義母と護衛
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セレスたちがクレドの町に出発するまでの間、公爵家は全体的にざわついていた。
特に張り切っていたのは、クリスティーンだ。
セレスに不自由がないようにあれこれ持たせようとしたのを、ヒルダが冷静に止めていた。
「いいですか、奥様。お嬢様は旅慣れしています。少し前にも、ジーク様と一緒に出掛けられたことがあるそうですから」
「え?ヒルダ、それ本当?」
「はい。幻月の花を見に行ったそうですよ。ついでに温泉の町ハーヴェにも寄られたとか」
「まさか、男女二人だけで?」
「奥様、考えてるようなことはないですから。あくまでも、薬師とその護衛です。何なら、絶対に影たちもいましたよ。二人っきりということはありませんから」
「でも、未婚の男女が一緒に旅したとなると、社交界でどんな噂が……今回は、いいのかしら?」
「……えぇ、むしろ大喜びでジーク様が周辺から固めていくかも知れません」
何と言っても、相手は難攻不落の女神の娘。
国王と雪月花の仲良し婚前旅行とか、貴族たちからすれば喜ばしいことでしかない。
その意味するところは、当代で女神からの罰はないということだ。
「お嬢様は、クレドの町に社交をしに行くわけではありませんから、ドレスも二着ほどあれば良いのではないでしょうか?町の有力者たちに会うより、ナーシェル様のお墓参りや、花や薬草のことで頭はいっぱいだと思います」
「……そうね。旦那様も、町の有力者たちに、セレスちゃんの時間を奪わないように伝えると言っていたもの」
「さすがに、分かりますよね。お嬢様が雪月花だって」
「あの町は、ナーシェル様が自由に歩き回っていた町よ。あの頃は規模も小さかったと聞いているから、全員がナーシェル様のことは知っていたはずよ。私も以前、行ったことがあるけれど、ナーシェル様とヴィクトール様の悲恋は、代々伝えている話なのですって」
誰もが幼い二人の恋を見守っていたのだ。
そして、ナーシェルが王都に行ってしまってからの、ヴィクトールの嘆きも。
その話は親から子へ、またその子へと伝えられているので、昔からクレドに住んでいる者ならば、セレスを見れば気が付くだろう。
「……あれ?その感じだと、もろ王家の男のジーク様の方が危険?」
ナーシェルを奪ったのは、ジークフリードの曾祖父だ。町の者たちは、多少王家への不信感は持っている。中には当代の王の顔を見知っている者もいるだろう。
「どうかしら?セレスちゃんが嫌がっているようなら引き離すでしょうけど、話を聞いている限りだと、セレスちゃんとジーク様の仲は良好のようだから、手は出さないんじゃないかしら」
「ジーク様とお嬢様の関係が、外へと周知されますね」
今までは王都でも限られた場所でしか会っていなかった二人なので、関係者が全員で口をつぐんでいれば外にはバレなかった。
だが、ジークフリードがセレスを堂々と連れ回すようになれば、貴族たちは気が付くだろう。
「国王陛下のお忍びに、無粋なまねをする輩などいないと思いたいけれど、普段近寄れない方に近寄るチャンスって思うお馬鹿さんもいるわよねぇ」
「オルドラン公爵の一族にはいないと思いたいところですが、どうでしょうか?」
「残念ながら、どの家も一枚岩ではないわ」
本家に近い分家の人間はオースティの怖さを十分に知っているし、本家の意向に逆らうなんて愚かな真似はしない。けれど、適度に遠く本家と微妙な距離感になっている伯爵家くらいだと、勘違いしている者も出てくる。
うちは伯爵家だがオルドラン公爵家に連なる一族だ! という風に、公爵家の名を自らの家名くらいに思っている者もいるのだ。
この手のタイプはノクス公爵家の一族に多い。
そのため、仲裁を頼まれる時もあるのだ。
「クレドの町自体は、うちの直轄だから大丈夫だけど、それこそたまたま町を訪れていたどっかのお馬鹿さんがやらかすとか……」
「……なぜでしょう。すごくありそうです」
「そうよねぇ。セレスちゃんとジーク様が揃ってると、どうしてもトラブルの予感しかしないわ」
「かといって、人数を増やしすぎるのは、お忍びの意味がなくなります。まぁ、陛下直轄の影たちがいるとは思いますが」
「えぇ、ジーク様が一緒だから、滅多なことは起きないと思うけど、気を付けてね。いざとなれば、オルドラン公爵家の名前を前面に出して、全ての苦情はオースティに、って言えばいいわ」
「はい」
「貴女の判断で、武力行使してもかまわないわ。でも、全員、無事に帰ってきてちょうだいね」
「はい、奥様」
「でも何と言うか……平穏に生きられない子たちよねぇ」
クリスティーンは、小さい頃のジークフリードを知っている。と言っても、見掛けたことや噂話、オースティから聞いた話などが中心で、直接話をするようになったのは、オースティと婚約してからだった。
絵に描いたような王子であった第一王子と、どこか人を魅了する第二王子。
兄弟でこうも違うのかと思い、時折見掛ける第二王子は、平穏に生きられなさそうだと思っていた。
特に、オースティから第二王子が雪月花に関わった最初の王にそっくりになってきた、と聞いてからはもっと心配をしていた。
当たってほしくなかった予想通り、第二王子は、王太子となっていた兄と敵対し、今玉座にある。
幸い、王としての資質は兄以上にある方だったのでオルドラン公爵家としても問題はないのだが、物事を見ているだけしか出来なかったクリスティーンは、複雑な気持ちだった。
ジークフリードたちより少し年上のクリスティーンにとって年下の少年少女は、皆可愛い子供たちだったのだ。
「わたくしの願いは、可愛い子供たちが平穏無事に生きることなのだけれどねぇ」
叶ってほしい願いなのだが、どうも子供たちは、平穏に生きられなさそうな宿命を背負っているようだった。