国王と第一王子
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新しい友人との楽しい一時を終えて城に帰ったアルブレヒトには、国王の執務室への楽しくない呼び出しが待っていた。
理由なんて分かりきっているので、いつもよりは多少は気が楽なのが救いだ。
何せいつもは、何を言われるか分かったものではないのだから。
でも今回は確実にセレスのことなので、叔父には素直に友人になったと告げるだけでいい。
そう思ってました。
「……叔父上、心が狭すぎませんか?」
セレスと友人になったと告げたら、叔父から思いっきり睨まれた。
というか、セレスに会ったこと自体を怒ってないだろうか。
「私はセレスに邪な思いは抱いていませんよ。先ほども説明した通り、彼女に感じるのは庇護欲だけです。幸せになってほしいとは思いましたが、自分の傍に絶対いてほしいとかは思っていません」
こんな叔父は見たことがない。出来れば見たくなかった。
「もし、お前がルークと同じ道を歩むつもりだったのなら、徹底的に潰そうと思っていたが、セレスの友人になったのなら潰せないな。あの子が悲しむ」
「そうですよ。セレスが悲しみます」
知り合いが友人に何かしたら、セレスはきっと悲しむので、何もしないでほしい。
今の叔父に対する切り札でありキレどころがセレスだ。
「友人になったと言ったな」
「はい。大切な友人なので、母上とルークにはあの子に手を出すなとは伝えますが……」
「どこまでの効果があるのか分からんな」
「そうですね。ルークにかみつかれそうです」
ルークは今回のことでセレスから嫌われる、とまではいっていないかもしれないが、避けられる存在にはなった。ついでにオルドラン公爵からは確実に嫌われた。
「叔父上、ルークをどうなさるおつもりですか?」
アルブレヒトに子供がいない今、ルークは王位継承権第二位を持つ王子だ。
下手なことは出来ない。
「王になったお前を補佐してくれればいいと考えていたが、最悪、王家はお前一人で支えてもらわなければならんだろうな」
ルーク、今すぐ叔父上に謝って自主的に蟄居しようか。
今ならお兄ちゃんも一緒に謝ってあげるから。
そうすれば命までは取られないよ、きっと。
「……お前が何を考えてるか分かるが、そこまではしない」
「よかったです。さすがに弟がどうこうなる様は見たくありません」
王家なのだ。血みどろのあれこれはお家芸ともいえる。
現に、目の前にいる叔父は、仕方のない理由はあったにせよ、実の兄であるアルブレヒトの父をその手で殺めている。
あの頃の父は、アルブレヒトから見ても確かにおかしくなっていて、あのままだったら確実に王家とこの国はぼろぼろになっていただろう。
何かあった時に止める決断をするのは、王家に生まれた者の仕事だ。
「生かしておいてくださるのは有難いのですが、これ、生きてセレスが叔父上といちゃつく姿を見るのと、死んでセレスの記憶の中にいる存在になるのと、どっちがマシなんですかね」
アルブレヒトのふとした疑問に、ジークフリードは笑顔で答えた。
「死に方によっては、セレスの記憶の中に強烈に残り続けることになるな。それは気に食わん」
……ルーク、叔父上はセレスの記憶の中にお前が残り続けるのも許さないみたいだよ。困った友人程度として片隅に残るくらいなら許してくれそうだから、それで我慢しなさい。
そう弟に助言してあげたいが、きっと聞いてくれないんだろうな、とアルブレヒトは達観した。
「セレス、今日は、アルブレヒト殿下が来ただろう?友人になったんだって?」
「はい。お父様は、ご存じだったんですね?」
「もちろん。この間、ちゃんと許可を求めてきたからね。あの子だって王家の人間だ。このままセレスに会わせないわけにはいかなかったから」
まさか友人の地位までもぎ取るとは思わなかったが、アルブレヒトを排除しなくてすみそうで良かった。
セレスに王妃は無理だ。
二人のうち、どちらか一方は王位に就いてもらわないと、ジークフリードが自由にならない。
残ったのが王太子なので、このまま問題なく国王の座に就いてもらおう。
公爵夫人なら……まぁ何とか?
多少変わり者でも許されるし、何より『ウィンダリアの雪月花』だから、誰も文句は言わないだろう。
王妃のように国政は担わないので、最悪、表舞台に出なくても何とかなる。
「アルとは、ちょっとした恋バナをしました。それにジークさんの……その……鬼っぷり?を聞かせていただきました」
アルブレヒトとセレスに対する態度が違い過ぎて、本当なのか疑問に思ってしまったが、ヨシュアも似たようなことを言っていたので、間違いないのだろう。
申し訳ないけれど、面白い話として聞かせてもらった。
セレスにはあまり見せない一面だが、ジークフリードのお説教は確かに嫌なので、ちゃんとしよう。
でも、アルブレヒトは、ジークフリードよりもオースティの方が苦手だとも言っていた。
笑顔魔神は怖いんだ、と苦い顔をして呟いていた。
それはちょっと共感したので、言えなかったけれど内心では頷いておいた。
「あぁ、そうだね。特にアルブレヒトには厳しかったかも。あの子は王太子だし、中途半端な教育は施してない」
……こんな怖い人たちにしごかれて、アルブレヒトはとってもよく頑張っている。
本人にそう伝えたら、心の底から「ありがとう」と言われて、さらに友情が深まったのは大人たちには言えない秘密だ。
「陛下もそろそろ退位を考えているし、近いうちに彼が王位を継ぐことになるね」
「そうなんですか?でも、陛下はまだお若いですよね?」
「若いが、元々、アルブレヒト殿下が王位を継げるようになるまでの中継ぎとして即位された方だから、殿下に問題がなければ早めに退位されるおつもりなんだ」
世間に疎いセレスでも、さすがに今の国王が若いことくらいは知っている。
学園にも視察で来たことがあったらしく、セレスはちょうどその日は体調不良で休んでいたが、現場にいた女子生徒たちが翌日も騒いでいたのを覚えている。
「そういえば、セレスは陛下と会ったことはないのか?もしくは、少しでも見かけたとか」
「ありません。今思えば、陛下関連の行事がある時などは、けっこう熱が出たりして部屋から出られなかったことが多かったです。これって陛下に会うなってことだったんでしょうか?」
月のお母様が止めたとしか思えない。もしくは、姉の誰かの仕業かもしれない。
「……そうかもね」
今のジークフリードを見て、もっと幼い頃にセレスと出会っていたらと考えると……うん、だめだ。
監禁一直線の未来しか見えない。
あのくそ忙しかった時にセレスのことまで加わっていたら、さすがのオースティでも事態は止められない。
セレスを保護とか無理だし、ジークフリードの精神の安定ためにも、引き離せなかったに違いない。
当時十八歳のジークフリードが六歳のセレスにすがる姿もどうかと思う。
「セレス」
「はい」
「会えない時は無理して会う必要はないよ。きっと神々もよき時を選んでくれるから」
「はい?」
急にオースティがおかしなことを言い出した。
神々?よき時?
「あの……?」
「深く考えなくていいよ。こういうのは、何となく流れに身を任せた方がいいんじゃないかな」
「あの……はい……」
何となく深く聞いてはいけない気がして、セレスはそれ以上、何も言えなかった。