次女と岩の神殿①
読んでいただいてありがとうございます。
「それで、どちらから行く?」
「岩の神殿がいいです。お母様から、午前の日が差す時間がいいと教えてもらいました。岩の神殿は文字通り大きな岩をくり抜いて造られた神殿なので、自然光を取り入れるように設計されているそうです。午前中の光が最も多く入るので、とても綺麗なのだそうですよ」
クリスティーンはいつも午前中に祈りに行って、父との喧嘩で荒んだ心を落ち着けていた、と言っていた。
母の心が落ち着いた頃を見計らって父が謝りに来ていたそうだが、それまでの間は自由にこの街で過ごしていたそうだ。
ナーシェルの時代から、この街は比較的安全な街なのだ。
「岩の神殿か」
ジークフリードが街の地図を開いて場所を確認すると、神殿は海沿いにあった。
「岩という名称がつきながら、海の神を祀っているのか。面白いな」
大地の神ではなくて、海の神を祀っているのは海沿いの街ならではだ。
「海沿いに面した岩に造られているんですよ。お母様から聞いた話によると、昔、岩の神殿には山の神様が祀られていたそうですが、山の神様が海の神様の大切な宝物を盗んで壊してしまったそうです。それを聞いた夜の神様が、罰として岩の神殿を山の神様から取り上げて海の神様に渡したそうです。それ以来、岩の神殿は海の神様を祀っているそうです」
「……まぁ、何とも神様らしい話だな。だいたいどの神話でも夜の神が仲裁に入って事を治めている」
「一番、苦労なさってそうですよね」
わがままで身勝手な神様たちを纏めているのはきっと夜の神様だ。
セレスの頭の中で、黒髪黒目の夜の神が疲れたようにため息を吐いた。
面倒見が良さそうな気がする。
「元々が山の神様の神殿だったせいか、神殿の周りには本来山にしか生えていない薬草が生えているそうです。海風にさらされているからか微妙に山の薬草とは成分が違うと師匠に聞いたので、ぜひ持って帰りたいです」
「嫌とは言わないだろうさ。それこそ文句があるのならオースティにどうぞ、と言えばいい」
「すっごく嫌な脅しです……」
「そうだな」
ジークフリードも自分で言っておいて何だが、その脅しが一番嫌だ。
オースティに文句を言いに行くくらいなら、『ウィンダリアの雪月花』が薬草を摘むことくらい黙認する。
「じゃあ、行こうか。歩きでいいか?」
「もちろんです。街中を見たいですし、歩くのは得意です」
「公爵令嬢になって、足腰がなまってないか?」
「大丈夫です。散歩は毎日していましたから。それに調合している間は立ちっぱなしですし」
「公爵家に調合室を造るなんて、本当にオースティはセレスを溺愛してるんだな」
「ふふ、お母様が、お父様は娘に激甘だと呆れていらっしゃいました。でもラウに、お母様も娘に激甘だと言われていましたよ」
「家族揃って激甘な気がするよ」
ジークフリードが差し出した手にセレスは自分の手を重ねた。
この手の温もりを今は感じていたい。
そんな風に思ってそっと微笑んだ。