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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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【番外編】幼き願い

読んでいただいてありがとうございます。

 薬草のティターニア公爵家。

 王国が出来た初期から国と王家を支え、女神の娘との縁から多くの薬草が生える領地を持つ公爵家。

 その当主であるサキト・ティターニアは、息子二人に将来何をしたいのかを聞いた。

 一人はフリフリの服、まぁぶっちゃけると女性のドレスを着ているのでたまに本当に息子なのか疑う時もあるが、生まれた時から性別は変わっていないはずだ。

 上の子供は来年から学園に入学する。その一つ下の息子も来年には学園で学ぶ。

 どれだけ学生のうちは皆平等だと謳っていようが、学園は小さな社交場の一つでもある。

 公爵子息である息子たちは、それなりの立場に立たされる。

 それは幼かろうが関係ない。

 

「私は大叔父様に薬を習いたいわ」

「ふむ。叔父上の弟子になるということか?」

「弟子じゃないと教えてもらえないのかしら?」

「叔父上は薬師ギルドの長だ。部外者に薬について教えるわけにはいかない。知りたければ叔父上の弟子になるしかない。叔父上が認めるかどうかはともかく、アヤトは薬師になるつもりがあるのだな?」

「えぇ。薬草のティターニア公爵家の人間が薬に詳しくないわけにはいかないもの。私かリヒト、どちらかが薬に詳しくないと。だから、私が薬師になるわ」


 確かに昔からこのフリフリドレス姿の息子は、薬師ギルドの長をしている叔父に懐いていた。

 父の一番下の弟である叔父は一族でも少々変わり者として知られているが、ティターニア公爵家にはだいたいこの手の変わり者と言われる人間が一世代に一人はいる。

 サキトの叔父で現薬師ギルドの長は、父の末の弟で幼い頃から薬関係にしか興味を示さず、気が付くと薬草取りに出かけているような人物だ。

 兄姉たちはこの末の弟が可愛くてしかたなかったらしく、弟の望むままに珍しい薬草を取り寄せたり領内に多くの薬草園を作ったりした。結果的に薬草のティターニアの名はさらに高まったが、彼らにとって弟の喜ぶ顔が何よりの褒美だったそうだ。

 

「では、リヒトは?」


 次男はサキトによく似ている。

 サキトの昔を知る者に言わせると、幼い頃のサキトに色々とそっくりなのだそうだ。

 密かに、将来は苦労するだろうな、と思っているのだが、今のところ兄が上手く弟の相手をしてくれている。


「ぼくは……お父様、ぼくはエルローズと結婚したいです」


 次男が真剣な顔でとんでもないことを言った。

 エルローズと結婚したい?

 ……このリヒトが?


「……それは……エルローズでなければいけないのか?」


 エルローズはサキトの親友であるエイベル・オルドラン公爵の娘だ。

 エイベルは彼女のことを可愛がっているが、あれは父親の範疇だから問題はない。

 問題なのは、彼女の兄だ。


「いけませんか?お父様。ぼくはエルローズが好きなんです」

「ふむ。リヒト、結婚するにはまずエルローズに自分の気持ちを伝えなければいけない。リヒトはエルローズに好きだと伝えたのか?」

「……それは……」


 エルローズに告白したのかどうか聞いたら、リヒトが何事かを小さな声でもごもごと言ったが、サキトには全く聞き取れなかった


「……だめよ、お父様。この子ってば、ローズの前に出ると途端に何もしゃべれなくなるのよ。ローズが何か言っても、うん、とか、そう、とかしか言わないし、会話なんて出来ないわよ」


 アヤトが呆れた口調でそう言うと、リヒトは否定出来ずにうつむいた。


「……はぁ、やはりそうなのか……」


 サキトにもとても覚えのある状態だ。

 妻に告白する前のサキトはずっとそんな感じで、エイベルに呆れられたものだ。

 意を決してエイベルに笑顔と会話の仕方の教えを請うたら、後で妻に、誰に習ったのよ、と何故かサキトが怒られた。

 それに何より、エルローズには兄が憑いている。そう、常に背後に憑いているのだ。


「リヒト、いいか、エルローズにはシスコンの兄が憑いて……兄が一緒にいることが多い。オースティに認められたいのなら、最低でもこのティターニア公爵家の当主の座が必要だ。アヤト、お前が叔父上の弟子になるのなら、自動的に将来は薬師ギルドの長になるだろう。そうなると、このティターニア公爵家はリヒトが継ぐことになる。だが、兄がいなくなったから弟が継いだ、だけではオースティはお前のことを認めてくれないだろう。兄から簒奪したくらいの勢いがなければ、所詮当主の座がまわってきただけの人間と見なされる」

「まって、お父様。私、薬師ギルドの長になるの?」


 さらっと将来は薬師ギルドの長になることが確定していることを告げられたアヤトが、父の話の途中だったが、思わず聞いてしまった。


「そうだ、知らなかったのか?薬師ギルドの長は代々、長の弟子の中で貴族籍を持つ者が受け継いでいる。実家の爵位が低ければうちで後見することもあるが、叔父上もお前もそういう意味では問題ない。薬は人の生死に関わることが多い。それゆえ、どこかの貴族の思惑だけで薬師ギルドが動かないように、対抗出来る者を長にするんだ。うちは領内に多くの薬草を抱えているから、今更薬師ギルドをどうこうするということはない。だからうちが、薬師ギルドの後見をしているんだ」


 その気になれば自領だけで何とかなってしまうティターニア公爵家だからこそ、薬師ギルドの後見をしているのだ。

 そして、一応、表向きは中立を謳う薬師ギルドの長の座に、爵位持ちは就けないことは、昔からのしきたりだ。


「えー、それはかなり嫌かも。でも、薬師にはなりたいし……大叔父上以外の人に弟子入りするか?もっとだめじゃない。知識量とかは大叔父上が一番よね。……決めたわ。私、やっぱり大叔父上の弟子になる。薬師ギルドの長でも何でもするわよ。だからリヒト、あなたがティターニア公爵家を継ぎなさい。もちろん、実力が伴っていないとだめよ」

「はい。エルローズのためなら、絶対に何とかします」


 下の息子があまりに不憫になってきた。

 似るのは顔だけでよかったのに。

 どうして行動まで似るのかな?

 妻と目があっただけで金縛りにあったように身体が動かない日々を過ごしたことのあるサキトは、もう少し大人になったら何とかならないだろうか、このままだと嫌われていると勘違いするかもしれない、と次男の様子を心配していたのだった。

 数年後、サキトの心配は現実となり、エルローズが知らない間にうっかり別の人間に嫁ぎそうになったり、リヒトがいつまで経ってもエルローズとまともに会話が出来ないことが発覚したのだった。



 

 

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