王妃と想い
二話まとめて投稿いたします。身体中に蕁麻疹が出て、ちょっとツライッス。
『教えてあげる。貴女に秘密の本のことを。貴女のおうちのどこかにある隠された本。探して。そこには、古い時代の薬のレシピが書かれているから』
『……どうして、あなたがそんなことを知っているの?』
『だって、あれは……んー、やっぱり秘密。欲しいのでしょう?何を犠牲にしても』
『あなたは、誰?』
『ただの欠片。欠片でも、少しずつ蓄積されると、それなりに成る。物だって、感情だって』
初めて会ったばかりの幼い少女が、そう言ってくすくす笑った。
年齢通りの少女ではない、そう思った。
『この子は眠ってる。あっちの方も。今しか言えないから、出てきたの』
その少女に会ったのは、後にも先にも、その一回だけだった。
ユリアナは、私室で古い本を手に取った。
元は鮮やかな緑色の表紙だったのだろうが、今はずいぶんと黒ずんできている。
まるで、わたくしの心のようね……。
黒く、黒く染まっていく心。
どこまで黒くなるのか自分でも分からないが、嫌いではない。
父に言われるまま王太子に嫁ぎ、子供を二人産んで、王妃という地位に就いている。
ユリアナの根底を支えたものの一つは、ジークフリードへの想い。
一番近くにいる女性になれば、彼の心も自然と向いてくるものだと信じていた。
「ジークフリード様……」
現実は、ユリアナの願う方向にはいってくれない。
本当の意味でジークフリードの隣に立ちたかった。
優しく愛情に満ちた瞳で見つめられたかった。
……まさか、この時代に『ウィンダリアの雪月花』が生まれるなんて……。
雪月花に対しては、歴代の王妃は二つに分かれていた。
王を奪った雪月花を憎む王妃と、雪月花を愛した王妃。
ユリアナにとっては雪月花は、いてほしくない存在だった。
ウィンダリア侯爵家の次女が当代の雪月花だと知った時、ユリアナの心は絶望に沈んだ。
それは、直感のようなものだった。
息子ではないのだ、彼女の相手は。
雪月花と惹かれ合うのはジークフリードだと、確信していた。
「わたくしは、ただ貴方に愛されたかった」
どれだけ願っても、ジークフリードが仕事以外でこの部屋を訪れることはない。
来た時は必ず誰かしらと一緒にいて、ユリアナと二人きりになることなどなかった。
ユリアナに変な噂が立たないようにしてくれている配慮だと分かっていても、それがもどかしかった。
流されるまま生きてきたユリアナは、ジークフリードと出会ったことで変わった。
ジークフリードがユリアナに王妃であれと望んだから、精一杯、王妃として生きてきた。
正式な場で彼の隣に立てることは、ユリアナの誇りだった。
なのに、今、ジークフリードはその隣にまだお子様な雪月花を置こうとしている。
それを彼に近い周囲の者たちが、容認しているどころか手を貸している状態だ。
「嫌よ、嫌。だって、わたくしはこんなに努力してきたのだもの……」
ジークフリード相手に薬など使いたくなかった。
彼にだけは、操られた結果ではなくて、心の底からユリアナを愛してほしかった。
……その願いは、もう叶わない。
古い本を置いた机の上には、二種類の瓶が置いてあった。
一つは薄い青色の瓶で、もう一つはそれよりも小さな透明の瓶だった。
両方とも液体が入っているが、青色の瓶の方は半分程度しか入っていない。
「……手に、入れるの」
何を犠牲にしてもほしいものがある。
誰を犠牲にしてもかまわない。
必要なら、身内だって犠牲にする。
我ながら思考がおかしくなっていると思う時もあるが、それだけ真剣な想いなのだ。
誰にも渡したくない。
「ふふ、おかしなものね。こうなって初めて、雪月花をほしがる歴代の王の気持ちが分かるなんて」
振り向かないことを憎んで、でも傍にいてほしくて。
どんな手を使ってでも、ほしい方。
「セレスティーナ・ウィンダリア。貴女には、渡さないわ」
やっかいなことに、オースティの養女になってしまったが、先日会った感じではまだまだお子様なセレスでは大人の恋などまだ出来るはずもない。
お子様ならお子様らしく、子供同士でおままごとのような恋でもしていればいいのだ。
ジークフリードの想いに応える気もないくせに、彼の隣にいようとするなど許せることではない。
彼女が戸惑っている間に、ジークフリードの心を変えさせればいい。
どうせこのままでは、ユリアナはジークフリードが王位を降りると同時に、離宮に行くことになるだろう。
だったら、最後の最後まで足掻いて見せる。
ユリアナは、最後に誰かのためではなく、自分の心のために生きようと誓ったのだった。