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第2章 第2話 魚の気持ち

「あむっ、あむっ、あむっ」



 僕と師匠は貝殻坂さんの話を詳しく聞くため、彼女が出店している『殻雲(からくも)』という寿司屋に来ていた。



「次、何握りましょうか?」

「サーモン!」

「おまかせで」



 高校生。しかも女子が寿司を握るなんて不思議な学校だ。しかも美味しいんだからまたすごい。この後復讐の手伝いをするとはいえ、タダで食べさせてもらえるなんてなんか得した気分だ。



「ぷぷぷ~。なにおまかせって! お寿司屋さん来たことないのかな~? ねぇ大将」

「寿司屋でサーモンを頼む奴はステーキ屋にでも行った方が満足するだろう」

「」



 師匠にそう厳しい言葉を浴びせたのは殻雲の店主、雲井育茂(くもいいくも)さん。大学2年生で、貝殻坂さんと2人で店を切り盛りしているそうだ。余談だけど顔が厳つくて怖い。着物姿の貝殻坂さんと合わせて、老舗の料亭の夫婦って感じだ。両方10代だけど。



「それで、話ってのはあの水槽のことだよね」



 出された寿司を全て平らげた師匠が、何も入っていない。いや、水だけが入っている大きな水槽を指差す。



「はい……。実は私と育茂くんは付き合ってまして……」

「なに? ノロケ? 復讐部は幸せそうな話されるのが一番嫌いなんだけど」

「一緒にしないでくれますか」



 僕の瞳はまだ死んでいない。かっこいいなこの台詞……。



「それでですね、時間が空いたら育茂くんの運転でよく釣りに行くんです。そして釣ってきたお魚をあの生簀に入れてるんですよ」

「寿司ネタってことは船? ずいぶん儲かってますねーうっらやましー」

「師匠、僕の話聞いてくれた時と全然態度違うんですけど」



 よっぽど幸せな話が嫌いなのか、よっぽど僕に気を遣っていたのか。たぶん前者だろうな……。



「いえ、釣りはあくまで私の趣味で、お寿司には買ってきたお魚を使ってますよ。本当に育茂くんには私の趣味に付き合ってもらって悪いなって思ってるんですけど、私お寿司よりも刺身を作る方が好きで……。その時に自分で釣った魚を使ってるんです」



 でもいま生簀には、何もいない。



「1ヶ月くらい前からでしょうか。釣ってきたお魚が次の日にはいなくなっているんです。お金や他のネタには手をつけられていない。ただお魚だけが、忽然と姿を消しているんです」

「猫とか鳥じゃないの?」


「ちゃんと鍵をかけて戸締りしてるんです! 鍵を持っているのは私と育茂くんだけ。だから誰も入り込めるはずがないのに、翌日には水だけを残して消えている」

「なるほどねー……」



 師匠の様子が落ち着いてきた。被害の話になったからだろうか。



「きっと誰か、アクアリウム部とかがお魚を盗んでるんだと思うんです! 私はそれが許せない……! 絶対にお魚と同じ目に遭わせてやる……!」

「それって殺すってこと……? じゃあ魚が生きてたらどうするの?」


「お魚と同じ目に遭わせてやります」

「それって水に沈めるってこと!? 結局殺してんじゃん!」


「とにもかくにも。犯人を見つけて問い詰めたいんです。どうしてこんなひどいことをしたのかって」

「なるほどね……」



 師匠は一度悩む素振りを見せたが、すぐに。



「わかった。その復讐、承ったよ」



 そう僕の時と同じように頷いてみせた。だが、



「待て。たかだか魚だ。そんなに大事にするものでもないだろう」



 そう横槍を入れたのは、貝殻坂さんの彼氏、雲井さん。



「それにどうせ殺すんだ。多少の損失にはなったが、そんなに……」

「復讐に理屈なんて必要ありますか?」



 現実的なことを言う雲井さんを、師匠が低い声で諌める。



「嫌なことがあった。だからやり返したい。復讐に必要なのはそれだけです。私なんて貸した消しゴムの角を使われたらそれだけで相手の頭の角もノートに押し付ける。復讐に大事も何もないんですよ。所詮意味のないことなんだから」

「僕も同じ気持ちです。消しゴムのくだりは頭おかしいと思うけど、このまま泣き寝入りなんて絶対に間違っていると思います」



 僕と師匠の決意は同じだ。そしてもう1人。



「育茂くん、私いつも言ってるよね。釣りで捌きで。私はいつも命を奪っている。だからこそ真剣になれるし、その命を美味しいって言われることで意味のあるものにしたいって。でもお魚を盗んだ人は、たぶんそんなこと思ってない。締めるのだって、生かすのだって技術がいる。これ以上お魚を苦しませないためにも、私は犯人を捕まえたい。釣られたお魚を楽にできるのは私だけなんだから」



 貝殻坂さんが厨房の下から魚が入った網を取り出し、生簀に入れる。寿司ネタになりそうにない小さな魚だ。さっきまでどんな環境にいたのかわからないけど、楽しそうに泳いでいるように見えるのは気のせいだろうか。



「……好きにしろ」



 僕と同じように生簀に視線を送った雲井さんは、一言そうつぶやいて奥に行ってしまった。でもこれで。



「お願いします。お魚の仇を討ってください」

「成功報酬お寿司食べ放題ね」



 僕にとって初めてとなる、復讐部の活動が始まった。

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