王都からの使い
読んでいただいてありがとうございます。マンガの方もよろしくお願いします。
宝物のように本を抱えながら嬉しそうにしているセレスに、ジークフリードは徹夜をしないように注意しようと考えていた。
これでもし明日、寝不足のようなら、一度、本を取り上げるつもりだ。
屋敷に帰ると侍女が紅茶を淹れてくれたので、ソファーに座ったセレスは丁寧に本を机の上に置いた。
「お疲れ様でした、ジークさん」
「セレスもな。薬草園は楽しかったか?」
「はい。岩の神殿と廃棄されていた薬草園は、けっこう同じ薬草が植わっていたので、この辺の気候に合う薬草なんですね」
そう言いながら、すぐにセレスは本を開いた。
そわそわしているのが丸わかりだ。
「読むのはいいが、おかしな部分はすぐに教えてくれ」
「おかしい前提なんですか?」
「そうだ。普通の本なら隠されていた理由がないからな。どう考えても、その本にはおかしな部分があるとしか思えん」
一見普通の薬の本だが、わざわざ人が来ないような場所に隠されていたのだ。秘密があるとしか思えない。
「えーっと、必要ならば」
「セレス、それは絶対に俺が知っておかなければならない秘密のはずだ。だから、絶対に報告するように」
笑顔で言われて、セレスは頷くことしか出来なかった。
さすがに、この笑顔のジークフリードに逆らうのは怖い。
「分かりました。報告します」
「あぁ。絶対だぞ?」
「はい」
念を押されて諦め顔でセレスが応じると、ジークフリードの笑顔がいつもの笑顔に戻った。
妙な圧がなくなってほっとしていたら、バタバタと足音がして、扉が思いっきりよく開かれた。
「リド先輩!」
「ヨシュア?」
「ヨシュアさん?」
息を切らしてやって来たのは、王都にいるはずのヨシュアだった。
「ひぇー疲れたぁ。あ、お嬢ちゃん、この間ぶりッス。オースティ様のところに行ってからは外でしか会えないッスね。や、オースティ様に会いたいかと聞かれれば会いたくないので、別にいいッスけど」
「本音がダダ漏れだ」
ヨシュアの言葉に、ジークフリードが呆れたような声を出した。
「で、どうした?」
ヨシュアには、十年前の事件についてもう一度詳しく調べさせていた。
特にユリアナの周辺や、パメラの兄が配合していたという魅了の薬の原液の出所について。
「あー、ちょっと、お嬢ちゃん、先輩を借りるッスね」
そう言ってヨシュアは、ジークフリードをセレスに声が聞こえない程度の場所に連れて行った。
「先輩、ユリアナ様が倒れました」
「何だと? 容態は?」
「命に別状はないッス。でも、一度、王都に戻ってほしいッス。病気なのか、それとも毒物によるものなのか、アル殿下が調査を命じたッスけど、さすがにこの状況で国王陛下がいないのはマズイッス」
二人の実状を知っている者たちが何とか国王の不在を誤魔化しているが、さすがに王妃が倒れたのに国王が出て来ないのは、何も知らない者たちに不信を抱かせてしまう。
「分かった」
「馬は用意してもらってるッス。お嬢ちゃんのことは、ヒルダ様に任せるッスよ」
「そうだな」
アルブレヒトも実の母が倒れたのだ。多少は動揺しているだろう。
ジークフリードはまだ国王で、この国に対する責任がある。
いくら聖女と一緒にいたくても、優先すべきことは分かっている。
「すぐに帰るぞ」
「はいッス」
ジークフリードはセレスの元に戻ると、彼女の頬にそっと手を当てた。
「すまない。急用が出来て、王都に戻らなくてはいけなくなった」
「……ヨシュアさんが急いで来た用事ですから、早く王都に戻ってあげてください。きっとジークさんにしか、解決出来ないんでしょう?」
「あぁ、セレスはもう少し、ここにいてくれ」
「はい」
むしろ王都にセレスがいなくて良かった。
もしいたら、何に巻き込まれるのか分かったものではない。
「お嬢様、こちらにもオースティ様から連絡が来ました」
いつの間にかヒルダまで来ていた。
ヒルダの姿を見たヨシュアがちょっと怯んでいたが、ヒルダはチラッとヨシュアを見ただけで、特に何も言わなかった。
「お父様は何て?」
「しばらくこの町に滞在して、王都に戻って来ることのないように、とのことでございます」
ヨシュアの慌てぶりや父からの連絡、それにジークフリードが急遽戻らなくてはいけないことなどから考えると、相当な事態が王都で起きたようだ。
「お父様たちは大丈夫なの?」
「はい。ただ、少しごたつく可能性があるので、お嬢様には安全な場所にいてほしいそうです」
「そうだな。俺たちの安心のためにも、ここにいてくれ。終わったら、迎えに来るから」
「はい。ジークさんもヨシュアさんも、気を付けてください」
「あぁ」
「お嬢ちゃんはやっぱ優しいッス!」
いつも先輩たちに無茶ぶりをされているヨシュアは、セレスが声をかけただけで喜んだ。
「ヒルダ、後は頼むぞ」
「はい」
ジークフリードがセレスを見ると、セレスはにこりと微笑んだ。
名残惜しいが、すぐに出発をしなければならない。
ゆっくり来た行きとは違って、夜通し走る覚悟も必要だ。
「途中で馬の替えと休憩が出来るように手配いたしました。気を付けてお戻りください」
「すまない」
ジークフリードとヨシュアは、馬がいる場所まで急いだ。
「ユリアナが倒れた時の状況は?」
「庭に散歩に出て、急に倒れたそうッス。原因は不明。王宮の医者や薬師たちがユリアナ様のことを診ているッス」
「王宮内の対処は?」
「後宮の出入りを一時的に封鎖したッス。表はさすがに無理でしたけど、後宮なら何とかなったッスよ」
「毒を盛られた可能性もあるのか。だが、もし犯人がいたとしても、とっくの昔に逃げ出しているだろうな」
「そうッスね。毒を盛ってすぐに逃げ出してるッス。ユリアナ様が倒れたら何かしらの動きがあるッスから、それで成功したかどうかは推測出来るッス。ユリアナ様も意識ははっきりしているので、毒だとしても弱いものッスね」
「ルークは?」
「青ざめた顔をしてたッス。さすがにルーク殿下が味方のはずのユリアナ様に何かすることはないと思うッスけど……」
「聖女が絡めば、王家の男がどういう行動を取るのかは分からない。実の息子とはいえ、ルークがどう動くかなんてユリアナにも分からないだろう」
「先輩を見てると、本当にそう思うッス」
学生時代からずっと傍にいるが、セレスに出会ってからのジークフリードの行動は、ヨシュアが知っているジークフリードとは全く違っている。
たまに、本物のジークフリード先輩ッスか? と疑っているくらいだ。
「急ぐぞ」
「はい」
すっかり国王の顔に戻ったジークフリードと共に、ヨシュアはクレドを後にした。