次女とお姉様の町⑦
読んでいただいてありがとうございます。
セレスが表題に数字だけの曰く付きの本の中身を一から順番に読んでいくと、当時の薬草の効能や成育場所などがちょっとしたイラスト付きで書かれたいた。
潜伏生活ではそうそう本を入手することも困難だっただろうから、自分の記憶にあるものか、もしくは実験の結果で得た知識をまとめた本のようだ。
今の薬師ギルドにある本とそう内容に変わりないが、所々違っているのは記憶違いか、研究が進んだ成果といったところか。
前半は一通り薬草の知識について書かれていて、後半は研究の成果や日々の出来事が交ざった日記のようなものだった。
「……あまりおおっぴらには出来なかったようだけど、今でも通じる研究ばかり……すごいけど、そんな才能の持ち主が隠れて生きてたんだよね」
その理由は何なのだろう?これほどの知識を得るためには、薬師ギルドに所属するか王宮の薬師になるしかない。学生レベルの知識ではない。
「セレス、あまり深く考えない方がいいぞ」
「ジークさん」
近くで別の本を読んでいたジークフリードが、セレスが読んでいる本を覗き込みながらそう言った。
「世の中善人だけではない。特に薬師は、今も昔も最前線で病と向き合っているせいか、たまに極端に走る者が現れるんだ。自分の身体で薬を試すだけなら可愛いものだが、昔は罪人を使って薬の実験をした者もいた。それだけならまだしも、小さな村一つ、実験場にした者もいたくらいだ」
「……よく薬師が存続出来ているなと思います」
話を聞くだけでも、薬師そのものがいなくなっていてもおかしくない気がする。
「病を治そうと思ったら、どうしても薬は必要だからな。今は王宮勤め以外の薬師は全てギルドで管理しているが、おそらくこの本を書いた人間が生きていた時代だと、貴族に個人で雇われている野良の薬師もいた。この本は、そういった者の一人か、もしくは何らかの理由でギルドを追放された者が書いたのだろうな」
野良の薬師は、同じ様な立場の師匠から薬師としての知識を叩き込まれ、独立した者が多かった。その分、独自の調合方法を持っていたり毒の製法に詳しかったりと、今のように何でも知っているというよりは、偏った知識を持つ者の方が多かっただろう。
「じゃあ、私たちが知らない薬や調合が書かれている可能性もあるんですね」
「否定はしない。ただ、薬師ギルドがそう言った者たちを取り込む時に、全ての過去を不問にする代わりに全ての知識を差し出すように取り引きをしたはずだ。多少の漏れはあるだろうが、この本の持ち主の知識がどこかで途切れていない限り、薬師ギルドに伝わっているはずだ」
「そうですか……でも、この人は隠れていたんですよね。この人独自の薬ならあるかも……」
兄弟弟子や隠れる前に誰かに伝えた薬などはギルドに回収されたかもしれないが、籠もってからの分なら新しい薬があるかも。
そう考えると、やはりこの本を早急に読みたくなった。
「セレス、ヒルダとの約束は?」
「……善処します」
ただ、ちょっと眠くならなかったり、ちょっと本が面白すぎて止まらなくなるかもしれないだけだ。
「寝室に持ち込むのは、一冊だけだ」
「えー、せめてこの本を全巻」
「だめだ。一冊だけにしなさい」
放っておけば絶対に寝ずに本を読むであろうセレスに、ジークフリードはきっちり釘を刺したのだった。