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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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次女と残されたもの

読んでいただいてありがとうございます。

 ジークフリードとヨシュアがいなくなると、女性二人だけの空間はとたんに静かになった。


「……ヨシュアが来ると、一気に騒がしくなりますね。おかげで、いなくなった時の静かさが身に染みます」


 ヒルダのしみじみとした声に、セレスはくすりと笑った。


「私の周りでは一番騒がしい方だと思います。ヒルダさんはヨシュアさんの昔をご存じなんですよね?」

「はい。あの子は、何と言うか、昔から勘で生きている部分があるんですよね。もう理屈じゃないんです。ヨシュアの嫌な予感はよく当たるので、お嬢様もヨシュアが言ったのなら注意してください」

「はい。大人しくここでジークさんの帰りを待っています」

「あの方も忙しいですから。万が一、お嬢様のことを忘れて迎えに来なかったら、こっちから乗り込んでやりましょう」


 ヒルダが拳を握ってそう宣言をした。

 が、ちょっと待ってほしい。

 こういう時、普通の貴族女性は、忘れられて放置されたことを嘆き悲しむものではないだろうか。

 部屋から出ることもせずに、恨み辛みを募らせて相手に呪いをかけるとかするのが一般的なのでは?


「乗り込むんですか?忘れられたことを嘆き悲しむとか、恨んで呪いをかけるとかした方がいいのでは?世の貴族女性ってそういうもの?」


 と言いつつも、セレスのその知識は物語の中の登場人物のことばかりで、実際の知り合いに当てはめるとちょっと違う人たちばかりだ。

 義母はそういったタイプでは絶対にない。

 多分、忘れられたのなら、笑顔で別の道を進む人だ。

 元貴族だった女性を二名ほど知っているが、二人して男性を翻弄して自力で立っている女性たちだ。

 ヒルダは……貴族女性の中に入れていいものか迷う。

 そう考えると、一般の貴族女性の知り合いがいない。

 どうしてこう、一癖も二癖もありそうな女性ばかり増えていくのだろう。


「呪ったところで、成果が出るのがいつになるか分かりませんし、結果が目に見えて分かるわけでもないですからね。最初っから乗り込んで行った方が確実です」


 男前なヒルダは、解決方法も豪快だった。

 その時、一緒に乗り込むのはヒルダさんお一人だけでしょうか?それとも、オルドラン公爵家全体で乗り込むことになるのでしょうか?

 セレス関連だと、父の暴走もなかなかなので、絶対にない、とは言い切れない。


「乗り込んで、ジーク様の頬をひっぱたいて差し上げれば、思い出すでしょう」


 めそめそ泣いて悩んで、自分が悪かったのだと自己嫌悪に陥るよりは、行動に移した方が健全といえば健全なのかもしれない。

 少しばかり腕力がいるだけで。

 セレスの場合、自分の腕力だけでは心許ないので、少々オトモダチの力を借りるだけだ。


「強烈な一撃をお見舞いすれば、思い出してはくれるでしょうが……」

「それでも思い出さないようなら、義母様にお願いすれば新しい男性を紹介してくださいますよ。よろしければ、ラウール様の婚約者になって成長を見守ってみてはいかがですか?」

「年齢が違い過ぎます」


 ラウールはまだまだ子供だ。

 年齢だって、十歳以上離れている。

 しかもあちらが年下。

 十年後でも、ラウはまだ学生の年齢だ。


「お嬢様とジーク様も、けっこう離れていますよ」

「そ、それは……」

「お嬢様も、まだ学生の年齢です」


 アヤトたちと同じ年齢の大人なジークフリードと、中退してしまったが、本来ならまだ学園に通っている年齢のセレスとでは、年齢差が大きい。

 あまり考えないようにはしていたが、そこは王家の血を引く男性と月の女神の娘ということで都合よく納得してほしかった。


「とはいえ、お嬢様の場合は、女神の娘ということもありますから」

「そうです」


 勢いよく肯定したセレスに、ヒルダはころころと笑った。

 どうやらからかわれていたらしい。 


「まぁ、それは最終手段に取っておきましょう」

「そうですね」


 セレスもくすりと笑った。


「ヒルダさん、私、部屋で本を読んでいてもいいですか?」

「はい。夕飯の時間になったら呼びに行きますね」

「よろしくお願いします」


 セレスはせっかく手に入れたトーイの本を抱えて部屋に戻ると、さっそく読み始めた。

 薬草園で確認した時は数ページ見ただけだったが、基本的には薬草の種類や薬のレシピが載っているだけで、この屋敷にある本とあまり変わりはない。


「……やっぱり、おかしい」


 トーイと同じ時代の薬辞典を確認したが、今とほとんどレシピは変わっていない。

 なのに、この本に書かれた何でもない平凡な薬のレシピには、有り得ない薬草の名前が足されていた。

 全てのレシピがおかしい、ということではない。ちゃんとしたレシピが書かれている中で、急に変な薬草が入っているのだ。その薬草を入れたところで、薬にはなんの効果もない。なのに、書かれている。

 セレスは、その薬草の名前を別の紙に書き始めた。


「……なに、これ……」


 紙に書かれた薬草は、どれも簡単に手に入れることが出来る。

 それもクレドなら特に簡単に手に入る。

 なぜなら、それらの薬草は岩の神殿で育てられている薬草ばかりだからだ。

 それだけではなく、セレスが少し確認出来ただけのトーイの荒れた薬草園にもあった。


「違う、ひょっとして逆、なの?」


 元々、トーイの薬草園で作られていた薬草を、誰も手入れしないあの場所ではいつかなくなってしまうことを危惧した姉が、他の薬草共々岩の神殿に移して育てるように依頼した。

 もちろん岩の神殿には他の薬草も育てられている。珍しい薬草だってあった。

 ただ、常時薬師ギルドで買い取り可能な薬草ばかりだし、育てていても何の違和感のないありふれた薬草。

 どう使うのかは薬師が一番よく知っているから、正規のレシピ以外に活用しようと思わない薬草ばかりだ。

 これらの薬草をどういう組み合わせで、どう使うのか。

 セレスはもう一度、本を確認して今度は書かれていた種類毎に纏めた。

 毒系の薬に書かれていた薬草、回復系の薬に書かれていた薬草、という風に、どの薬草がどこに書かれていたのかで分けた。

 そして、その紙を見ながら、深くため息を吐いた。


「……これ、やっぱりそうだよね……」


 毒系の薬に書かれていた薬草で作れる物。

 それは、つい最近、セレスが作った物と同じだ。

 幻月の花は入っていないが、代わりに似たような効果を持つ薬草が入っている。

 おそらく、このレシピで出来る物は……。


「魅了の薬……」


 トーイが残した本には、見る者が見れば分かるレシピが隠されていた。


「ジークさんに……」


 言わなくては、と思ってセレスは躊躇した。

 これを残すようにトーイに命じたのは、不文律の王が愛した姉リィン。

 このレシピが再現出来るよう、岩の神殿に薬草の世話を頼んだのは、二つ前の姉ナーシェル。

 おそらくこの本の存在を知りながら王家に伝えなかったのは、すぐ上の姉アリス。


「……これを再現したのは、誰なの?」


 漠然とした不安が、セレスを襲ったのだった。


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