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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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次女とお姉様の町⑤

読んでいただいてありがとうございます。

 クレドの町は、港町らしく潮風が吹いていて、海鳥の鳴き声が響く活気溢れる町だった。

 セレスは、出来ればこのまま町を見たかったが、いかにも貴族のお忍びという感じの馬車に乗っていたので、今は諦めた。


「セレス、しばらく滞在するんだ。町はゆっくり見て回ればいい。ヒルダ、この町でセレスが公式に出なければならない行事なんてないだろう?」


 領地を治める公爵家の娘が来たとなれば、町長や有力者が挨拶に訪れることはよくある話だ。

 けれど、セレスはまだ娘になったばかりだし、事情が事情だ。

 オースティがそういった者たちに、セレスには近付かないように通達を出したと聞いている。


「はい。オースティ様から、どんな誘いも断って構わないとのお言葉をいただいております。文句はオースティ様にどうぞ、と言えばいいそうです。たとえ国王陛下からの命令でも、お嬢様のためにならないと思えば断ってもいいそうですよ」


 ヒルダは、国王本人に堂々とそう言った。

 言われた方のジークフリードは、苦笑するだけだった。


「なるほど。確かに女神の娘のためにならないのであれば、どんな王侯貴族からの言葉でも断ってかまわないな」


 ジークフリードとヒルダの言葉に、セレスが一番、大丈夫かな、と心配していた。

 いくら公爵の父と上位貴族らしいジークフリードがいたとしても、国王からの命令を拒否したらさすがに困ったことになるのではないだろうか。

 

「それって、大丈夫なんですか?後で困ったりしませんか?」

「大丈夫だ。相手が公爵本人でも問題ない」


 ちなみに、国王はずっとセレスの隣にいるので、もっと問題ない。


「……ジークさんがそう言うのでしたら、信じます。でも、危ないことはしないでくださいね」

「しないさ。だが、まぁ、何かする前に俺に言ってくれ。こっちで対処した方が早く終わることもあるしな」

「はい」


 こっちは最終手段として国王命令というものが出せる身だ。たいていのことは何とかなる。

 ただ、セレスが絡むと、薬関係のこともあるのでジークフリードでは判断がつきにくい部分もある。

 セレスに危険がないのであれば、薬関係のことならば多少は目を瞑るつもりだ。


「まずは屋敷に行きましょう。お嬢様、お疲れでしょうからゆっくり休んでください。お墓参りは明日の朝でいかがでしょうか?お墓は逃げませんから」

「そうですね。そうします」

「ジーク様も色々とお疲れでしょう。屋敷内は安全ですので、ごゆるりとおくつろぎください」

「あぁ、そうさせてもらおう」


 この旅行のために急いで仕事を片付けてきた。

 さすがに徹夜はしなかったが、ここのところ、夜中まで仕事をしていたのは事実だ。


「お嬢様、図書室にはヴィクトール様が集めた植物の本などもありますから、よろしければご覧ください」


 ヴィクトールは、ナーシェルが帰って来ないと頭で理解していても、いつか帰ってくると信じて、彼女の好きだった植物の本を集めた図書室を用意した。

 ナーシェル亡き後は、彼女の妹が必要になるかもしれないと思い、収集を止めなかった。

 ヴィクトールが亡くなった後も、オルドラン公爵家の者は旅先などで珍しい植物の本を見かけると購入してはコレクションを増やし続けた。

 おかげで、植物の本だけなら、王立図書館にも並ぶくらいの蔵書量となっている。


「植物の本ですか?」


 セレスの目がきらきらと輝きだした。


「はい。けっこう古い本もあれば、東の果てにある国の本もあります。私も以前、少し読ませていただきましたが、各国の言語で書かれているので、言葉を訳すだけでもなかなか大変でした」

「言語……そっか、そうですよね。共通語以外だと読むのに時間がかかりますね」


 薬師ギルドにある本にもそういう本があるので多少は読めるが、本格的に訳すのなら、時間がかかる。


「俺で分かる範囲でなら手伝うよ。さすがに東の果ての国の言語は分からんが、仕事柄、そういうのは慣れている」


 書類や手紙などは共通語で書かれていることが多いが、交流のある国の言語は一通り分かる。

 東の果ての国の使者にも会ったことはあるが、その時はあちらが共通語を話していた。


「ヴィクトール様は、手当たり次第、植物関連の本を買いあさっていたそうなので、中には王立図書館にもないような、ちょっと危険な本もありますよ」

「危険?」

「はい。それこそ、何百年も前に滅ぼされた少数民族がまとめた毒性植物の本とか、中には古い時代の薬師が書いた覚え書きみたいな本もあった記憶がございます」

「え?毒性植物の本?薬師の本?」


 もっときらきらと目が輝きだしたセレスに、ヒルダは微笑ましくなった。

 普通の女性はドレスや装飾品で喜ぶのに、セレスはそんな物より薬や植物関連の本に食いつく。


「あと、魔女の秘薬のような薬の本もありました。まぁ、中身は紅茶のブレンドの仕方でしたが」


 仰々しいタイトルの本だったわりに、中身が全てハーブティーのレシピだった。


「面白そうですね」

「あまり整理がされていないんです。皆様、どこかで手に入れては図書室に放置なさるので、正直、どんな本が置いてあるのか誰も把握してないんですよ。目録を作ろうか、とは言っているのですが、手を出しかねていまして……」

「じゃあ、師匠も見てないんですか?」

「以前、先代の薬師ギルドの長に中身を確認してもらい、全体の大まかな分別をしようとしたことがあったのですが、あの方、三日間ほど寝食を忘れて自分の興味のある本ばかりをずっと読んでいて、ちっとも協力してくれなかったので出入り禁止になりました。同時に薬師ギルドの関係者も、どうせ同じようになるからという理由で出入り禁止になっております」

「……何か、すみません。でも、私が読んでも大丈夫なんですか?」

「元々、貴女方のために集めた本ですので。ただし、読むのはかまいませんが、夜中まで読んではいけませんよ」

「…………精一杯、努力します」


 目を逸らしながら言った説得力のない言葉に、ヒルダは、夜中に一度セレスの部屋を確認のために訪れようと決めたのだった。



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