次女とお姉様の町⑩
読んでいただいてありがとうございます。今月の25日に四巻が発売しますので、よろしくお願いします。書き下ろしでカップルがいちゃついてます。
セレスとジークフリードは、ヒルダと共にナーシェルとヴィクトールの墓の前に立っていた。
「ここがお姉様の……」
セレスにとって、初めて雪月花の姉が実在していたという証拠の場所だった。
アリスに出会ったのは夢の中だけで、ナーシェルのことは話でしか聞いたことがない。
他の姉たちにしてもそうだが、目に見えない痕跡はあっても、こうして墓という目に見える形での痕跡はここが初めてだった。
「ナーシェルお姉様、ヴィクトールお義兄様、セレスティーナです」
持ってきた花束を墓に供えると、セレスはそっと目を瞑った。
地上では離ればなれになってしまったが、今は母女神のもとで他の姉たちと一緒にいる。
けれど、ナーシェルが逝くまでの短い間、共にいることが出来ず、無理矢理引き離されたヴィクトールの嘆きはどれほどのものだったのだろう。
「お義兄様がお姉様から託された花を大切に育ててくれたおかげで、魅了の薬を作ることが出来ました。お義兄様、お姉様、ありがとうございました」
墓に向かって礼を言うセレスを、ジークフリードは後ろから見守っていた。
昔、ナーシェルの話を聞いた時、この場所に来ることが出来るとは思わなかった。
国王が、無理矢理奪った娘。
何をどう思ったのかは当事者たちにしか分からないが、王がこの墓に来ることはさすがに各所の反感を買うだろう。
雪月花たちの墓がこうして残っていること自体が稀なのだ。
彼女たちがどこに埋葬されたのかは、記録に残されていない。
ナーシェルだって、墓はここにあるが、本当の埋葬場所は分からない。
彼女が亡くなった時、国王が密かに埋葬したということしか分かっていない。
アリスの墓なら母である皇太后が知っているとは思うが、そもそもアリスの存在を知ったのがつい最近のことなので、その辺りは聞いたことがない。
「待っていてください。いつか、私もそちらに行きます。その時、たくさんお話をさせてください」
年齢的にはジークフリードの方が先に逝くはずだが、雪月花に関しては寿命がどうなるのかは分からない。過去の雪月花たちの寿命はあまりにも短かった。
今までの雪月花と違うセレスがどれだけ生きられるのか分からないが、出来れば順番通りに逝きたいとジークフリードは願っていた。
セレスはゆっくりと墓を離れると、周囲を見渡した。
ナーシェルとヴィクトールの墓からは、クレドの町が一望出来る。
「もういいのか?」
「はい。ナーシェルお姉様は、ここから離れて王宮に行ったんですね」
「そうだ。記録によると、ナーシェル様は王宮の一番奥にある部屋で過ごされていたそうだ。当時の王は足繁くその部屋に通い、ナーシェル様が亡くなった時も傍にいたそうだ」
「……さっきまで私は、お姉様と離ればなれになってしまったヴィクトールお義兄様の悲しみについて考えていました。けれど、その国王陛下は、どんな気持ちだったのでしょうか?その方もまた、お姉様を想っていらしたのでしょうか?」
「想ってはいただろう。それがどこまでの気持ちなのかは当事者にしか分からないが、連れ帰ったナーシェル様を大事にされていたとは聞いている」
「……そうですか……」
ナーシェルは神の国でヴィクトールと共にいる。つまり、その国王は選ばれなかった。
自分が選ばれないと分かっていてもナーシェルを大切にしてくれた国王。
セレスは、何だか複雑な気持ちになった。
「セレス、あまり気にするな。当時の王は、きっとナーシェル様に少しでも関われて幸せだと思っていたと思うぞ。それに、ナーシェル様の最後の時まで一緒にいることが出来たんだ。選ばれなかった王としては、ましな方だろう」
「……はい。それは、ご本人たちにしか分からない気持ちですね」
「俺たちが好き勝手言っているのを、怒っているかもしれんな。そうじゃない、とか言って」
「私たちが勝手に憶測で物を言ったら失礼ですね。ジークさん、ヒルダさん、お墓まで付き合ってくれて、ありがとうございました」
「セレスのおかげで、最近の俺はけっこう外に出かけられているから、気にするな。ちょっとした旅行気分なんだよ」
国王業が忙しくて、ここ何年かは王都から外に出ることもままならなかった。それどころか、王宮から抜け出すのも一苦労だった。それを考えたら、今の状態は割と自由に動くことが出来ている。
「俺も海は久しぶりに見た。セレス、町に行ってみよう」
「いいですね。海鮮が食べたいです」
ジークフリードの言葉にセレスは明るい笑顔でそう答えた。
ただ、今までのことを考えたらほんの少しだけ、セレスはジークフリードから距離を取っていたのだった。