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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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次女とお姉様の町⑥

読んでいただいてありがとうございます。

 屋敷に着いたセレスは、少しだけ休憩するとすぐに図書室へと向かった。


「あぁ、こんな無造作にミーヤの植物記が!こっちは、東の大陸の薬の歴史本ではないですか……!それにこれは弐の国の……えーっと、昔の植物本、かな?線みたいな文字だから解読が難しい」


 弐の国は、異世界の昔の日本みたいな国だ。言葉はほぼ日本と同じで、漢字も使用されている。

 東の果てにある島国の弐の国の人間に会うことは、大変珍しい。けれどセレスは、たまに来る弐の国の商人と会話をすることが出来た。

 文字も今のものなら何とか読める。

 けれど、昔の、弐の国の人間でも解読に苦戦するような線みたいな崩し文字だとさすがに難しい。


「うー、えーっと、これは、あかい、実?あーもー後にしよ」


 弐の国の本を読むのをあっさり諦めて、セレスは次の本へと向かった。


「ミーヤの植物記、読みたかったんだよねー」


 二百年ほど前にいたミーヤという女性の薬師が、その生涯をかけて各国を巡り、植物の分布図と共に旅の最中に起こった出来事や彼女が感じたことなどが書かれた本だ。薬師が作成した本なので、一番細かく書かれているのは薬草の分布についてだ。


「……セレス、顔がにやけてるぞ」

「はっ!ジークさん、いたんですか?」

「一緒に来ただろう?全く俺の存在に気付いてなかったな」


 浮かれていたセレスの後ろを付いてきていたのだが、一刻も早く図書室に行きたくて仕方がなかったセレスは、ジークフリードの存在をきれいさっぱり忘れていた。


「……本が私を呼んでいたんです」

「詩でも書くか?しかし、すごい量だな」


 図書館のように本棚がいくつも並べられていて、そこに本が収まっている。

 ジークフリードがざっと見ただけでも、植物や薬関係、それに各地の伝説や神話の本などもあった。


「はい。専門的なものもありますし、こっちは個人の研究をまとめた本のようですね。すごく興味深いです」

「だろうな。だが、ヒルダも言っていたように、寝食を忘れて読むなよ。ここに籠もるのも禁止だ。二冊くらい持って行って部屋で読め。そのままベッドで寝落ちした方が、ここで寝るよりはいいだろう」

「えぇー、ここにいた方が、読んだら即次の本にいけるんですが……」

「だめだ。それを禁止するために部屋に行けと言っているんだ。先代みたいにこの部屋を出禁になるぞ」

「はい、部屋に持って行きます」


 セレスは素直に諦めた。

 この部屋に籠もって本を読み続けられるのは理想だが、それをした結果が出禁ではさすがに嫌だ。


「背表紙がない本もけっこうあるな」

「そうですね。こっちの本は箱の中に入れっぱなしです」


 まだ棚にも並べられていない本が置いてある。

 箱の中から一冊取りだしてパラパラと中身を確認する。

 背表紙に数字だけが書かれているので、おそらくこの本の以前の持ち主は番号で管理していたのだろう。


「植物の本ですね。でも紙も古いものなので、貴重な本ではあると思います」

「この本は、最近、購入した本だそうです」


 いつの間にか部屋の中にいたヒルダが、セレスの手元を覗き込んでそう言った。


「ヒルダさんもいつの間に?」


 驚くセレスに、ヒルダはくすりと笑った。


「お嬢様が浮かれた感じで廊下を歩かれていったと聞いたので、ここだろうと思って」

「そんなに分かりやすかったんですね……」


 後ろからついてきたジークフリードにも気付かないほどだから、相当だと思う。


「この箱の中の本ですが、少々訳ありの本だそうですよ」

「訳あり?」

「はい。何でも、とある男爵家が管理する森の中に、何代か前までは別荘として使っていた古い屋敷があり、最近は使っていなくて荒れ放題になっていたので取り壊したそうです。その時に誰も知らなかった地下室が発見されたんですが、そこは何かの実験室みたいになっていたそうで、そこにこの本もあったそうです。その男爵家では、昔、王家に逆らった男を匿ったことがある、という話が伝えられていたので、おそらく地下室はその時に使われたのだろうと推測されました。ただ、今の男爵家は王家に逆らうつもりもありませんし、どうしたものかと迷って、寄親であるオルドラン公爵家に相談した結果、先代が全ての本を引き取ったんだそうです」

「そうなんですね。んー、見たところ、植物の本ばかりっぽいですが……」


 経緯はともかく、中身は今のところ害のないものばかりに見える。

 セレスが見た限りでは、今の薬師ギルドにある本の内容とそう変わらないものばかりだ。

 反逆者がどれくらい昔の人かは知らないが、薬師ギルドが長い年月と人手を使って調べたものをたった一人で調べたのなら、それはそれですごい人だ。


「その男が何をしたのかは知らんが、ずいぶん古い話だろう。今更王家も蒸し返さないさ。セレス、気になるのなら、その本を読んでもいいんじゃないか?」

「あ!その方が個人でこれを作ったのなら、世に出ていない本の可能性が大きいですよね。これを読みます!」


 取りあえず順番通りに一と書かれた本を手に取って、セレスは図書室に設置されていたソファーに座った。


「夕飯までここで読んでいてもいいですか?夜は部屋で読みますから」

「俺も適当にここで本を読んでいるから、ヒルダ、時間になったら呼びに来てくれ」


 けっしてセレス一人にはさせないというジークフリードの言葉に、ヒルダは「分かりました」と言って部屋を出て行った。

 セレスとジークフリード、二人だけになった部屋には、紙をめくる音だけが響いていた。

 


 

 

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