次女と薬草園①
読んでいただいてありがとうございます。コミックの方もよろしくお願いします。
トーイの薬草園は、山の手前に広がる森の中にあったらしい。
けれど、そこにたどり着くには、海岸沿いから入って行く道しかなく、今は使われていないので荒れ放題になっている可能性があるとのことだった。
「洞窟ですか?」
「あぁ、この先にある洞窟を通るそうだ。彼の薬草園は洞窟の先にある天井の抜けた空が見える場所にあるから、獣に食い荒らされることなく薬草が残っている可能性がある」
「彼の薬の記録が残っていないか調べてみたのですが、記録されている限りでは、彼の薬は上級の物ばかりでした」
一般的な薬の記録はそこまで残らないが、トーイが作った薬の中でも珍しい薬や特注の薬の記録が残っていた。それらの薬は作り方が難しく、並の薬師では上級まではいかない。それだけでもトーイの腕前と彼が育てていた薬草の品質の高さがうかがい知れた。
「ギルドの記録ではそれほど珍しい薬草はありませんでしたが、ひょっとすると何か貴重な薬草が残っているかもしれませんね」
セレス的には、ぜひ残っていてほしいところだ。
セレスとジークフリードは、海岸沿いを歩いてその洞窟に向かっていた。
途中、海沿いにしか生えない珍しい薬草を見つけてはセレスが採取するので多少時間はかかったが、人があまり来なそうな場所にひっそりと開いている洞窟の入り口を発見した。
「どうですか?」
ジークフリードが先に中を覗き込むと、入り口近くは多少、土が溜まっているが崩れている様子はなかった。
というか、小さな足跡が複数あったので、おそらくこの近くに住んでいる子供が出入りしているようだった。
子供の遊び場として活用されている場所なら、奥が崩れていることもなさそうだ。
それに洞窟と言っても光苔が生えているので、中はそれなりに明るい。
「大丈夫そうだ。子供も遊んでいるようだしな」
「子供?姿は見えませんが、奥の薬草園まで行ってるんでしょうか?」
「いや、声も聞こえないし気配も感じないから、今はいないんじゃないかな。子供の頃って、自分たちだけの秘密の場所に憧れるだろう?多分、そんな感じで使ってるんじゃないかな?」
「……あー、はい、何となく分かります」
セレスもその気持ちは理解出来たので、くすりと笑った。
「秘密の場所なら、案外、綺麗にしていそうだな」
「薬草園も荒らさないですよね」
「テントくらいは建てているかもしれん」
そんな風に話しながら洞窟を歩いてしばらく行くと、天井が抜けている大きな広場に出た。
周囲を丸く壁に囲まれた場所だが、明るい日の光が差し込んでいる。
「うわー、すごい場所ですね」
「あぁ」
雑草も生えてはいるが、セレスが見える範囲でも薬草が種類毎に生えているので、ここが薬草園だったということが分かった。
「うーん、あの辺の薬草は傷用ですね。こっちは胃薬かな。でも、珍しくはないです」
「そうか。……セレス、あそこ」
ジークフリードが指した方向を見ると、小さな小屋らしき物が建っていた。
「古い建物だ。さすがに子供たちが建てた物じゃないだろう」
「そうですね、ちょっと歪んでいるので、危ないかも」
「行ってみよう。出来れば、中を確認したい」
「はい」
小屋に向かって道らしきものもある。雑草を踏みながら近づくと、多少朽ちている部分はあるが、まだ支柱などはしっかりしていた。
「開けるぞ」
扉を開くと、一部屋だけの小さな室内には机とイスが置いてあり、机の上には薬師が使うすり鉢や薬を入れるために瓶が残っていた。
「ずっと放置されてたようだな」
「はい」
「俺が入るから、セレスは外にいろ」
扉を開けたままジークフリードが中に入ると、床がギシリと音を立てた。
「抜けそうだ。セレス、念のために小屋から少し離れていろ」
下は地面なので別に床が抜けるくらいなら問題ないが、その衝撃で小屋が壊れる可能性もある。
ジークフリードは小屋の中を慎重に歩いて確認してみたが、貴重な物は何も残っていなそうだった。
「……ふーん……」
中には残っていない、けれど、ジークフリードは床のきしむ音の違いが気になった。
一箇所だけ、少々音が違う。
扉のすぐ横の床に違和感を覚えた。
「大切な物は奥にしまうことが多いからか?」
奥ではなく、扉のすぐ横の床。内側に開く扉なので、ある意味、扉そのものが邪魔になる位置の床を手で探ると、床の一部がスライドするようになっていた。
そこにあったのは、一冊の本。
箱に入れられ厳重に保管されていたその本は、防腐もしっかり施されていたので、それほど傷んでいない。
少しだけ中を確認すると、薬草について細かく書いてあった。
「薬師の残した本か」
「ジークさん、その本は……」
危ないから下がっていろと言ったのに、近くまで来て外から中を覗き込んでいるセレスの瞳が輝きを増していた。
「……薬草の本だな」
「見たいです!」
「だろうな」
息を一つ吐いて、ジークフリードは諦めた。