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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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次女とお姉様の町③

 揺れる馬車の中で、セレスは可愛い弟のことを考えていた。

 馬車に乗る前に、ラウールはぎゅっと抱きついてきた。


「お姉様、気を付けてくださいね。絶対、無事に帰って来てください」

「危ない場所に行くわけじゃないから、大丈夫よ。ラウこそ、いい子で待っていてね」

「はい。お母様とディお兄様と一緒に待っています」


 純粋に姉としてのセレスを慕ってくれている義弟は、本当に可愛い。

 まるで昔のディーンを見ているみたいだ。

 そういえば、いつの間にディーンは甘える弟から、姉を守る弟に変化したのだろう。

 昔はあんなに可愛かったのに……。


「セレス、顔がにやけてるぞ」

「え?そうですか?でも、ラウが可愛くて」


 ジークフリードに指摘されても、思い出してはついつい顔がにやけてしまう。


「言っておくが、あの子はオースティの息子だ」

「やっぱり、将来はお父様に近い感じになるんですか?……何か違う感じになりそうです。んー、笑顔でさらっと企みを成功させるお父様みたいな感じではなくて、庇護欲そそる感じで言うことを聞いてもらう、的な?」

「そっちの方がタチが悪い気がするぞ」


 スマートに腹黒感を出してくる父親の方がマシな気がする。


「ちなみに、お父様の小さい頃ってどんな感じでしたか?ヒルダさんも知ってるんですよね?」


 向かい側に座ってくすくす笑っていたヒルダに聞くと、懐かしそうに頷いた。


「オースティ様は、小さい頃からあんな感じでしたよ。オースティ様のお父様、お嬢様からすれば義理の祖父にあたる方が、えー、その、控え目に言ってオースティ様の十倍くらいうさんくさい……笑顔が悪人面?と言いますか、普通に笑っただけで何か企んでいるだろうともれなく誤解される方でして……」


 ヒルダが、何とか良い方に伝えようと苦し紛れの表現をしているのだが、ところどころに抑えきれないものが漏れてしまっている。

 本人を知っているジークフリードは、そっと遠くを見つめた。


「えー、まぁ、けっして悪い方ではないのですが、ぱっと見で誤解を受けやすく、それを分かった上で利用しているような方でして。そんな方を生まれた時から見てきたオースティ様は、小さな頃から父君を目標に努力を重ねておられました」


 最後は何となく良い感じに収まったんじゃないだろうか。


「先代のオルドラン公爵に対抗出来たのは、先代のティターニア公爵くらいだろうな。あの二人、正反対のように見えて、仲はよかったからな」

「そうですね。お二人が一緒にいる時は、貴族院の爺様たちも回れ右して走って逃げた、って噂されてましたね」


 あはははは、と乾いた笑い声が馬車内に響いた。

 そんな怖いお爺様たちには会いたくないかも、とセレスは思っていたのだが、隠居生活を楽しんでいる当の爺様二人は、息子たちに、セレスに会いたいんだけど?、という手紙を出していた。

 ついでに、セレスがオルドラン公爵家の養女になったと報告したところ、良くやった、最終的に国王陛下に持っていかれるのは本人たちの気持ち次第だから仕方がないが、ぎりぎりまで待たせろ、という指令が息子に届いていた。


「失礼いたしました。少々話がズレましたが、オースティ様は何事にも動じることのない子供でした。ラウール様とは全く違いますね。あの方の素直さは、一族の奇跡と呼ばれています」

「あれくらいの年齢の子供の素直さが奇跡?……私、オルドラン公爵家の養女になって、大丈夫だったんでしょうか?自分で言うのも何ですが、腹芸は得意な方ではなくて」

「セレス、オースティの娘になったからって、アレを目指さなくていいから」

「そうですよ、お嬢様。オルドラン公爵家は少々、特殊な家系ですから」


 王家もそれなりに特殊な家ではあるが、何も知らない幼い頃からあんな風にはならない。

 周囲に影響されてアレになるのと、生まれた時からアレなのとでは、全く違う。


「ヒルダさんは、ヴィクトール様のことはご存じですか?」

「直接お目にかかったことはありませんが、話なら聞いたことがあります」

「ナーシェルお姉様がいなくなった後のヴィクトール様は、どんな感じだったんでしょうか?」


 最愛の女性を失ってから何十年も生きたヴィクトール。

 ナーシェルとの約束だけを糧に生き続けた彼にも、救いはあったのだろうか。


「ヴィクトール様は、ナーシェル様の雪月花のおかげで健康な肉体を取り戻しました。その後は、優秀な公爵として領地を治めておりましたよ。ですが、王家とウィンダリア侯爵家に対する監視は徹底していたそうです。ウィンダリア侯爵家に至っては、本家さえも知らないような、ほんの少しでも一族の血を引いている家まで監視をしていたそうです。いつどこで雪月花が生まれてもいいように。場合によっては、公爵家で引き取ることも考えていたそうです」


 妹を守ること。それがナーシェルの願いだったから。

 ヴィクトールにとって、ナーシェルの願いを叶えることこそが、生きることだった。


「奥様は一族の方でしたが、ヴィクトール様のことは全て承知で嫁いでこられたそうです。ですから、夫婦仲は良好だったそうですよ」


 ヒルダの父であるノクス公爵はヴィクトールに会ったことがあったらしく、「雪月花、雪月花とうるさいやつだった」と苦々しい表情で言っていたことがあった。

 父には絶対に理解出来ない感情だろう。

 たった一人の、特別な人を求める想いは。

 そう考えて、ふと思った。

 ……ひょっとして、父は羨ましかったのだろうか?

 ノクス公爵家にだって王家の血は流れている。

 それなのに、ノクス公爵家は一度も『ウィンダリアの雪月花』に関わったことがない。

 ティターニアのように頼られることも、オルドランのように愛されることも、シュレーデンのように守ったこともない。 

 いつだって、ノクスは蚊帳の外だった。

 『ウィンダリアの雪月花』、彼女たちに関わる話の中に他の三家は出てきても、ノクスの名だけは出てこない。

 貴族の中で、それが嘲りの対象になっていることも知っている。

 特別な女神の娘に関わる特別な三家。

 そして、さらに特別な王家。

 父が昔から王妃を出すことに執着していたのは、雪月花にノクスの名を近付けさせるためなのかも知れない。

 けれど、ノクス公爵家出身の母を持つ王子は当代の雪月花から拒否をされ、彼女が選んだのは、シュレーデン公爵家出身の母を持つ国王だった。

 おまけにティターニア公爵の兄が師匠だし、養女に入った先はオルドラン公爵家だ。


「ヴィクトール様は、クレドの町で最後を迎えました。隠居なさってからずっとクレドの町に住んでおられたので、住民の中にはヴィクトール様のことを直接知っている者もいます。身体が動く限り、毎日ナーシェル様のお墓参りをなさっていたそうですから」


 もし父が何か仕掛けてきた場合は、娘としてヒルダが必ず止める。

 そして姉として、妹も止める。

 ……父を嫌い、家を飛び出したヒルダが、セレスの護衛として今近くにいる。

 皮肉なことに、ノクス公爵家出身の護衛は、家の名を捨てることで、雪月花にようやく近付ける存在となっていたのだった。

 

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