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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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次女とお姉様の町④

「うわぁ、綺麗ですねー」


 ガタガタ揺れる馬車の窓から外を見れば、そこには美しい港町が広がっていた。

 遠くに見える海はどこまでも青く、あちこちに海鳥らしきものが飛んでいる。


「この山を下りれば、町の門に着きます。クレドは小さな港町ですが、中はそれなりに活気がありますよ」


 幸いなことに道中は何事もなかった。

 というか、王都からここまでなら街道もきちんと整備されているし、見回りもされているのでまず盗賊などはいない。いても、質素な馬車のくせにやたらと護衛に腕の立つ者たちが揃っているので、襲ってくるのは自分たちの力量も分からない小物しかいないだろう。

 実力差が分かる者たちなら襲ってこない。


「お嬢様、町の北側をご覧ください。あそこが花畑になっている場所です。それから、西側が墓地です。ナーシェル様とヴィクトール様のお墓もあちらにあります」

「一面が花畑なんだね」

「はい。あの辺りは元々空き地だったのを整備して花畑にしました。ナーシェル様たちの時代では、一面野原でピクニックとかをなさっていたそうですよ。一時、国軍があの場所を占拠していました。ナーシェル様を連れて行った王の軍が、あの場所を荒らしたんです。ヴィクトール様は、ナーシェル様と一緒に行った場所が荒らされたのを悲しんで、あの場所に花畑を作られたそうです」


 ヴィクトールは、もうナーシェルがこの町に戻ってこないと分かっていても、彼女がいつ帰ってきてもいいように、この町を整備した。

 国王軍が荒らしていった場所は、特に念入りに整えたのだ。


「花畑の麓に、公爵家の別荘があります。滞在中はそこに宿泊することになっています」

「別荘ですか?」

「はい。年に何回かはオースティ様も滞在しますので、いつ誰が来てもいいようにはなっています。たまに先代様やそのご友人方もいらっしゃいますよ」

「そうなんですね」

「お嬢様にとっては、義理の祖父に当たられる方ですね」


 ヒルダの言葉にジークフリードが少しだけ嫌な顔をした。


「そうか。オルドラン公爵家の養女に入ったということは、もれなくあの人も付いてくるのか」

「えっと、ジークさんは会ったことがあるんですよね?」


 ジークフリードの父親世代に当たるが、それくらいの年齢差なら会ったことはあるはずだ。


「あぁ。先代は、当代をもう少し、いや、かなり悪役にしたような人で、笑顔がどう考えても何か企んでいるようにしか見えないんだ。本人曰く、動物が可愛いなーとか思って微笑んでいるだけで、政敵を追い落とそうとしているように見えるんだとか。実際、俺もそう思っていたな。アヤトの父親と仲が良くて、あっちはあっちで氷の宰相と呼ばれていた人だったから、一緒にいるとその場の空気がすごかったな」


 内政の氷の宰相と外交の微笑みの悪魔の組み合わせは、人によっては最悪だった。

 ああ見えて二人とも、動物が大好きだったのだが、小動物は怯えて近寄らず、大型動物は覚悟を決めた顔で寄ってきていた。


「セレスはきっとすぐに気に入られる。会った時は、気のいい祖父が出来たと思って気軽に接してあげれば喜ぶんじゃないかな」


 可愛い孫娘の害になることはないが、その孫娘をさらっていこうとしている男には容赦しない可能性がある。

 何よりセレスは、彼の一族がナーシェルより託された彼女の妹だ。

 つまりジークフリードは、父親とその上のラスボス祖父を相手にしなければいけないのだ。

 チラッとヒルダを見ると、ヒルダは意味ありげな顔でジークフリードを見てにやりとしていた。


「お祖父様ですね。その方が私のことを孫娘として認めてくださるのでしたら、そうお呼びしたいと思います」

「大丈夫ですよ、お嬢様。すでにオースティ様の元に、可愛い孫娘に会わせろ、という手紙が届いているそうです。エルローズ様はともかく、オースティ様があんな感じなので、可愛い孫たちを甘やかしたいお祖父様と化しています」

「ラウも可愛いから」


 お姉様と慕ってくれる弟は、血の繋がりがあろうとなかろうと可愛い。


「補足させていただきますと、先代は嬉しい時の笑顔がニヤリです。本気で何か企んでいる時は、同じニヤリでも、口角がより鋭角になっています。初心者ではあまり見分けがつかないのが難点ですが、慣れれば色々と理解出来ますよ」

「あぁ、それは俺も分かる。父から、より鋭角のオルドラン公爵に出会ったら逃げろと言われたことがあったな」


 さすがにまだ子供だったジークフリードが餌食になるのは忍びないと思ったのか、一度だけ父王から直々にオルドラン公爵の口角の角度についての授業を受けたことがある。


『対処出来ないうちは逃げろ。ヤツの顔にニヤリとした笑顔が浮かんでいるうちなら、追いかけて捕まえてまで何かさせることはないだろう。ただし、ヤツの顔が満面の笑みを浮かべていたら、諦めて何とかしろ。出来なければ覚悟を決めろ。ヤツはこっちが対処出来るギリギリの線を狙ってくるからな』


 父からの忠告は、幼いうちは役に立ったと思う。

 十年前は、満面の笑みを浮かべて諸外国に出かけて行った。


「大変個性的なお祖父様ですね……」

「味方になれば心強いけれどね」


 オルドラン公爵家は親子、セレスを含めれば娘も、揃ってこっちの心を色々な意味でかき乱してくるな、とジークフリードは密かに思ったのだった。

 


 


 

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