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第8章 第3話 感情の行き場

「いらっしゃ……あ、磯子くん!」



 根岸さんと別れて向かった場所は寿司屋の殻雲。それなりに人が入っている中でも貝殻坂さんは元気に声をかけてきてくれたが、僕の後ろを見て色めきだった。



「お、奥の個室にどうぞ! 育茂くんやばいやばい! 修羅場!」

「…………」



 修羅場、か……。確かに人によってはそう見えるかもしれない。



「ずいぶん女性の知り合いが多いんですね、宗吾くん」

「磯子くん、私たち一度話しただけだよね? まだそういう関係には早いんじゃないかな」



 僕の後ろにいる2人の女性。なぜか頬をふくらませて不機嫌アピールしている光華さんと、本気で迷惑そうにしている浪花さん。ただ今後の話し合いがしたいだけなのによくわからないことになっていた。



「あの……僕何かした……?」

「約束を平気で破る方と話すことなんてありません」

「私がかわいいから付き合いたいっていうのはわかるけどさ、ごめんね? 私アイドルだから交際は無理だよ?」



 簾で仕切られた個室に入ると、僕の前に座った2人が何か変なことを口にする。あの馬鹿浪花さんになんて言って呼び出したんだろう……。



「おしぼりです」



 気まずい思いをしていると、少しワクワクした顔をした貝殻坂さんが入ってきて僕の隣に膝をつく。



「釣った魚を同じ水槽に入れるのはよくないよ? ほら、共食いしちゃうから」

「うるさいよ……」

「お茶です」



 そして雲井さんもやってくると貝殻坂さんと入れ替わるように僕の隣に来て、



「人間と寿司はよく似ている。男がネタで女がシャリ。青臭さを消すために多少のサビは必要だが、量を間違えるといけない。辛くて駄目になるからだ」

「だからうるさいって!」



 2人の何か勘違いした寿司屋ネタ(寿司だけに)にイライラしつつも一度お茶を飲み、状況を説明する。



「なるほど! では宗吾くんは菜々ちゃんのことが好きってわけではないんですね!?」

「やー、安心したよ。よかったね、光華ちゃん!」

「そ、そんな……。私はまだ……そんな……」



 本当に何かわからないが、とにかく納得してもらったようでよかった。



「それでまず事実確認だけど……」

「ああうん、毛糸ちゃんが男の人と付き合ってるのは事実。もちろん内緒だけどね」



 まぁ師匠が復讐に乗り出した以上ほぼ確定的だったが、一応確認できてよかった。後はアイドルのルールか。



「やっぱり部活レベルでも交際はよくないの?」

「ご法度だね。まぁバレなきゃいいね、程度だけど。だから復讐されてもしょうがないって言えるんじゃないかな」


「いま野毛さんは?」

「とりあえず否定中。証拠もないしその内忘れられるだろうしね」



 思っていたより問題にはなってないようだ。となると復讐のつり合いは取れている言える。



「どうすればいいかな……」

「疑問なのですが。普通に朝陽さんに相談してみたらいいのでは? 実際に復讐するわけではないのでしょう?」



 すっかり落ち着きを取り戻した光華さんがたまごを頬張りながら言う。それはもっともだけど……。



「ほら、もうそろそろ入学して1ヶ月でしょ? 実際にしないにしても、師匠だったらどうするかとかわかるようになっておかないとと思って。光華さんだったらどうする?」

「そうですね……。正直わかりません。と言うより何か変じゃないですか?」


「変? なにが?」

「うーん……上手く説明できないのですが……復讐感があまりないんですよね……」



 復讐感……? まぁ光華さんが上手く説明できたことなんてない。



「やっぱ師匠に訊いてみるか……」



 自分に不甲斐なさを感じながらも、とりあえず師匠に電話をかけてみる。そしてめんどくさげに出た師匠に、僕は一通りの説明をした。



「……なるほど。とりあえずあのゴスロリの目的はわかった。で? 私に電話してきた理由は?」

「だから……これからどうすればいいか教えてほしいんですけど」


「わかんない。だって私ならその復讐受けないから」

「でも……一応復讐する動機はありますよ。それに復讐部のこと秘密にしてもらわないといけないから……」


「まっだまだだなー、宗吾は」

「これでも色々考えたんですけど……全然、だめでした」



 僕にはまだわからない。どう復讐をすればいいのか。つい昨日もストーカー相手にやり過ぎてしまったところだ。だから師匠に……。



「そもそもそこが間違ってる」

「……え?」



 電話越しにため息をつくのがわかった。そして師匠は一言、



「復讐に理屈なんかいらない」



 退屈そうにそう告げた。



「復讐っていうのは感情だよ。どうしようもない気持ちにケリをつけるための行為でしかない。だから復讐の方法で悩むことはあっても、復讐をしたいかどうかを考えちゃいけないんだ」



 師匠のつまらなそうな声音がやけに耳に響く。でもだからこそ……わからない。



「……根岸さんは復讐したいって言ってました」

「そんなこと私だって言えるよ。根岸さんに復讐したいー」


「だからどういう……」

「つまりさ」



 そして師匠は再びため息をつき、僕が考えもしなかったことを口にした。



「これは根岸と野毛。どっちの復讐なの?」



 一瞬、頭が真っ白になる。そして真っ白な頭のまま俺は言葉を紡ぐ。



「実際に被害に遭ったのは野毛さんで……根岸さんは代行しただけ……」

「そう。つまりは下請けの下請けだ。でも復讐ってのはそうじゃないんだよ。被害に遭った人間に話を聞かない限り、答えは出せない。なぜなら感情は人を跨げないからだ」



 言われてハッとする自分がいることに気づく。それでも思考が止まったままだということにも。そんな僕のことを見ているかのように、師匠は指示を出す。



「この案件は宗吾に任せる。私に復讐しても構わない。その代わり、ちゃんと復讐に寄り添ってあげなさい」

「……はい」



 今の僕にはその言葉に頷くだけで精一杯だった。

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