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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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四巻発売記念SS 初雪

読んでいただいてありがとうございます。四巻はけっこう甘々に仕上げたつもりですので、よろしくお願いします。

 ~ジークフリード&セレス~


 肌を刺す冬特有の冷たく澄んだ風に、セレスは小さく身震いした。


「んー、そろそろ雪が降るかなぁ」


 空を見ると、毎年この時期になると現れる雪雲が都市全体を覆っていた。


「そうだな。いつ雪が降ってきてもおかしくないな」


 セレスにつられたように、隣のジークフリードも空を見た。

 生まれも育ちも王都の二人がそう思ったのだ。ここで生きる誰もがもうすぐ雪が降り出すことを確信しているだろう。


「買い出しは多めにした方がいいな。下手をしたら、明日は一日中雪が降って外に出られないぞ」

「そうですね。お店も開いてないかもしれませんし」


 雪が降っている日だと出歩く人も少ないので、商店によっては諦めて店を閉めているところもある。

 薬師ギルドは平常運転だが、雪が降るとめんどくさがって家に帰らずにそのままギルドに泊まり込む者が多いので、逆に薬師不足に悩まなくて済む。


「夕飯は、シチューにしましょう」


 最初のうちは全く料理の出来なかったセレスだが、煮込み料理は、決められた分量を計ってごりごり混ぜ合わせて薬にするか、ことこと煮込むかの違いだと気付いたので、料理長のレシピ通りの調味料と食材を使えば何とか作れるようになった。

 レシピ通りなので、味に関しても問題はない。

 料理長もセレスのレベルに合わせて、ご家庭の味のレシピにしてくれたので、必要な物は全て普通の店で手に入る物ばかりだ。


「そうだな。うん、シチューなら問題ないな」


 うんうんと頷くジークフリードは、たまにセレスの思い付きの料理の試食に付き合わされている被害者その二だった。その一(実の弟)は、最近ジークフリードに、姉様の新しい料理を一番最初に食べられるなんて幸せですね、と押しつけて逃げることを覚えた。

 おそらく、姉を取られたちょっとした仕返しも混じっているとジークフリードは思っていた。


「……新しい料理でもいいんですが」

「いや、料理長のレシピに忠実なシチューがいいな」

「はぁーい」


 一応、作った張本人としてセレスも一緒に試食するのだが、なかなか上手くいかない。

 セレスの微妙な説明だけで異世界の料理を再現してくれる料理長の腕に、セレスはいつも感謝をしていた。


「お、そんなことを言っていたら、やっぱり雪が降ってきたな」

「わぁー、本当ですね」


 白い雪が空から降って、本格的な冬の季節の始まりを告げた。


「積もるかな」

「そうだな。明日の朝は、雪景色になるな」

「温泉!雪を見ながら温泉に入りたいです」

「なら、本格的に雪が積もる前にハーヴェに行くか?あそこなら、よほどの吹雪にならん限り辻馬車も出るだろう」


 初雪は、せいぜい二、三日で止む。だんだんと雪の季節にはなるが、まだ移動が困難になるほどではない。


「あそこって、雪は積もりますか?」

「王都よりは少ないかもしれんが、多少は積もるはずだ。手紙で状況を聞いてみるか」


 手紙を出す相手は、いつもの高級宿の支配人だ。きっと丁寧にあちらの積雪状況を教えてくれるだろう。


「さて、急ぐか」

「はい」


 こちらを見るジークフリードの首には、黒いマフラーが巻かれている。

 それは、つい先日、セレスが贈ったものだ。

 ジークフリードはいつも黒い服を好んで着ているので、浮かないように黒色の毛糸で編んだセレスの手編みマフラーだった。

 以前、ディーンがセレスの手編みマフラーについてジークフリードに自慢したところ、ジークフリードが笑顔でセレスにおねだりしてきた。セレスもジークフリードに何か贈りたいと思っていたので、喜んでマフラーを編むと約束した。

 ようやく出来上がったそのマフラーが、雪が降るまでに間に合ってよかった。


「どうした?」

「いえ、何でもありません」


 ジークフリードがマフラーを使ってくれていることは、素直に嬉しい。

 ただ、全身黒ずくめのジークフリードは、ちょっと暗殺者っぽい感じが出ている気がする。

 本人は影に隠れてバッサリよりも、真正面からバッサリ派だが。


「早く買い物をして、家に帰ろう」

「はい。帰りましょう」


 帰ろう、家に。

 冷たい外とは違って、温かな火が灯る家へ。

 ジークフリードがガーデンを家と言ってくれたのが何か嬉しくて、セレスは弾むように返事をしたのだった。



 ~アヤト&ユーフェミア~


 暖炉の炎って何か綺麗よね。

 夕食後、パチリと音を立てる暖炉の前に置かれたソファーで本を読んでいたのだが、肩にかかる重みが増してきたので、そろそろ膝枕に移行した方がいいのかしら、と思ってチラリと重みの方を見た。

 ユーフェミアにもたれかかるようにしてアヤトは眠っていた。その手には読みかけの本があるのだが、そろそろ下に落ちそうだ。

 時間も時間だし、本格的にここで寝てしまう前に起こしてベッドに行ってもらった方がいいのは分かっているのだが、寝落ちしたアヤトが気持ちよさそうなので何となく起こせずにいた。

 寒さで風邪を引く人間が多いらしく、薬師ギルドはただ今フル回転で薬を作っている。

 アヤトも長としての業務の他に薬も作っていて、昨日まではあまり寝ていないと言っていたので、この時間を壊すのが憚られた。

 ユーフェミアは、今では当たり前のようにこの屋敷で寝起きしている。

 最初は遠慮したのだが、毎日、迎えが来て、アヤトがいなくても当たり前のように送迎してくれるので、断るのも馬鹿らしくなり流されるままにこの屋敷に住んでいた。

 それに、家主が堂々と店まで迎えに来ることもあるので、店の人間や客にはすでに見慣れた光景となっていた。

 店で寝起きしていた頃は休みなく働いていたが、今は任せられる人間も育ってきたので、ユーフェミアは自分の時間というものが出来て、読書などを楽しんでいた。


「ん……」


 ユーフェミアがアヤトの頭を撫でようしたら、アヤトがうっすらと目を開けた。


「ユーフェ?」

「ここで寝たら、風邪引くわよ」

「え?あ、ごめん」


 自分がいつの間にかユーフェミアにもたれかかって寝ていた事実に気が付き、あわてて身体を離した。


「重たかったでしょ?どけてくれてもよかったんだけど」

「すごく気持ちよさそうに寝ていたから、起こすのがもったいなくて」


 起きた拍子に床に落とした本を拾って本棚に戻しながら、アヤトはカーテンの隙間から外を覗いた。

 夜の闇の中で白く降る雪が見えた。


「明日は積もるな」

「そうね。でも、寒い日はこうしてくっついていると温かいから好きよ」


 隣に来たユーフェミアが身を寄せてきたので、アヤトは彼女を抱きしめた。


「私も好きだよ」


 そう言って微笑むと、どちらからともなく口づけを交わした。


「雪が積もるから、明日は私もユーフェも一日屋敷内に閉じ込められることになるね」


 別に外に出られなくはないが、出る気はない。

 ギルドの方は、缶詰状態の薬師たちが何とかするだろう。

 寂しい独り身たちは、ギルドで仲間と一緒にいる方が寂しくないらしい。


「……仕方ないわ。天候は、誰にも操れないんだから」


 仕事をさぼる宣言をしたアヤトに、ユーフェミアも微笑んでそう言ったのだった。

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