第2章 第3話 復讐の行き着く先
翌朝6時。自主的ではあるが剣道の朝練に向かおうとしていると、スマホに昨日登録した相手からメッセージが届いた。
『お魚が死んでしまいました』、と。
「貝殻坂さん!」
急いで飲食店街の一角にある殻雲に向かうと、そこにはへたり込む貝殻坂さんと、その肩を抱く雲井さんの姿があった。いや、今はそれよりも。
破壊された店の扉。床に広がる生簀の破片。浸水したかのように床に満ちている水。そして昨日まで生きていた命が無情にもその生を終えていた。
「私が……馬鹿だった……。昨日、ここに泊まっておけば……」
近づくと貝殻坂さんの痛々しい嗚咽が耳にこびりついてくる。確かに昨日貝殻坂さんはそう提言していた。だが窃盗犯が本当に来た場合危険だということで、雲井さんがやめさせていた。
その代わりに師匠はビデオカメラを設置し、犯人を暴き出そうとした。だがそれも粉々に砕け散っており、犯人の異常なまでの攻撃性に背筋が凍ってしまう。
「もう……刺身はやめよう。俺たちは寿司屋だ。それだけに集中していればいい」
「でも……でも……」
「だが再び生簀を設置したところで破壊されてしまうだけだろう。いや、それで犯人の怒りを買えばさらに被害を生む。何よりお前が一番恐れている魚の死が確実に引き起こされるだろう。だからもう、やめるしかないんだ」
「う……うぅぅ……!」
おかしい。昨日聞いた話では、被害に遭っていたのは魚だけで、それ以外には何もなかったそうだ。それなのに、なんで僕たちに話が来てすぐにこんなことに……。
ビデオカメラを設置したことで犯人の怒りを買った? いやでもそのビデオカメラだって見えないように隠して置いていた。ただ生簀から魚を盗み出すだけなら、絶対に気づきようのない場所に隠していたはずなのに。どうして、どうしてだ……?
「はー……ねむ……」
「師匠……」
店の中を見渡していると、ようやく眠そうに目を擦りながら師匠がやってきた。
「師匠……どうすれば……」
「んー……? まぁ犯人はわかってるし……後は貝殻坂さん次第でしょ……」
あまりにも普通に、眠そうに言うもんだから聞き逃しそうになったが……。
「犯人が……わかってる……?」
「そんなに驚くほどのことじゃないでしょ……。生簀から魚を盗むなんて鍵さえ持ってればできるし、隠してたカメラを壊すのも昨日その現場を見てれば楽勝。つまりさ」
師匠は目を擦っていた指を、その先にいる人物に向ける。
「犯人は雲井育茂さんだよ」
慰め、慰められていた2人の動きが止まる。貝殻坂さんは視線を上げて告げられたその人を見て、その雲井さんは立ち上がりこちらを睨みつけた。
「何を言ってるんだ。俺がそんなことをするメリットはないだろ」
「あるでしょ、ここは寿司屋なんだから。刺身用の生簀なんて邪魔だったんじゃない? 知らないけど」
「はっ……。お前たちは復讐部ではなく探偵部と名乗るべきだな。いや、それすらもおこがましい。そんな単純すぎる推理は状況からの決めつけに他ならない」
「生憎私たちは復讐部なんで。推理とか証拠とか、そんなのどうでもいいんですよ。必要なのは犯人と、それに復讐する新たな犯人だけ」
そう淡々と言うと師匠は遠慮なく厨房に入っていき、調理用の鋭い出刃包丁を手に戻ってきた。
「勘違いしてそうだから言っておくけどね。復讐の意味は仇討や仕返し。つまり問い詰めるなんて依頼を受けたつもりはないんですよ。私が依頼を引き受けたその条件は、魚と同じ目に遭わせるということ」
歩きながら語る師匠は、その包丁をいまだ這いつくばったままの貝殻坂さんへと渡した。
「さぁ、待ちに待った復讐の時間だよ」
「…………」
その包丁を受け取った貝殻坂さんは、カタカタと腕を震わせながら。師匠へと刃を向けた。
「いい加減にして……。育茂くんはそんなことしない。するわけがない! ずっと2人で、この店を守ってきたんだから……。そんなの、ありえないっ!」
「だってさ、愛されてる~。で、雲井さんはどうなの? 認めるの? 認めないの?」
「認めるも何も、やっていない。俺の想いは解良と同じだ」
「あぁそう。まぁどうでもいいけどさ、復讐はちゃんと遂げてもらわないと困るんだよね。だから」
包丁を向けられているにもかかわらず一歩も物怖じしない師匠は、スマホを取り出し見せつけた。
雨合羽を被った人間が金属バットで店の扉を壊す映像を。一切の躊躇なく生簀を破壊する映像を。フードを外し、ほくそ笑む雲井さんが映った映像を。ただただ見せつけた。
「覚えておきな、宗吾。復讐は人の人生を変える。良くも悪くもね。だから中途半端な仕事は許されない。一晩監視をし続けるくらい、当然しなくちゃいけないことなんだ。どんな結果になるとしても、ね」
僕は幸せだった。復讐が良い人生の転機になったのだから。
「いく……も……?」
彼女は不幸せだ。復讐をしても、しなくても。大切な何かを失うことになるのだから。




