パメラとヨシュア③
緊張した面持ちで待っていると、青色の服を着たパメラがカフェの中に入ってきた。その顔がヨシュアを見つけると、僅かに綻んで少しだけ口角が上がった。
……こんなに綺麗な女性だったっけ?
昔を知っているからそのままのイメージを持っていたヨシュアは、パメラの女性らしい姿にドキリとした。
真正面から彼女を見れば、十年前の面影を残しつつも大人の色気を滲ませている女性に成長していることに気が付いた。
それに比べて自分はどうだろう。
十年前と何一つ変わっていない。
相変わらず先輩の使いっ走りをしながら、親友をからかって。
ふらふらとあちらこちらへと行って意味ありげな言葉で誘っては、情報だけを抜き取って。
王国の影に属する者としては正しいのだろうが、パメラにはそんな自分がどう見えているのだろう。
「ヨシュア?」
訝しげな声でヨシュアを見るパメラが、何故だかとても眩しく見えた。
「……パメラ」
「どうしたの?ぼーっとして」
「あ、いや、ごめん。ちょっと、その……」
「無理して話さなくてもいいわよ」
苦笑するその顔は、案外昔のままで。
今とのギャップに戸惑ってしまう。
「それで、十年前の何を話せばいいの?」
さっさと席についてケーキと紅茶を注文したパメラに、ヨシュアはもうちょっと何か他の話をしたかったと思いながらも、リヒトから必ず聞いてくるように言われた質問をした。
「まず、十年前、パメラのお兄さんは何を作ってたの?」
「所謂、魅了の香水と呼ばれていたものね。ただし、兄がしていたのは調合だけ。原液はどこかから運ばれてきていたから、そっちは知らない」
「リリーベル・ソレイユの姿は家で見たんだよね?」
「原液を持ってきていたのが、彼女だったから」
ケーキと紅茶が運ばれてきたので、パメラは遠慮なく食べ始めた。
「その時、他に何か話していたことは?」
「えーっと、他にも関わっている人がいるっていうのは聞いたけど、具体的な話はしていなかったわね」
「他には?」
「最近、思い出したんだけど、子供を見たことがあるのよね。それが、セレスちゃんの姉に似ていたわ」
「は?お嬢ちゃんの姉って、あの問題児っていう?」
「そう、ソニア嬢。でもねぇ。アレをソニア嬢と呼んでいいのかどうか……。陛下でもヨシュアでもいいけど、一度、ソニア・ウィンダリア嬢に接触することをお薦めするわ」
「ソニア嬢に何があるって言うんだ?」
「さぁ?私では分からないから、そっちで接触して判断してちょうだい、っていうこと。そもそも、セレスちゃんがいないことにされている時点でおかしいじゃない。それを仕掛けたのは誰?月の女神様?だとしても、地上に女神様の意を汲む人間がいなければ成立しないと思うのよね。セレスちゃんの周りに神官なんかいないし、使用人はセレスちゃん贔屓、両親はアレ。なら他に誰がセレスちゃんの一番近くにいたの?」
ケーキをパクパク食べながら、何でもないことのようにパメラは淡々とそう言った。
「それは……」
「あのね、貴方たちは近すぎるのよ。近すぎて、『ウィンダリアの雪月花』と王族の今までの関係や伝説に囚われすぎている。雪月花だから、王族だから、で済ませても限界があるわよ」
言われてみればその通りだ。
雪月花だから何でもありだと思ってしまっていた。
王族が関わるから、無意識に避けていた。
「パメラ、分かった。一度、こっちでソニア嬢に接触する」
「そうね。そうしなさい。で、もう質問は終わり?」
いつの間にかケーキを食べ終えたパメラが、満足そうな顔をしていた。
終わったのなら、さっさと帰りたい、全身でそう言われている気がする。
「……この十年、どうしてたの?」
「貴方が知っている通りよ」
「パメラ自身の口から聞きたいんだ」
「ふーん……そうねぇ、花街に売られた最初の頃は、勉強が大変だったわね。じーさまたちはなかなか厳しいのよ。まぁ、私たちが生き残るための授業だったから、こっちも必死だったけど。十年花街にいて、いろんな人を見てきたわ。ここでのし上がるんだという人もいれば、借金を返して出て行った人もいる。一度、外に出ても戻ってきちゃう人も…………ずっと愛しい人を待っている人も。全員、何かしらを背負って生きてるわ。私たちが出来るのは、彼女たちの手伝いだけ」
「パメラは?その、好きな人とか」
「私?いないわよ。どうもその辺の感情が抜け落ちてるみたいでね。友情とか家族的なものはいいけど、それ以外の感情は湧かないのよねぇ」
店の子たちは家族だし、ユーフェミアは友人。他にも知り合いはいるが、恋愛的な要素は持てそうにない。
「貴方も、上がそろそろ片付きそうなら、自分のことも考えなさいよ」
「ッ!パメラ!俺は……!」
「弟みたいに思ってるんだから、せめて貴方だけは幸せになってほしいわね」
オトウト……おとうと……弟。
まず男性として認識してもらえていないことに、何故かガックリ来たのだった。