次女と女性騎士
読んでいただいてありがとうございます。
「お初にお目にかかります、お嬢様。ヒルダと申します」
「初めまして、セレスです。よろしくお願いします」
オースティが選んでくれた騎士は、セレスがイメージしていた女性騎士とは全く違っていた。
女性騎士と聞いてセレスがイメージしたのは、きりっとした融通の利かなさそうな忠義に厚い堅物か、もっと豪快な、姉御的な感じの女性だった。
だがヒルダは、にっこりと笑った顔はどこかまだ幼さを残していて、背もセレスより少し高いくらいの優しい雰囲気を持つ女性だった。
こうして騎士として働いていて、なおかつセレスの護衛に付けるくらいだからそれなりの年齢だとは思うのだが、童顔が全てを分からなくしている。
おいくつですか、とは何となく聞けない。
「ヒルダは優秀だよ。昔からクリスティーンの護衛に付いてくれているから慣れているし、いざとなれば銀髪のカツラを被ってセレスの身代わりも出来る」
セレスとそう背丈が変わらない人物を選んだのは、そういう意図もあるのだとオースティが教えてくれたが、それ以上に気になるのは、昔からクリスティーンの護衛をしている、という部分だ。
「お母様の護衛の方ですか?」
「はい。奥様が旦那様の婚約者になられた時から、護衛をしております」
オースティの婚約者ともなれば、それなりに狙われることも多くなる。女性同士の嫌みの応酬くらいならクリスティーンで問題なく対処出来るが、さすがに武力で来られた場合はクリスティーンが危なくなるので、ヒルダが護衛に付いたのだそうだ。
ますますヒルダの年齢が謎めいてきた。
護衛としての歴は長く、いざとなればセレスの身代わりも出来る女性。
オースティの信頼も厚く、裏切ることは絶対にないのだろう。
「お嬢様、いざという時は私にかまわず逃げてくださいね。今回は、ジークフリード様もご一緒とのことですので、なるべくジークフリード様とご一緒にいてくださるとこちらも安心いたします。クレドの町でもしお一人になられた場合は、どこかのギルドに行ってオルドラン公爵家のヒルダの名前を出して保護を要請してください。そのギルドが全力で守ってくれますから」
ごく当たり前のように言っているが、どのギルドでもって……。冒険者ギルドは分かる。薬師ギルドもアヤトの名前を出せば絶対保護してくれるので、それはいい。他のギルドって……、それこそ、家具ギルドとか農業畜産ギルドとかでも全力でセレスを保護してくれるのだろうか。
「はい、その通りです」
どうやら思っていたことを声に出してしまっていたらしく、ヒルダが肯定してくれた。
いくらオルドラン公爵家が治める町とはいえ、どこでも通じるヒルダの名前が怖い。
「セレス、ヒルダはね、えーっと、クレドの町で色々ともめ事の仲裁をしてくれていた時期があってね。それで、あの町ではヒルダの名前が、その、恐怖の代名詞?的な感じで……」
オースティの説明がちょっと怪しい。
「とんでもございません、旦那様。私の名前など『赤い暴走』の高名に比べれば」
「ちょっ!その名前、出さないでほしいんだけど」
珍しく慌てるオースティの姿に、セレスはヒルダには逆らわないようにしようと心に決めた。
「赤い暴走?」
「旦那様の若い頃の呼び名です。旦那様は小さい頃から神童と呼ばれていた方だったのですが、頭が良すぎて他の誰も付いていけないような事をよくしておりまして。最終的には旦那様が正しかったことが多かったのですが、何事においても途中経過が一人で暴走しているようにしか見えなくて……。それで誰かが、『赤い暴走』と呼び始めたんです」
「止めてよー。ちょっとした黒歴史だよ」
「黒歴史ですか。一人で暴走して行方不明になる旦那様を探すのは大変でしたが」
「反省してもうしてないから」
「当たり前です。今、そんなことをなさったら、奥様からの長時間に及ぶ説教が待っていますからね」
「分かってるよ」
若い頃の父の黒歴史のあだ名が『赤い暴走』。
そして行方不明になった父を探していたという過去を持ち、父に対して気軽に話しかけるヒルダさん。
何なら父の幼い頃も知っていそうなヒルダさん。
うん、もうヒルダさんの年齢を考えるのは止めよう。
会話から察するに、父よりも年上っぽい気がする。
見た目詐欺の可能性が出てきてしまった。
「お嬢様は、そんなことはなさらないと思いますが」
「はい。気を付けます」
ジークフリードに、薬草のためなら後先考えずにどこまでも行きそうだ、と言われた過去は秘密にしなければ。
「クレドの町は、そんなに治安が悪くはありませんが、残念ながらどこの町でも多少の荒くれ者は存在しております。ですが、お嬢様は心置きなくクレドの町での滞在をお楽しみください。クレドの町は多少拡張しておりますが、昔からの町並みはそう変わっておりませんので、ナーシェル様が生まれ育った町をぜひご覧ください」
そうだ。クレドの町は姉が生きていた場所だ。
姉が生活して、愛した人と出会った町。
そして、その人と別れた町。
オルドラン公爵家にとっては大切な町だ。
「あそこは、本当に人が生きて生活しているっていう力に満ちた、雑多な雰囲気を持つ町だよ。活気溢れるいい町だから、セレスにも好きになってもらいたいな」
「きっと好きになると思います。だって、お姉様が愛した町ですから」
ナーシェルはきっと、クレドの町が好きだったのだと思う。
表情に出ていなくても、何となくでも、生まれ育った町を愛していたのだと思う。
「お姉様はきっと、愛する方の隣にお墓があることを喜んでいると思います」
「……セレス、君にそう言ってもらえると嬉しいよ」
思い出の品だけを収めたお墓だ。そこにお墓を作ったのは、オルドラン公爵家の意地だったのかもしれない。
ナーシェル様が愛していたのは、オルドラン公爵家のヴィクトールなのだという主張だったのかもしれない。
だが、ナーシェルの妹であるセレスにそう言ってもらえたことで、オルドラン公爵家の過去を肯定されたような気がして、オースティはほっとしたような気持ちになったのだった。