声をかけられた。セレスが薬箱の補充をしている間に少し情報収集をして一緒に薬師ギルドへの帰路についた。


「すみません、リドさん。酒場まで一緒に行っていただいて」

「ローズが言っていたが、こういう時は謝るのではない、らしいぞ」

「あ!そうですね。ありがとうございました、ですね」

「はは、やはり同じように言われてるんだな」


 久しぶりに会った友人たちは昔と変わらず自分を迎えてくれる。最近は仕事が忙しくてこっちに来れなかったのだが、これからは暇を見つけて通うことにしよう。『ウィンダリアの雪月花』の様子を見なくてはいけないし、というこじつけの理由もできた。

 セレスとたわいないおしゃべりをして歩いて薬師ギルドに帰って来ると、セレスとリドはそのままアヤトのいる執務室へと向かった。


「お帰りなさい。2人とも。問題はなかったようね。セレスちゃん、今日はもうお仕事は終了よ。家に帰ってゆっくりしてね」

「はい、お姉様。リドさん、ありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げてセレスは帰って行った。


「で、どうだった?『ウィンダリアの雪月花』は?」

「普通の娘だな。雪月花として何かの異能があるとも思えん。まぁ、ルークの趣味は悪くない」


 若干満足気な顔をしたリドをアヤトはうんざりした顔で見た。


「趣味はともかく、あの執着心はどうにかなんないの?セレスちゃんを追いかけ回しそうだわ」

「…無理だな。抑えたら反発するだけだ。さすがに誰かに嫁げば諦めるかもしれんが、しばらくは自分の力だけで探させる。王家の呪いのようなものだ。セレスの代で終わればいいが…」


 エルローズの言葉を借りるなら『ウィンダリアの雪月花』は一族から離れたがっている。ならば王家の呪いのような恋情も一緒に離れていってほしい。


「ふふ、貴方自身はどう?セレスちゃんを気に入ったかしら?」

「うちの子供(ガキ)より年下だぞ」


 あれだけ素直に信頼を寄せられると大丈夫かと心配になる。

 実際は、リドは信頼する師匠と可愛がってくれているエルローズの親しい友人、という事実がセレスの中では非常に大きく、師匠&エルローズ=信頼できる相手、その親しい友人=信頼してもいい、という構図がセレスの中で出来上がっていた結果だった。


「だが、まぁそうだな、あの娘が何か危険な薬草でも採りに行きたがったら連絡をよこせ。護衛でも何でもしてやるさ」


 来た時の不機嫌さはどこかへ飛んでいったらしく、こちらも上機嫌でリドは帰って行った。とはいえ、いろいろと忙しい中で時間を作って来たようで、これから帰って仕事か…とうんざりした顔を最後は見せていた。

 

 1人になった執務室でアヤトは久しぶりに会った友人を思った。


「何だかんだ言ってセレスちゃんのこと、気に入ったんじゃない」


 わざわざ護衛をする、と宣言したのはそういうことだろう。それに……


「うちの子供(ガキ)、ねぇ。確かに血のつながりはあるけど……貴方の子供じゃないでしょう……」


 ぽつりと呟いた言葉が執務室に小さく響いた。


 

 


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― 新着の感想 ―
[一言] 多分この認識阻害的なやつ、 無意識に発動してる雪月花の能力の一部っぽいなぁ…… (多分発動タイミングはセレス本人がネグレクトを認識した辺り) その割に第二王子に発動してないの、 セレスが自動…
[一言] もしかして、両親が存在を忘れてしまうほどの不自然も雪月花の力が引き起こしているとか
[一言] リド…少なくとも王族、下手したらアヤトの伝言を聞いてキレてたあの人っぽいなぁ。
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