次女と弟たち
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「あ、そうだ、セレス。護衛の件だけど、ちゃんと雇ってきたよ」
そういえば、オースティが今日出掛けた理由は、ナーシェルとオースティの曾祖父が眠っているというクレドの町に行くための護衛を雇う目的だった。
「本当ですか?お父様」
「うん。色々と調整があるから五日後の出発で話をつけてきたから」
「……あの、お父様、ひょっとしてそれって……」
「もちろんジークだよ。というか、もし違うヤツに頼んでもアイツが絶対に来るよ?そっちの場合の方が手段選ばなさそうだから、先に捕まえておいた方が平和なんだ」
「平和……平和、そうかもしれませんね」
確かにジークフリードが急に思い立って色々とやった場合、周りは振り回されるだろう。それくらいなら、最初から計画を立てておいた方がきっとマシだ。その調整とやらで周囲が泣いていたとしても。
「あくまでも護衛だからね、セレス。まだダメだからね」
「分かってます。ジークさんは護衛です」
「そう。ジークは護衛!はい、もう一回、言って」
「はい、ジークさんは護衛です!」
しっかり自分に言い聞かせているセレスと、そんな娘を満足そうに見ているオースティを、壁際で置物と化していた護衛の騎士たちがほのぼのとした思いで眺めていた。
うちの新しいお嬢様はとっても素直でとっても可愛らしいなぁ。
なのに、すごく可愛くない人に狙われて……不憫……。
セレスが一生懸命、護衛だと叫んでいても、護衛本人がそれを破る気満々だったらどうしよう?
一応、主が釘を刺しているはずだから暴走はしないと思うけど、これ、暴走しそうになったら一緒に行くうちの騎士たちが止めるの?……止められるかなぁ?
危険手当が臨時で付くといいな、と一緒に行く同僚たちの姿を思い浮かべていた。
「お姉様、お出かけするって本当ですか?」
翌日、子供特有の大きな目をうるうるさせて聞いてきたのは、可愛い義弟のラウールだった。
「護衛として、ジークさんが一緒に行くそうですね?」
血の繋がった可愛い実弟の笑顔は、なぜかとても怖く感じる時がある。ちなみに今がその時だ。
「ジークさんは護衛です」
「そうですよ、あの方はあくまでも護衛です。それを忘れないでくださいね?」
昨日、オースティに教え込まれた言葉をしっかり言うと、実弟もそして義弟も満足そうに頷いた。
ディーンはともかく、なぜラウールまでそんな満足そうなのだろう?
「あらあら、うちの男共は揃いも揃って……仕方のない人たちねぇ」
呆れた顔で苦笑したのはクリスティーンだった。
「お母様」
「嫉妬深い家族ね。皆、貴女を取られたくなくて必死なのよ」
「ふふ、私もこの家族が大好きですよ」
「あら、嬉しいわね」
一緒の家で暮らした年月は前の家族の方が長いのだろうが、短くても家族の一員として過ごしているのはこちらの方だ。
「きっと私もディやラウに婚約者が出来た時は、寂しさを感じると思います」
今、これだけ姉を優先してくれているディーンにだって、そのうち婚約者が出来て、新しい家族を作ることになるだろう。その時はきっと、ちょっとだけ寂しさを覚えると思う。いつまでも子供のまま一緒にはいられないのだから仕方がない。
「その時はわたくしもとっても寂しく感じるわね。でも、今はまだわたくしたちの可愛い子供たちだわ。いいこと、セレスちゃん、いざとなればジーク様を盾にするのよ」
「お、お母様」
母はジークフリードを盾にすることを推奨してきた。
「そうですよ。危ないと感じたら、迷わずジークさんの後ろに隠れてください」
「えっと、ジークさんって大きい方ですか?お姉様、ちゃんと隠れられますか?」
実際のジークフリードを見知っているディーンは賛成派で、知らないラウールはセレスが隠れられるかを心配しているが、隠れられるのなら賛成派だ。
つまり、ここには反対派がいない。
「もう、お父様が騎士の方たちも護衛につけてくださるし、行くのはオルドラン公爵領にある町なのよ。危険はないわよ」
「そうでしたね。オースティ様が管理している町でしたね。……むしろ、ジークさんから姉様を守る必要が……?」
「ジークさんは、護衛です」
「いざとなれば騎士の皆さんを犠牲に」
「ディ!」
「冗談ですよ。いくらなんでも今のジークさんが姉様に何か出来るとは思っていませんよ。お父さんが怖いですから」
「おほほほほ、そうね。娘を守る父親は手強いわよ」
ディーンの冗談にセレスがちょっと本気で怒ろうかと思ったら、クリスティーンが軽やかに笑い飛ばした。
「うちにもあまりいない女性の騎士を一人、護衛に付けるって言っていたから、何かあったら彼女に相談するといいわよ。女性同士にしか分からないあれこれもあるでしょうから」
「すみません。貴重な方ですよね」
「いいのよ。うちにいる女性騎士たちは、信頼のおける人たちばかりよ。変な遠慮なんてしないで頼ってあげて」
「はい。ありがとうございます」
男性ばかりだとセレスが困るだろうと思い、オースティは女性騎士も護衛の中に入れた。
一緒にいてもセレスが気圧されることのないように、優しい雰囲気を持つ女性が選ばれた。
何せ今までセレスの近くにいた女性は、侍女や花街のお姉さんたち、同級生といった人たちばかりだったので、女性騎士という存在に初めて会うことになるのだ。
今回は、まず女性騎士という存在に慣れてもらおうという人選だ。
「後で紹介するわね」
「はい」
女性騎士には初めて会う。
どんな薬が必要なんだろう?
騎士の方だと剣を握るだろうから、手荒れとかひどいのかな?
あと、日焼け止めとか……普通に生活してる人より、強めの物がいるのかな?
筋肉痛の薬とか、痛み止めも手に塗るのならぬるっとしないような工夫がいるよね。
あぁ、どんな薬が欲しいか聞かなくちゃ!
セレスの思考は、あくまでも薬師だった。
ジークフリードが護衛に付くというのをすっかり忘れて、初めて会う職業の女性に、何が必要になるのかを聞いて、それに合わせた薬を作ることで頭が一杯になっていた。
「楽しみです。どんな薬が必要なんでしょう?」
「姉様……まぁ、それでいいですよ」
長い付き合いでセレスが何を考えたのか一瞬で理解したディーンは、まだ姉がジークフリードへの想いより薬師の方が優先順位が高いのを知って、少しだけ安心していた。