次女と隠されていた本②
あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
トーイ・フージ、例の薬の本を書いた人物は、かつてクレド近くに住んでいたこれといって特徴のないごく普通の男爵だった。
表向きは。
彼がこの地に来る前に仕えていたのは、当時の王妃の生家だったとある侯爵家だった。
そこで彼は当時の雪月花と出会い、彼女から密かに特別な使命を与えられてこの地にやってきた。
彼に与えられた使命は、侯爵家の地を離れ、密かにトーイの持つ薬の知識を本にして残しておくこと。
「リィンお姉様……」
セレスは誰もいない図書館の中で、何度も手紙を読み返していた。
トーイの手紙には、雪月花から聞かされたという未来の話も書かれていた。
その話は、当時の王も知らない。
雪月花はトーイにだけ伝え、彼の命を助けるのと引き換えにその知識を残すように言ったのだそうだ。
きっとリィン以降の姉たちは知っていたはずだ。
けれどその未来の話はどの王にも伝えられず、トーイが残した本のことも姉たちは誰にも何も言わなかった。
だからこそ、今セレスの手元に来たのだ。
「……よかった。ここでは、静かに生きられたのですね」
歴史書には表向きのことしか書かれていなかった。
トーイ・フージという男爵についても、この地で最後まで過ごして亡くなったとだけ書かれていた。
少なくとも晩年の彼は、歴史書に載るような事件に巻き込まれることもなく穏やかに過ごせていたようだ。
セレスは一度、大きく息を吸うと席を立った。
「ありがとうございました、トーイさん」
読み終えた本を全て元の場所に戻すと、セレスは図書館の外へ出た。
外ではヒルダとジークフリードが待っていてくれた。
「セレス、もういいのか?」
「はい。ありがとうございます。少しこの辺の薬屋を回りたいのですが、いいですか?」
「あぁ、それはもちろんかまわない」
ジークフリードはセレスと話しながらも、セレスの雰囲気がさらに変わったことに戸惑っていた。
図書館に入る前より、今の方が大人びたような感じを受ける。
今までは未熟な少女という雰囲気だったのに、大人の女性へと変貌しようとしている気がする。
「ジークさん?」
「……いや、何でもない」
やはりどこかおかしい。
何となく避けられているような感じと、急激に大人の女性へと変わろうとしているこの感じ。
それについてセレスは何も言わない。
クレドに着いた時はいつも通りだった。原因があるとすれば例の薬の本くらいだが、ジークフリードが見た限り、本当に薬関連のことしか書いていなかった。
セレスが変わるきっかけになるとは思えない。
「ジークさん、私、ここに来られて本当によかったと思っています」
それはきっと本心なのだろう。クレドに来たことで、セレスの中で何かが変わった。
それが良いか悪いかはともかく、セレスはクレドで得るものがあった。
「そうか、よかったな」
ジークフリードは、何事もなかったかのように微笑んでそう言った。
セレスは『ウィンダリアの雪月花』だ。それを忘れてはいけない。
雪月花を守るための不文律を決して破ってはいけない。
ましてジークフリードは国王だ。
かつての国王のように、雪月花を縛るようなことをしてはいけない。
けれど、セレスの全てを知りたいと思ってしまうのもまた事実だ。
自分はセレスに全てを打ち明けていないのに、彼女のことだけは知りたいなんて傲慢でしかない。
ジークフリードはセレスに手を差し伸べた。
「行こうか」
「……はい……」
戸惑いながらも重ねられたその手を離したくなくて、ジークフリードは少しだけ強くセレスの手を握ったのだった。