次女と第一王子②
読んでいただいてありがとうございます。
優雅にお茶を飲みながらセレスを改めて見た。
この少女が叔父である国王と弟を虜にしている、そう言われたところで俄には信じられない。
妖艶な肢体を持っているわけでも、引き込まれるような話術を持っているわけでもない。
薬に関する知識は薬師だけあって豊富なようだが、諸外国の情勢に明るいわけでもない。
だが、あの二人はそろって彼女しか目に入っていない。
弟はともかく、あの叔父でさえそうなのだ。
アルブレヒトは、最初、本当なのかと疑った。だが、会って見て分かった。
彼女は、守るべき人。理屈ではなく、本能がそういっている。
だからこそ、アルブレヒトは彼女を弟と母から守らなければならない。
「セレスティーナ嬢」
「はい」
「ルークのことだが……」
ルークの名を出すと、セレスの身体がこわばった。
「君が本気でルークのことを友人……では生ぬるいか、そうだな恩人の孫くらいにしか思っていないことは分かっている。もし弟が君に無体な真似でもしようものなら、遠慮なく殴ってくれて構わない。だが、君は女性だ。純粋に腕力では負けてしまうだろう。ルークと会う時は必ず護衛を付けるように。もし文句を言われたら、王太子からの命令だと言えばいい。王太子の命を覆せるのは国王陛下くらいだ」
「よろしいのですか?」
「あぁ、母の場合でも同じだ。この国においては、守るべき第一の女性は君だ。ひどいと言われるかもしれないが、王妃の代わりはいても、雪月花の代わりはいない。本来、女神の娘は、国王陛下に命令を出してもおかしくない存在だよ」
歴代の雪月花が大人しくしていたせいで忘れられがちだが、人間の王と女神の娘を比べたら女神の娘の方が上に決まっている。国王はしょせん人の国の王であって、神ではないのだ。
「あの、殿下はどの程度までご存じなのでしょうか?」
「魅了の薬のことか?正直、母上がなぜあれを持っていたのかは知らない。聞いてみたが、教えてはもらえなかった」
ユリアナは微笑みながら、貴方には必要のないものでしょう、と一言だけ言った。どういう意味かと問えば、恋に溺れることのない者には分からないと言われて会話は終了した。
たしかにアルブレヒトには、恋だの愛だのはよく分からない。
特に十年前から、貴方は成人したらすぐに王の座に就くのだ、と祖父や母に言われてからそれまで以上に生真面目に勉強に取り組んできた。
女性に目を向ける余裕なんてなかったが、婚約者とはそれなりに良い関係を築けていると思っている。
ただし、そこには恋愛要素など一切ない。
「すまないが、私は恋愛とやらが分からない。だから、ルークに止めるように言ったところで従うかどうかも分からん。だが王太子の許可があれば、多少は無茶をしても許されるはずだ。君はオルドラン公爵の娘でもあるしな」
「ありがとうございます」
「セレスティーナ嬢、君はルークのように、薬を使ってまで誰かを欲しいと想う気持ちが理解出来るか?」
「え……?」
突然アルブレヒトにそう問われて、一拍おいてからセレスの顔が薄く朱色に染まった。
「……分かるようだね」
「……分かる、というか、最近、やっと気が付いたというか……」
「それは、君にもいる王家の血を引く者の内の一人で合っているのかな?」
「……はい……」
もごもごっと言葉が詰まったセレスを、アルブレヒトが兄のような優しい眼差しで見つめた。
「あの、その、かた、は、ですね」
言葉の途切れる部分がおかしいが、気にすることなくアルブレヒトは「それで?」と次の言葉を促した。
「……私が、本格的に市井で暮らすようになってから出会った方なのですが、気が付いたらいつの間にか傍にいてくれるようになったんです。会えない時も多いのですが、困った時や助けて欲しい時には傍にいてくださって……年齢は上の方なのですが、話題も豊富でいつもお優しい方なんです」
「……そうか」
優しい?誰が?あの鬼叔父上のことかな?セレスティーナ嬢の思い浮かべてる人物って、自分が思っている人と一緒で合ってるのかな?
叔父上って、困った時には笑顔で突き落とすのがやり口ではなかったかな?
助けて欲しいなら、とりあえずここまで自力で登ってこいというのが基本の人のはずだ。間違っても、優しく傍にいてくれる人ではない。
それに、令嬢相手に豊富に話題を振る方でもない。
「人に優しく出来たのか……意外だな」
「あの……?」
小さく呟いた言葉が聞こえたのか、セレスが怪訝そうな顔をした。
「いや、何でもないよ。それで、君はその方が本当に好きなのか?」
「好き……!?あ、え、は……はい。好きです」
ちょっと照れている辺りも、初々しい感じがしていいのではないだろうか。
よかったですね、叔父上。告白しても振られずにすみそうですよ。
あ、でも義父があの人になるのか……
基本的には、オルドラン公爵はジークフリードの味方だ。それはおそらくセレスのことも関係していると思う。
もし、母や弟がセレスに危害を加えたのなら、あの人はどんな手を使ってでも潰しにくる。
今はまだ、直接危害を加えていないことと、王妃と第二王子という身分があるから見逃されているだけだ。
「好き、ですが、少し考えてしまいます。私は最後の『ウィンダリアの雪月花』です。ジークさんが王家の血を引いているのは何となく気が付いていました。ジークさんがもし血に囚われていて、それが嫌なのなら解放してあげないといけないのかな、と思っているんですが……」
「ジークさんは喜んで囚われてくれると思うけど」
「お知り合いですか?」
「これでも王太子だよ。血縁関係は全て把握しているし、ジークさんは王家に近い血を持つ方だ」
「そうですよね」
何故か恋バナをしているが、相手は王太子なので、ジークフリードとも血縁関係にあるのだということにようやくセレスは気が付いた。
「あの方は、その気になれば呪いも笑って吹き飛ばしそうな方だね。そんな方が自分から進んで君との関係を築いているんだ。君はあの方に「好き」の二文字を言うだけでいいのでは?」
「……お父様に、しばらく待て、と止められました」
「お預け?ここにきてお預けを食らうんだ」
そういうとアルブレヒトは、面白そうに笑った。
「くっくっく、本当に面白いね」
アルブレヒトにとっては良き見本となる叔父だ。出来ないことなどない人だと思っていたが、年下の女性に翻弄されているとは思わなかった。
オルドラン公爵に頼み込んでセレスに会いにきてよかった。
彼女に対しては庇護欲しか湧かないし、まさかの恋バナまで出来た。
引き換えに当分の間、仕事漬けの日々になるが、それだけの価値はあった。
「決めた、セレスティーナ嬢、私は君の味方になる。何かあれば気軽に相談しにくるといい」
「さすがに気軽に相談は出来ません」
「そうか?こんな恋バナまでしたし、年齢も近い。大人たちに言えない悩みも聞けるぞ?子供には子供の悩みというものがあるからな。どうだろう、友人にならないか?」
「友人ですか?」
「あぁ、利害関係のない友人というのは貴重なんだ」
確かに、何故か初対面でこんな話までしてしまったし、アルブレヒトは何も怖くない。彼から感じるのは温かな思いばかりだ。
「……私でよろしければ」
「ありがとう。君のことをセレスと呼んでもいいかな?私のことはアルと呼んでくれ」
「はい。よろしくお願いします、アル」
それからしばらくの時間、二人は笑顔で色々なことを話し合って友情を深めていった。