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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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次女とお姉様の町①

読んでいただいてありがとうございます。そして、書籍を購入してくださった皆様、ありがとうございます。

「セレスちゃん、気を付けてね。貴女の無事が一番、大切なことだから」


 出発の日、クリスティーンが何度もセレスにそう言ってくれた。


「はい、お母様。何かあればヒルダさんを頼ります。ジークさんの傍を離れません」

「えぇ、ジーク様は護衛だから、セレスちゃんをしっかり守ってくれるわ。ヒルダに一人で逃げるように言われたら、すぐに逃げるのよ。わたくしたちのように守られる側の人間が下手なことをすれば、護衛全体が危機に陥ることもあるの。わたくしたちが逃げることによって、彼らがその力を発揮することが出来る時もあるわ」

「はい。ヒルダさんやジークさんの言うことをちゃんと聞きます」


 クリスティーンの忠告をセレスが真面目な顔で聞いているが、ジークフリードはセレスのいざという時の妙な行動力をとてもよく知っているので、本当にそんな時が来たのならセレスは自分の直感に従って動くだろうと思っていた。

 雪月花としてやるべきことがその場にあるのならば、セレスはそこがどんなに危険な場所であろうとも厭いはしない。


「本当にいらしたのですね、ジークフリード様」

「久しいな、ヒルダ」


 昔、ジークフリードにとってヒルダは、怖い姉のような存在だった。

 何度挑んでも、剣で負けた。

 まだ子供のジークフリードに、すでに大人になっていたヒルダは容赦なく相手をしてくれた。

 今なら勝てるとは思うが、どうしても苦手意識がある。


「……どうした?」


 ヒルダが何とも言えない顔で、ジークフリードの方を見ていた。


「お嬢様のこと、本気なんですね」

「当たり前だろう?セレスのために、オースティに挑む覚悟だ」

「その覚悟をお持ちなのですね。でしたら、お願いがあります」

「願い?」

「はい。この旅から帰ってきたら、王妃様にお会いしたいのです」


 ヒルダの言葉にジークフリードは驚いた。

 今まで、ヒルダがユリアナに会うのをずっと避けてきたのは知っていた。

 その理由も知っているので、特に何も思わなかったのだが、なぜ今、ヒルダがユリアナに会いたいと願うのだろうか。


「好きにすればいい。そもそも、なぜ俺に許可を求める?」


 ユリアナに会いたいのであれば、好きにすればいい。

 別に何か制限を設けているわけでもないし、ヒルダが会いたければ、王宮に来ればいい。


「王妃様、いえ、ユリアナは王妃という地位にいる女性です。王である貴方の許可を得た方が、後々のことを考えるといいかと思いましたので」

「……王妃という地位にいる女性、か」

「はい。ユリアナは、それしか持っていません」

「どういうことだ?」

「気付いていない、なんて愚かなことはおっしゃらないでくださいね。ユリアナは貴方が好きなのです。ユリアナが貴方の傍にいるために持っている唯一の武器が、王妃という地位なんです」


 真っ直ぐヒルダに見つめられて、ジークフリードは目を伏せた。

 分かっていた。

 兄の妃であったユリアナが、ジークフリードに好意を持っていることは。

 それがいつからか、というのはさすがに分からないが、彼女が王妃という地位を引き受けてくれたのは、息子のこともあるが、それでジークフリードとの関係が進むと思っていたからだ。

 ジークフリードは、彼女が王妃という地位に就いてくれたことで余計な争いが起きずに済んだと思っていただけだったが、時々、ユリアナの熱を帯びた視線を感じていたので、彼女が好意を持っていることは感じていた。

 その想いに応える気はなかった。

 ひどいと思われるかもしれないが、何よりもまず国を守ることを最優先に動いていた。

 

「……彼女には悪いが、俺にとっては兄の妻だった女性でしかない」

「あの時、ノクス公爵に対する交渉手段として、ユリアナに王妃の座を渡すしかなかったことは理解しています。それはおそらくユリアナもそうでしょう。ですが、彼女は、それで新しい夢を見たんです」

「夢か」

「はい。貴方の妻になる夢です」


 本来、王と王妃は夫婦がなるものだ。

 いびつな形を正しき姿に。

 そう思っている者がいることも知っていたが、ジークフリードは最初に中継ぎの王だと宣言している以上、余計な問題を起こす気はなかった。

 いびつな形だろうが、正統な後継者が存在していている短い期間の王として問題はなかった。


「ユリアナに会って、真意を確かめたいんです」

「素直に言うか?」

「……言わないかもしれませんが、妹に愚かな道を選んでほしくはありません」


 ノクス公爵家の長女として生まれたヒルダは、父に反発して家を飛び出した。

 父はヒルダが逃げたことで、ユリアナに対して、従順であるように教育を施した。

 父の言うがままに動いていたユリアナ。

 十年前のあの日、ヒルダは夫を亡くしたユリアナを心配して密かに会いに行った。

 だが、ユリアナは笑顔だった。

 このまま王妃の座に就くのかと問えば、それがあの方の願いだから、と微笑んで頷いた。


 隣にいれば、いつか振り向いてくれるかもしれない。

 本当の妻になれる日がくるかもしれない。

 お姉様、邪魔だけはしないでね。

 ノクス公爵家から逃げた貴女は、ただどこかで静かに生きていればいいのよ。


 初めて見た嬉しそうな笑顔のユリアナがそう言ったので、ヒルダは何も言えなかった。

 

「私は、あの子を置いて逃げました。でも、もう逃げません。あの子を止めます」


 十年前、あの笑顔を見た時、ヒルダは全てユリアナが仕組んだことではないのかと疑いを持った。

 だが、憶測でしかなかったし、本当のことを確かめる勇気も持てなかった。

 この十年は大人しくしていたのだが、セレスとジークフリードが出会ったことで再びユリアナが動きだしたのだとしたら……。

 どれほど非難されようとも、そして共に逝く覚悟を持って、ヒルダはユリアナを今度こそ止めるつもりだった。


「一つ確認したいのだが、魅了の薬のレシピ、あれはノクス公爵家にあったのか?」

「分かりません。父からそんな話は、聞いたことがありませんでした。もしあったとしたら、とっくの昔に使っていたと思います。……ただ、なかったとも言い切れません。我が家には、整理されていない古い書物がいくつもありましたから、その中に紛れていたとしてもおかしくはありません」

「誰かが偶然見つけたのか、それとも、そのレシピの存在を知っていた者がいたのか……」


 分からないことがまた増えたが、少なくともユリアナは十年前の事件に何らかの形で関わっている。

 それだけは、確かなことだった。

 

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