次女と岩の神殿③
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岩の神殿はクレドの中心部からは離れた場所にあった。
海に面した場所にある大きな岩の中は綺麗に整えられていて、原色を多用した美しい絵が壁一面に描かれていた。
入ってすぐの右側の面には山に住む生き物や植物の絵が描かれていて、左側に海に住む生き物や海底神殿の絵などが描かれていた。
「山の神様と海の神様の主張がすごいです」
「そうだな。まぁ、両者の融合を目指したというところだろう」
たとえ山の神がこの神殿を手放すのが不本意で自分の物だと主張していようが、海の神が得意気にこの神殿は自分の物だと主張していようが、ただの人にはどうしようもないので、どちらの神にも祈るしか出来ない。
実際、参拝者の中には山で採れる恵みを奉納している者もいるので、この神殿が純粋な海の神の神殿かと言われると少し違う気がする。
「山の神も海の神も雄々しい男神だ。似た者同士、わかり合える部分もあれば同族嫌悪な部分もあるんだろう」
「力比べとかしていそうですよね」
「神話にそんなような話があるな」
神話の中では、神々といえど人と同じようなことをしていることが多い。
感情豊かで時に優しく、時に畏怖される存在である神々。
セレスの母である月の女神は人に寄り添うことが多いためか、優しく穏やかな女神に救いを求める者は多い。
逆に太陽神は武の象徴のような神なので、騎士たちからの信仰が厚い。
「あちらの奥に薬草園があるそうだ。行ってみよう」
「はい」
神殿の中央に置かれた海の神の像に祈りを捧げた後、二人は奥の扉から外へと出た。
薬草園などは一般人は立ち入り禁止だが、薬師ギルドに所属していれば入れる。
管理している神官にセレスが身分証を見せるとすぐに入らせてくれた。
「すごく綺麗です」
種類毎に区分けされて栽培されている薬草は、一目見てどこに何があるかちゃんと分かる。
セレスが管理しているガーデンなんて先代がそこら中に色々な物を植えたので、未だにどこに何が植えてあるのか全てを把握していない。
常時生えているとか年に一度は生えてくるとかなら分かるのだが、二年に一度しか生えないとかいう薬草もあるので、怖くて手が付けられていないのが実状だ。
アヤトが何となくの分布図をくれたが、当てにしないように、と言われた。
その点、ここの薬草園は生えている場所の前にちゃんとプレートで名前も書いてあるし、管理している神官が場所を全て把握している。
理想的な薬草園だ。
「すばらしいです」
感動してきらきらした目で薬草園を見ていると、老神官が笑っていた。
「あ、すみません」
「いえいえ、そんな風に喜んでいただけると、長年管理してきたかいがあるというものです。ようこそいらっしゃいました、女神の娘たる御方」
孫を見るような眼差しでセレスを見ていた老神官は、丁寧に頭を下げた。
もう髪を染めていないし、ここは姉に縁のある場所だからばれているだろうなと思ってはいた。きっと外にいた神官たちはセレスに気付いてもそっとしておいてくれたのだろう。
この薬草園なら人目に付かない。
「……セレスティーナ・オルドランです」
「セレスティーナ様、ここにある薬草は、かつてナーシェル様が育ててほしいとおっしゃっていたものばかりです。ナーシェル様は、これらの薬草がいつか必要になる日が来るから絶やすことなく育ててほしいと依頼したそうです。セレスティーナ様、薬草は好きなだけお持ちください」
「はい。ありがとうございます。あの、ナーシェルお姉様はご自分で薬を作られていたのでしょうか?」
「いいえ。ナーシェル様は、これらの薬草は妹たちのために必要な物だとおっしゃっていたようですよ」
「そうですか」
神官の話を聞きながら、ジークフリードは少しおかしいなと感じた。
「……どういうことだ?」
ナーシェルの妹は二人。亡きアリスと目の前にいるセレス。
神官は、ナーシェルが妹たちのために必要な物だと言ったと言っていたが、ジークフリードが聞いた限りだとアリスは薬を作っていない。薬師として薬を作っているのはセレスだけだ。
けれど、ナーシェルは『妹たち』と言った。
誤って伝わっているのか、ジークフリードが知らないだけでアリスがここの薬草を必要としたのか。
それとも、もう一人、妹がいるのか。
いや、もう一人妹がいたとしたら、それが誰にも知られていなかったとは考えにくい。
まして、ここの薬草を使ったのなら、少なくともここの神官にはその存在がばれる。
「ナーシェル嬢以降、ここに来た雪月花はセレスだけか?」
「はい。ナーシェル様との約束を守り、ここの薬草園の手入れをしていてよかったと思っています。雪月花様をこの目で見ることが出来るなんて、思ってもいませんでしたから」
にこにこと笑う神官が嘘をついているようには見えなかった。