次女とお姉様の町⑧
読んでいただいてありがとうございます。11月25日に第四巻が発売予定です。加筆しましたが、油断するとすぐに大人組の方がいちゃつき出す……。
ジークフリードとヒルダの目が厳しかったので、セレスは泣く泣く本を一冊だけ寝室に持っていった。
本は例の隠れた薬師が書いたと思われる数字だけの本の二巻だ。
二巻は主に薬の材料やその比率、必要な薬草が手に入らなかった時の代わりになる薬草の研究について書かれていた。
けっこう専門的なことばかりなので、この本を書いた薬師の知識は薬師ギルドの長に匹敵するほどだと思う。
「あ、これ、知らない薬。ふーん、ノクス公爵領の一部地域のみに発生する風土病の薬なんだ。えーっと、空が黄色に染まった時、咳の症状が強くなる?って、黄砂?ノクス公爵領って砂漠とか乾いた大地が近くにあるのかな?」
遠出といってもセレスが行くのは基本的に薬草が豊かに生えている森が多い。ノクス公爵領には一度も行ったことがない。
「行ってみたいけど、お父様たちは反対するよね?」
世間一般のことに疎いセレスでも、四大公爵家のことくらいは知っている。
オルドラン公爵家は、というより、ノクス公爵家が他家を嫌っているのだ。
今の王妃がノクス公爵家出身で、過去にも多くの王妃を輩出しているせいか、どうしても他家を一段下に見る傾向があるのだ。
そのせいか四大公爵家のうち、三家はわりと交流があるが、ノクス公爵家だけはあまり交流がないのだという。
そのノクス公爵領の風土病について書かれているということは、この人物はノクス公爵家、もしくはその配下の家に仕えていた人なのかもしれない。
ある意味、貴重な本だ。
「……あれ?」
夢中になって読み進めていると、本の半ばを少し過ぎた辺りのページに違和感を覚えた。
内容はごく普通の、今の薬師ギルドでも作られている薬のことについて書かれているので、さほど重要なページではない。
ちょっと紙が厚いのだ。
前のページに比べると、厚みが違う。
「んー?」
セレスは慎重にそのページを触った。
「あれ?これ、くっついてる?」
綺麗に二枚の紙がくっつけられている。
だから、手触りが厚かったのだ。
長い年月で紙と紙がくっついた、というより、一枚の紙に見えるようにくっつけられている。
それに、中心部分にさらに何か入っているような厚さを感じる。
「……はさみはどこかなー」
出発前、オースティにこの屋敷にあるものは全て自由にして良いと言われた。
つまり、この本をちょっとだけ切って、この厚くなっている部分の中を確かめるのも自由にしていいという許可があるということだ。
けっこう都合の良いように解釈して、セレスは好奇心の赴くままに紙を剥がした。
ペリペリ、という音と共に剥がしたページの隙間には、白い封筒が入っていた。
これもしっかりと封がしてある。
セレスは迷うことなく封筒を開けた。
中に入っていたのは、この本と同じ筆跡の手紙。
隠れた薬師本人の手紙だった。
「えっと、”この手紙を読んでいる君は、おそらく薬師か植物学者を生業とする人だろう。なぜなら、私はこの手紙を二巻の後半に隠したからだ。よほど中身を確認しながら読み進めなければ、この手紙を隠したページのことには気が付かないだろう。つまり君は、本の中身を分かる職業を生業にしている者だということだ”……まぁ、薬師なので、当たっているといえばそうですね。ただ、隠し方はちょっと雑だった気がする。触れば分かっちゃう。落ちなければよかったのかな?」
確かに二巻からはちょっと専門的なことが書いてある部分が多いので、薬師か植物学者でなければ事細かく読もうなんて思わないだろう。
パラパラめくる程度の興味しかない人間の手に渡っていたら、手紙の存在に気が付くかどうかは微妙な線だ。
”私はとある大貴族の専属の薬師一族に生まれた。幼い頃からその貴族に仕えるのだと言われて生きてきたので、それが私の唯一の生きる道だとずっと思っていた。父と兄は、よくご当主様と一緒にいた。薬物を取り扱う性質上、あまり人との交流はなかったが、それでも不自由はなかった、あの日までは”
そんな書き出しから始まる少々不穏な雰囲気を持つ手紙を、セレスはじっくり読み始めたのだった。